農業体験ツアーを受け入れるだけで、農閑期に年間数十万円の副収入が生まれた農家が実際にいます。
「グリーンツーリズム」と「エコツーリズム」は、どちらも自然や農村に関わる観光の形態です。しかし、その根本にある目的と、推進する省庁がまったく異なります。この違いを理解しておくことは、農業従事者として自分の地域の取り組みがどちらに当てはまるのかを正確に把握するうえで欠かせません。
グリーンツーリズムは、農林水産省が定義する言葉です。公式定義は「緑豊かな農山漁村地域において、その自然・文化・人々との交流を楽しむ、滞在型の余暇活動」とされています。重要なのは、農村側の地域経済の活性化と所得向上に主眼が置かれている点です。つまり農家・漁師・林業者など農山漁村の担い手が受け入れ側となり、観光客を迎えて農業体験や農泊を提供することで収益を得る仕組みです。
一方、エコツーリズムは環境省が推進しています。「自然環境や歴史文化を体験・学習しながら、それらの保全に責任を持つ観光のありかた」と定義されます。自然環境の保護・保全を第一の目的とし、ガイドによる案内や人数制限など、自然に対して過負荷をかけないしくみが特徴です。
つまり端的に言えば、グリーンツーリズムは「農村を元気にするための体験型観光」、エコツーリズムは「自然を守りながら学ぶ教育型観光」です。農家にとって直接メリットを生みやすいのはグリーンツーリズムの枠組みです。
| 比較項目 | グリーンツーリズム | エコツーリズム |
|---|---|---|
| 主管省庁 | 農林水産省 | 環境省 |
| 主な目的 | 農村の地域経済活性化・所得向上 | 自然環境の保全と環境教育 |
| 主な活動 | 農業体験・農泊・農産物加工体験 | 自然観察・バードウォッチング・ガイドツアー |
| ターゲット | 都市部の旅行者全般 | 自然・生態系に関心を持つ旅行者 |
| 法的根拠 | 農山漁村余暇法(1994年) | エコツーリズム推進法(2007年) |
エコツーリズムには2007年に成立した「エコツーリズム推進法」があり、自然観光資源の指定区域内でのごみ投棄などの迷惑行為は罰則の対象になります。グリーンツーリズムは農山漁村余暇法(正式名称:農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律)が1994年に制定されており、農家民宿の開業や農業体験の提供を後押しする制度的な基盤があります。これが原則です。
農業従事者が情報を調べていると、「アグリツーリズム」「農泊」「ルーラルツーリズム」といった言葉も出てきます。これらもグリーンツーリズムとよく混同されます。
アグリツーリズムは、「農業(アグリカルチャー)+観光(ツーリズム)」の造語で、農場や農村を訪れて農業体験を楽しむ観光形態のことです。グリーンツーリズムが農山漁村全体の自然・文化・交流を含む広い概念であるのに対し、アグリツーリズムは農業体験そのものに特化した、より狭い概念です。つまりアグリツーリズムはグリーンツーリズムの一部と位置づけることができます。
農泊は農林水産省が政策的に推進している「農山漁村滞在型旅行」の呼称です。農村に宿泊しながら地域の食・自然・文化を楽しむという点でグリーンツーリズムと重なりますが、農泊はとくに「宿泊」に焦点を当てたサービスです。農家民泊や古民家ステイなど、農村での宿泊事業を中心に国の補助金支援が整備されています。
大切なのは、これらの概念は排他的ではないという点です。農家が野菜の収穫体験と農泊をセットで提供すれば、アグリツーリズムとグリーンツーリズムの両方の性格を持ちます。自分の取り組みがどの枠組みに当てはまるかを知っておくと、申請できる補助金や活用できる支援制度を漏れなく把握できます。これは使えそうです。
農業従事者にとって、グリーンツーリズムの最大のメリットは農業以外の安定した副収入を得られることです。農業は天候や相場の影響を受けやすく、収入が不安定になりやすい面があります。農泊や体験プログラムは農閑期にも提供できるため、年間を通じた収益の安定化につながります。
農家民泊の場合、住宅宿泊事業法(民泊新法)に定める届出で比較的手軽に開業できます。農家民宿(旅館業法の許可が必要)とは異なり、建物の大規模な改修をしなくても既存の空き部屋や離れを活用して始められます。対価は「宿泊料」ではなく「体験料・指導料」として受け取る形になります。
農林水産省は「農山漁村振興交付金(農泊推進対策)」として具体的な金銭支援を用意しています。
石川県能登町の「春蘭の里実行委員会」の事例では、平成8年の発足時には農家民宿が1軒だったものが、平成28年には49軒にまで増加しています。「1日1客」「輪島塗の膳を使用」「地元産食材にこだわる」などのコンセプトを統一したことで、来訪者の満足度と口コミ評価が高まり、継続的な集客に成功しました。
また、徳島県美馬市などの「にし阿波〜剣山・吉野川観光圏」エリアでは、平成25年に17万3,000人だった年間宿泊者数が平成28年には21万4,000人まで増加しています。農家が単体で動くのではなく、地域の協議会や自治体と連携することで、これほど大きな来訪者数の拡大が実現した事例です。農林水産省の令和7年度目標は農泊地域での年間延べ宿泊者数700万人泊となっており、追い風の時期といえます。
エコツーリズムは環境省が推進する自然保全型の観光ですが、農山漁村が持つ里山・棚田・森林などの自然資源はエコツーリズムの対象にもなり得ます。農業従事者がエコツーリズムの文脈で地域の自然を活用する場合、自然環境の保護ルールに従う必要があります。
エコツーリズム推進法(2007年)に基づき、環境省・農林水産省などの大臣が認定した「エコツーリズム推進全体構想」が策定された地域では、その地域の特定自然観光資源の指定を受けた場所でのごみの投棄や無断立ち入り・損傷行為は罰則の対象となります。地域内でツアーを行う場合は、この点を必ず確認しておきましょう。罰則の有無は確認が必要です。
エコツーリズムを農村で実施するメリットとしては、以下の点が挙げられます。
ただし、エコツーリズムは「自然環境の学習・保全」が主眼であるため、農業体験で収益を得ることを直接の目的とするグリーンツーリズムとは方向性が異なります。地域の棚田や雑木林をエコツアーのコンテンツとして活用しつつ、農泊や収穫体験と組み合わせるという「ハイブリッドな形」が、収益性と環境保全を両立する現実的なアプローチです。兵庫県丹波篠山市の「BE SATOYAMA」プログラムは、里山の農業・林業・自然を1年間かけて学ぶプログラムとして都市部から多くの参加者を集め、この複合的な形の先進事例となっています。
グリーンツーリズムへの参入を考える農業従事者が事前に知っておくべき現実的な課題があります。これらを把握しておくことで、失敗のリスクを大幅に下げられます。
まず大きな課題は「季節性のある収益構造」です。田植え体験は春、収穫体験は秋に集中するため、年間を通じた需要の平準化が難しくなります。石川県能登町の成功事例でも、季節を問わず来訪者を受け入れるために、農産物の加工や郷土料理づくり、伝統工芸体験など、農作業以外のコンテンツを組み合わせています。これが原則です。
次に重要なのが「接客・サービスの品質管理」です。農家民泊は「ありのままの農家の暮らし」が魅力ですが、来訪者はお金を払っている以上、ある程度のホスピタリティを期待します。栃木県大田原市では、約180軒の農家が農泊を受け入れていますが、民間のDMO(観光地域づくり法人)である「株式会社大田原ツーリズム」がプログラムの質の管理と情報発信を一元的に担っています。
体験プログラムの情報発信も見落とせません。農林水産省が設けている「農家民泊ポータルサイト(nohaku.net)」には地域協議会等の情報がまとめられており、参加を検討している農家はまずここで地域の取り組み状況を確認するのが最初のステップです。
成功している地域に共通するのは、「当事者意識を持ったリーダー」と「地域全体での役割分担」の存在です。農家一軒だけが孤立して取り組むのではなく、地域協議会・行政・DMOと連携した体制を整えることが、グリーンツーリズムを継続的な収益事業にする条件です。「何のリスクをどう管理するか」を事前に話し合い、関係者の役割を明文化しておくことが長続きのカギになります。
参考:農林水産省によるグリーンツーリズムの定義・推進の基本方向について
農林水産省「グリーン・ツーリズムの定義と推進の基本方向」(PDF)
参考:農泊推進対策・補助金制度の詳細については農林水産省の以下ページで確認できます。
参考:エコツーリズム推進法の内容と対象地域の確認は環境省サイトで行えます。