アグリツーリズム イタリアの成功事例と農業経営の魅力

イタリアのアグリツーリズムはなぜ世界中で成功モデルとされるのでしょうか?その背景にある厳格な法制度や、農家が実践する経営の工夫、そして旅行者を魅了する「食」と「体験」の正体に迫りませんか?

アグリツーリズムとイタリア

アグリツーリズム イタリアの要点
🇮🇹
国家戦略としての法整備

1985年の法制定により、農家民宿は単なる宿ではなく「農業活動の一環」として明確に定義されました。

🍷
0km(キロメートロ・ゼロ)

敷地内や近隣で生産された食材を優先的に提供する義務があり、これが食のブランド化に成功しています。

🌾
景観こそが商品

美しい田園風景を維持管理することが農家の責務であり、それが観光資源として還元される循環があります。

アグリツーリズム イタリアにおける農業と観光の融合

 

イタリアにおけるアグリツーリズム(イタリア語ではアグリトゥーリズモ:Agriturismo)は、単に農家に泊まるだけの旅行形態ではありません。これは、農業の衰退を食い止め、農村地域の活性化を目指す国家レベルの戦略として発展してきました。特に重要なのが、1985年に制定された「アグリツーリズム法(法律第730号)」の存在です。

 

参考)https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/project/attach/pdf/220301_R04ict2_10.pdf

この法律により、アグリツーリズムは「農業事業者が自らの農場を活用して行う接遇活動」と定義されました。ここで特筆すべき点は、あくまで「主たる業務は農業」であり、「観光は従たる業務」でなければならないという厳格なルールです。例えば、労働時間の過半を農業に従事することや、提供する食事の原材料の一定割合(州によって異なりますが、多くは35%〜80%)を自社農園または近隣地域の生産物で賄うことが義務付けられています。

 

参考)アグリツーリズムを日本でも推進しよう!イタリアでは2万軒以上…

これにより、日本の「民泊」のように単に空き部屋を貸し出すビジネスとは一線を画し、農家としてのアイデンティティを保ちながら観光収益を得るハイブリッドな経営モデルが確立されました。観光客にとっても、この法規制があるからこそ、「本物の農業体験」や「その土地ならではの食」が保証されているという安心感につながっています。トスカーナ地方やピエモンテ州などの丘陵地帯では、ブドウ畑やオリーブ畑そのものが観光資源となり、農業と観光が対立するのではなく、相互に価値を高め合う「融合」が見事に実現しています。

 

参考)地域産品、郷土料理、アグリツーリズム、景観の美〜イタリア・テ…

以下のリンクは、イタリアのアグリツーリズム法とその背景にある農業政策について詳細に解説している農林水産省の資料です。

 

農林水産省:イタリアにおけるアグリツーリズムについて(法的定義と要件)

アグリツーリズム イタリアの成功を支える経営と法制度

イタリアのアグリツーリズムがビジネスとして成功している最大の要因は、強力な税制優遇措置と参入障壁のコントロールにあります。イタリア政府は、農村からの人口流出を防ぐため、アグリツーリズムを行う農家に対して、通常のホテル業や飲食業よりも圧倒的に有利な税制(固定資産税の減免や所得税の優遇など)を適用しています。

 

参考)https://www.mdpi.com/2071-1050/10/8/2938/pdf

経営の視点から見ると、これは極めて合理的です。農家は農産物の価格変動リスクに常にさらされていますが、宿泊や飲食提供による「観光収入」という別のキャッシュポイントを持つことで、経営の安定化を図ることができます。実際に、イタリア全土で約2万軒以上のアグリツーリズム施設が存在し、その多くが小規模な家族経営でありながら、高い収益性を維持しています。

 

参考)https://www.jcrd.jp/publications/70cc5146f6dd769413c91ac2e9a38cfcf7b713ea.pdf

しかし、誰でも参入できるわけではありません。アグリツーリズムの看板を掲げるには、各州が定める研修を受講し、認定を受ける必要があります。また、既存の建物を活用することが原則とされ、景観を損なうような大規模な新築は厳しく制限されています。この「不便さ」や「古さ」を逆手に取り、歴史的な石造りの農家(カサーレ)をリノベーションして高級感のある宿泊施設に変えるなど、制約を価値に変える経営手腕がイタリアの農家には見られます。

 

参考)https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/project/attach/pdf/220301_R04ict2_11.pdf

さらに、経営の多角化も進んでいます。宿泊だけでなく、料理教室、乗馬体験、ワインのテイスティング、さらには教育ファーム(ファットリア・ディダッティカ)として子供たちの学習の場を提供するなど、コンテンツを多様化させることで、年間を通じて集客を可能にしています。これは日本の農家にとっても、6次産業化のさらに先を行く「サービス産業化」の成功事例として大いに参考になるでしょう。

 

参考)https://www.mdpi.com/2077-0472/9/2/42/pdf?version=1550910996

以下のリンクは、イタリアのアグリツーリズムにおける経営多角化の具体的なデータと分析が掲載された論文です。

 

流通の最新事情を探る:イタリア・アグリツーリズムにみる経営多角化の意義と可能性

アグリツーリズム イタリアで体験する食と農家民宿の魅力

旅行者がイタリアのアグリツーリズムを選ぶ最大の理由は、間違いなく「食」の魅力にあります。ここでは「キロメートロ・ゼロ(0km)」という哲学が徹底されています。これは、移動距離ゼロ、つまりその農場で採れたもの、あるいはその地域で生産された新鮮な食材を使って料理を提供するという考え方です。スーパーマーケットで買う食材とは異なり、生産者の顔が見える、安全で旬の味を楽しむことができます。

 

参考)http://www.shukugawagakuin.net/wp-content/uploads/bulletin/2011_2_koiso.pdf

農家民宿(アグリツーリズモ)での食事は、単なるグルメ体験を超えています。例えば、自家製のオリーブオイルをたっぷりかけた採れたて野菜のサラダ、敷地内のブドウで作られたワイン、朝搾ったミルクで作ったチーズなど、その土地の風土(テロワール)をダイレクトに感じることができます。多くの農家民宿では、夕食時にオーナー家族とテーブルを囲むことも珍しくなく、料理の背景にあるストーリーやレシピを聞きながら食事をすることで、深い異文化交流が生まれます。

 

参考)イタリアのアグリツーリズムに潜入した!|ayano kane…

また、「体験」の質も非常に高いレベルで維持されています。収穫体験はもちろんのこと、トリュフ狩り、生パスタ作り体験、チーズ製造の見学など、その地域独自のプログラムが用意されています。これらはアトラクションとして作られたものではなく、農家の日常業務の一部を切り取ったものであるため、非常にリアリティがあります。近年では、ウェルネス(健康)への関心の高まりから、農園内でのヨガやスパ体験を提供するラグジュアリーな施設も増えており、客層の幅を広げています。

 

参考)https://teikyo-u.repo.nii.ac.jp/record/2002099/files/keizaigaku49-2-09.pdf

重要なのは、これらの食や体験が、スローフード運動と密接に結びついている点です。ファストフードに対抗してイタリアで生まれたこの運動は、「おいしい、きれい、ただしい(Buono, Pulito, Giusto)」をスローガンに掲げており、アグリツーリズムはその実践の場として機能しています。

 

以下のリンクは、アグリツーリズムを楽しむための予約方法やルールについて解説した旅行者向けの実用的な記事です。

 

イタリアのアグリツーリズモ(農園や農家の宿泊施設)を楽しむ前の基礎知識

アグリツーリズム イタリア独自の格付けと成功の基準

ホテルに星(★)の格付けがあるように、イタリアのアグリツーリズムにも独自の格付けシステムが存在します。それが「スピーガ(Spiga)」と呼ばれる、麦の穂を模したマークによる5段階評価です。以前は州ごとにバラバラの基準で評価されていましたが、利用者へのわかりやすさを向上させるため、2013年頃から全国統一の基準が導入されました。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kankyo/48/1/48_16/_pdf

このスピーガの数は、単に施設の豪華さだけで決まるわけではありません。以下のような多角的な視点で厳正に審査されます。

 

  • 景観と環境: 建物の保存状態、自然環境への配慮、静寂さ。
  • アメニティ: 客室の設備、バスルームの快適さ、清掃の質。
  • サービス: 接客の質、言語対応、アクティビティの充実度。
  • 農業体験: 農産物の提供比率、農業との関わりの深さ。
  • 持続可能性: 再生可能エネルギーの利用、廃棄物管理。

最高ランクの「5スピーガ」を獲得している施設は、歴史的な邸宅を改装した優雅な空間でありながら、有機農業を実践し、最高級のサービスを提供する極上のリゾートであることが多いです。一方で「1スピーガ」であっても質が低いわけではなく、より素朴で家庭的な、昔ながらの農家の生活に近い体験ができることを意味します。この格付けシステムがあることで、旅行者は自分の目的に合った施設(ラグジュアリーな滞在か、泥臭い農業体験か)を選びやすくなり、ミスマッチを防ぐことに成功しています。

日本の農家民宿が参考にすべき点は、この「農業らしさ」を評価基準に組み込んでいる点です。設備を近代化してホテルに近づけることが必ずしも正解ではなく、農家としての独自性や伝統を守ることが、高い格付けとブランド価値につながる仕組みが構築されています。

 

以下のリンクは、アグリツーリズムの品質認証制度に関する学術的な分析論文です。

 

イタリアのアグリツーリズモ農家への品質認証制度の特徴

アグリツーリズム イタリアの成功を裏付ける景観保全と税制

最後に、検索上位の記事ではあまり深く触れられていない、しかしイタリアのアグリツーリズムの根幹をなす「景観保全」と「税制」の関係について独自の視点から解説します。イタリアにおいて農家は「国土の守護者(Presidio del territorio)」と呼ばれています。これは単なる美辞麗句ではなく、実質的な役割と責任を伴う言葉です。

 

参考)301 Moved Permanently

イタリアの美しい田園風景、例えばトスカーナの糸杉が並ぶ丘や、段々畑のブドウ園は、自然そのままの姿ではなく、数百年かけて農家が手入れをしてきた「文化的景観」です。もし農家が離農し、土地が放棄されれば、この景観は失われ、観光資源としての価値も消滅します。さらに、山間部での耕作放棄は地滑りや土壌流出などの災害リスクを高めます。

 

そこでイタリア政府は、アグリツーリズムを行う農家に対して、景観を維持管理するための「対価」として、手厚い補助金や税制優遇を与えています。具体的には、農家民宿の売上に対する課税所得の計算において、みなし経費率が非常に高く設定されており、実質的な税負担が極めて低く抑えられています。これは「観光業で儲けさせてやるから、その分、面倒な石垣の修復や伝統的な作物の栽培を続けてくれ」という、政府と農家の間の暗黙の社会契約とも言えます。

 

参考)https://www.e3s-conferences.org/articles/e3sconf/pdf/2020/57/e3sconf_ati2020_02004.pdf

日本の農業政策では、生産性の向上や規模拡大が重視されがちですが、イタリアでは「非効率な伝統的景観」を維持すること自体に経済的価値を見出し、それをアグリツーリズムという出口でマネタイズさせています。この「景観=公共財」という認識と、それを支える税制・補助金のパッケージこそが、イタリアのアグリツーリズムが単なるブームで終わらず、数十年続く強固な産業として定着した真の理由なのです。

 

以下のリンクは、地域資源としての景観とアグリツーリズムの関係性について、世界遺産オルチャ渓谷を例に挙げたレポートです。

 

イタリア・テリトーリオ戦略から学ぶ地域経済の再生:自然資本と一次産業

 

 


田舎の力が未来をつくる 金丸弘美 農村の観光アグリツーリズム