食農教育は「子どもに野菜を教えるだけ」では、あなたの農業収入が10年後に半分以下になりかねません。
食農教育とは、農業の生産から加工・流通・消費までの一連の流れ(フードシステム)を軸にした教育のことです。東京農業大学の定義によれば、個人の健康から食文化、地域マネジメント、さらには飢餓と飽食など世界規模の課題まで、実に幅広い領域をカバーします。
「食育」との違いは、対象範囲にあります。食育基本法(2005年成立)に基づく食育が主に「正しく食べること」「食への理解を深めること」を目的にしているのに対し、食農教育はそこに「農業の知識・体験」を加えた、より広い概念です。つまり、農育+食育=食農教育という構造です。
重要なのは、食農教育の対象が「子どもだけ」ではないという点です。日本農業法人協会が2009年に発行した「食農教育マニュアル」では、「消費者に届けるのは農産物だけで十分だったのか」と問いかけています。農産物のほかに、食べものの背後にある農地・農業のことを伝え、自然の摂理を伝えることが、農業者だからこそできる食農教育の核心だという考え方です。
食農教育の対象は生産者・消費者を含めて、食料・農業に関わるすべての人・団体・企業とされています。農業者自身が「伝える側」として積極的に関与できる、唯一無二の活動領域です。
| 比較項目 | 食育 | 食農教育 |
|---|---|---|
| 根拠法令 | 食育基本法(2005年) | 食料・農業・農村基本計画等 |
| 主な対象 | 子ども・一般消費者 | 生産者・消費者すべて |
| 中心テーマ | 食事・栄養・健康 | 食+農業体験+地域・自然との関わり |
| 推進主体 | 内閣府・文部科学省 | 農林水産省・JAグループ |
食農教育が原則です。農林水産省は「第4次食育推進基本計画(令和3〜7年度)」において、国産農産物の積極的な選択や学校給食での地場産物の使用拡大を明確に打ち出しています。
参考:JAグループ「食農教育とは?|食や農を学ぶ」
https://life.ja-group.jp/education/description/
「ボランティアでやる活動でしょ?」と思っている農業者は要注意です。食農教育は農業経営に直接つながるビジネスチャンスを秘めています。
まず、消費者ファンの獲得という観点があります。食農教育を通じて自分の農場や作物を知ってもらった消費者は、その農家の「長期顧客」になりやすい特徴があります。さいたまヨーロッパ野菜研究会(ヨロ研)の事例では、「子ども料理教室」に参加した子どもたちが、10年以上経ってからレストランのリピーター客になって戻ってきた実例があります。「10歳の子どもは、10年後にはお客さんになる」という言葉はこの現象を端的に表しています。
次に、直売所・ファーマーズマーケットとの相乗効果があります。市場流通では農家の手取りは販売価格の約40%程度ですが、直売所では手数料を引いた約80%が農家の収入になります。食農教育や農場体験を通じて「顔の見える農家」として認知されると、直売所での売上増加に直結します。地域によっては年間13億円に達するファーマーズマーケットの売上の8〜9割が出荷農家に還元される例もあります。これは使えそうです。
さらに、知名度向上という実用的な効果もあります。学校や地域イベントで食農教育に関わると、子どもが夕食時に家族へ話し「あの農家さんの野菜を買いに行こう」という行動が生まれやすくなります。都市農業の農家が地元小学校で食農教育を実施したところ、直売所の常連客が増えたという報告は複数あります。
農産物だけでなく「農業体験」や「農地空間」もビジネスの可能性を秘めているということです。農業体験農園では、東京都世田谷区の「アグリス成城」をはじめ、年会費10万円以上の会員制貸農園ビジネスも登場しています。食農教育活動がそのまま収益化につながる時代になっています。
参考:農林水産省「令和5年度食料・農業・農村白書 第8節 消費者と食・農とのつながりの深化」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r5/r5_h/trend/part1/chap2/c2_8_00.html
農業従事者にとって、食農教育は「余力があればやるもの」ではなくなっています。データが示す状況は、もはや待ったなしです。
基幹的農業従事者は約20年間で240万人から111万人へ半減しました。そして全国農業協同組合中央会(全中)の推計によれば、2020年の136万人が2030年には83万人、2050年にはわずか36万人になると見込まれています。これは現在の約4分の1です。東京ドームに置き換えれば、現在でも「農業で日本を養っている人」の総数は、全国で約100人に1人という水準です。
深刻ですね。この減少を止める方法の一つが、食農教育を通じた農業の魅力発信です。
農林水産省が主催した東北農政局の食育セミナーでは、「食農教育は究極のSTEAM教育・探究教育」として位置づけられています。STEAMとはScience(科学)・Technology(技術)・Engineering(工学)・Art(芸術)・Mathematics(数学)の頭文字で、農業体験のあらゆる場面にこの5要素が存在することが示されています。たとえば、土を耕す際には機械技術と農業の技術(Technology・Engineering)、植物の生育や益虫・害虫の知識(Science)、肥料・農薬の濃度計算(Mathematics)、そして自然の景色や作物の美しさ(Art)が同時に学べます。
農業者が食農教育を実践することは、子どもたちの「農業を知るきっかけ」をつくることに直結します。ある農家が中学生の自主研究授業で農業を体験させたところ、その生徒が「日本の食料自給率が低いことを知り農家になることを決めた」というケースも実際に報告されています。
農業者が食農教育に関わることで、地域に「農業に関心を持つ人」が継続的に生まれます。これが担い手不足という構造的課題への、民間レベルでの現実的な対策になるのです。
参考:農林水産省・東北農政局「食農教育は究極のSTEAM教育・探究教育」資料
https://www.maff.go.jp/tohoku/syouan/syokuiku/event_report/attach/pdf/gaiyou-5.pdf
食農教育の実践は、農業体験の提供で終わりではありません。うまく活用すれば、地産地消の推進から六次産業化(加工・販売への参入)まで一連の経営戦略として機能します。
地産地消は食農教育の重要な柱の一つです。地元で生産された農畜産物をその地域で消費することは、生産地から食卓までの距離が短く地球環境への負荷が小さい一方、農家にとっては中間マージンを省いた直接販売が可能になります。近年は学校給食への地元農産物導入が広がっており、食農教育活動で地元学校と関係を築いた農家が給食食材の供給先に選ばれるという流れも生まれています。
六次産業化との連携も重要です。農業(1次産業)×加工(2次産業)×販売(3次産業)=6次産業という発想で、農家が加工品をつくったりレストランや農泊を経営したりすることで、収益源を多角化する動きが加速しています。岐阜県恵那市の㈱恵那川上屋(菓子屋兼栗農家)と岐阜県立恵那南高校の連携事例のように、食農教育を起点に高校生と農業者がコラボして商品開発を行う実例も増えています。
六次産業化に取り組む農業者の多くが「販路拡大」「生産量拡大」を今後の目標として挙げています(島根県調査)。この販路拡大のベースとして、食農教育を通じた消費者との信頼関係の構築が機能するのです。
つまり、食農教育は「農業体験の受け入れ→消費者ファン化→直売所や六次産業化商品の購買」という収益のサイクルを生み出す仕掛けとして機能します。
参考:日本農業法人協会「農業法人のための食農教育マニュアル」
https://hojin.or.jp/files/standard/090713.pdf
実際に農業者が参考にできる食農教育の具体的な取り組みを確認しておきましょう。農林水産省やJAグループが提供しているプログラムは、農業者が単独で始めるよりも低コスト・低リスクで参入できる入口として活用できます。
JAグループが展開している主な食農教育プログラムには以下のものがあります。
農業者がこれらのプログラムに参加する際の注意点が一つあります。食農教育への協力は、特に公立小中学校の場合に無償での協力を求められることが多いという点です。時間と人手が有限な農業者にとって、無償対応の範囲を事前に明確にしておくことが重要です。「どんな人に、いつ、何回協力するか」「無償ならここまで、有償ならここまで」という線引きをあらかじめ決めておくことをお勧めします。
農林水産省の「実践食育ナビ」には無料で使える教材や事例が多数掲載されています。農業者が食農教育を始める際の第一歩として活用できます。
参考:農林水産省「実践食育ナビ」(食育活動事例集まとめ)
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/jirei/index.html
参考:全力宅食「食農教育と農林水産省が推進する家庭でできる食と農の学び」(実践食育ナビの活用方法を解説)
https://shoku.zenhp.co.jp/shokunoukyouikukirukuttonounomanabi.html