「レブンアツモリソウ」は、北海道の礼文島にのみ自生するラン科の植物であり、その希少性と美しさから「高山植物の女王」とも呼ばれています。しかし、その販売や譲渡には極めて厳しい法的ハードルが存在します。農業従事者やプロの園芸家であっても、この植物を扱う場合は「種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)」を完全に理解しておかなければなりません。
一般の園芸店やホームセンターで見かけることはまずありません。なぜなら、レブンアツモリソウは特定第一種国内希少野生動植物種に指定されており、国が厳重に管理しているからです。知らずに売買に関わると、重い刑事罰の対象となる可能性があります。本記事では、レブンアツモリソウの販売に関わる法的許可、正規の苗の入手方法、そして販売を見据えた場合の栽培の現実について深掘りします。
レブンアツモリソウを販売する上で最も重要なキーワードが「特定国内種事業者」です。この植物は、単に苗を育てて売るという一般的な農業ビジネスの枠組みでは扱えません。
まず、レブンアツモリソウは原則として捕獲・譲渡(販売を含む)が禁止されています。例外として認められるのは、許可を受けた事業者が人工繁殖させた個体である場合のみです。山から掘ってきたもの(山採り株)を販売することは、いかなる理由があっても100%違法です。
販売事業を行うためには、環境省および農林水産省に対して「特定国内種事業」の届出を行う必要があります。
正規に販売されているレブンアツモリソウには、必ずこの「適法に繁殖されたものであることの証明」が必要です。購入者が安心して購入できる環境を作るためにも、事業者は自身の登録番号を明示する義務があります。
環境省:特定国内種事業について
特定第一種国内希少野生動植物種の販売・頒布を行う事業者向けの手続き詳細が記載されています。
参考)https://www.env.go.jp/content/000153896.pdf
レブンアツモリソウの苗を入手し、それを親株として増殖・販売を目指す場合、初期投資は非常に高額になります。一般的な野菜苗や花苗とは桁が違うことを覚悟する必要があります。
市場に出回っている「正規の人工繁殖株」は極めて少なく、北海道内のごく限られた専門業者(岩崎園芸など)や、長年の実績がある山野草専門店でしか取り扱いがありません。
販売価格の相場と形態
| 形態 | 価格相場(1株/1芽) | 特徴 |
|---|---|---|
| 開花見込み株 | 15,000円 〜 30,000円 | 翌シーズンに花が咲く可能性が高い成熟した株。最も高価。 |
| 小苗(実生苗) | 5,000円 〜 10,000円 | 開花まで数年かかる若苗。フラスコ出し直後の場合もあり管理が難しい。 |
| フラスコ苗 | 時価(数万円〜) | 無菌培養された瓶入りの状態。順化(外気に慣らす作業)が必要でプロ向け。 |
購入時の注意点として、インターネットオークション(ヤフオク!など)やフリマアプリ(メルカリなど)での個人間取引はリスクが伴います。出品者が「特定国内種事業者」の届出をしていない場合、その取引自体が法に触れる可能性があります。また、正規のルートであれば必ず付随しているはずの「由来を証明する書類」や「タグ」がない個体は、盗掘品(違法採取品)である可能性が高いため、絶対に手を出してはいけません。
岩崎園芸ネットストア:レブンアツモリソウ販売ページ
正規の特定国内種事業者として登録されている専門店による実際の販売価格や苗の状態が確認できます。
参考)エラー
販売を目的としてレブンアツモリソウを増殖させる場合、その栽培難易度は「国内最難関クラス」と言っても過言ではありません。冷涼な礼文島の気候に適応しているため、特に本州以南での「夏の暑さ対策」が生存の鍵を握ります。
1. 温度管理(夏越し)
レブンアツモリソウにとって、夜温が25℃を超える熱帯夜は致命的です。
2. 用土と植え付け
根が極めて酸素を好むため、水はけの良さが最優先されます。一般的な培養土は使用できません。
3. 肥培管理(肥料)
肥料当たり(肥料焼け)を起こしやすいため、非常に薄い濃度で与えます。
4. 冬越し
寒さには非常に強いですが、乾燥には弱いです。
趣味の山野草:レブンアツモリソウの栽培レポート
実際に栽培している愛好家による用土の配合や季節ごとの詳細な管理記録が参照できます。
参考)https://www.shuminoengei.jp/?m=pcamp;a=page_r_detailamp;target_report_id=34415
「少し増えたから近所の人に売ろう」「ネットで高く売れそうだから出品しよう」。このような安易な考えは、レブンアツモリソウに関しては取り返しのつかない事態を招きます。種の保存法の罰則は非常に重く設定されています。
違法行為の例
罰則の内容
種の保存法に違反した場合、以下の罰則が科される可能性があります。
特に近年は、ネットパトロールが強化されており、フリマアプリやオークションサイトでの違法取引は厳しく監視されています。摘発されれば、社会的信用の失墜だけでなく、農業経営そのものが立ち行かなくなるリスクがあります。「知らなかった」では済まされないのが、この法律の怖いところです。
必ず、正規に増殖された個体(人工繁殖個体)のみを扱い、自らも事業者としての届出を済ませた上で販売活動を行う必要があります。
環境省:種の保存法パンフレット
国内希少野生動植物種の規制内容や罰則について図解入りで分かりやすく解説されています。
参考)https://www.env.go.jp/nature/kisho/pamphlet/KisyoRist_6.1M.pdf
ここからは、一般的な栽培ガイドにはあまり載っていない、しかし販売・増殖を目指すなら避けて通れない「共生菌(きょうせいきん)」という専門的な視点について解説します。
レブンアツモリソウが「幻のラン」と呼ばれる所以は、その発芽の特殊性にあります。一般的な植物の種子には「胚乳(はいにゅう)」という栄養タンクがありますが、レブンアツモリソウの種子にはそれがありません。自然界では、土壌中に存在する特定のリゾクトニア属などの菌類(ラン菌)が種子に入り込み、その菌から栄養をもらうことで初めて発芽・成長します。
1. 販売用苗の生産における「無菌培養」の重要性
販売用の苗を安定供給するためには、自然任せの共生菌依存では効率が悪すぎます。そのため、プロの事業者は「無菌播種(フラスコ培養)」というバイオテクノロジーを用います。
これは、寒天培地に糖分などの栄養を含ませ、人工的に胚乳の代わりをさせる技術です。この技術により、菌がいなくても発芽させることが可能になりました。現在流通している「正規販売苗」のほぼ全ては、このフラスコ育ちの個体です。
2. 「フラスコ出し」後の生存率の低さ
問題はここからです。フラスコの中でぬくぬくと育った苗(無菌状態)を、菌だらけの現実の土に植え替える「フラスコ出し(順化)」の工程で、多くの苗が枯れてしまいます。
販売者として成功するためには、単に株分けで増やすだけでなく、この「バイオ技術と土壌菌のコントロール」という高度な専門知識が求められます。「なぜレブンアツモリソウが高いのか」という顧客の問いに対する答えも、この膨大な手間と技術料にあるのです。
北海道庁:レブンアツモリソウ保護増殖事業
北海道が取り組んでいる保護増殖事業における共生菌の研究や培養技術の現状が確認できます。
参考)レブンアツモリソウ(礼文敦盛草) - 建設部まちづくり局都市…