イソチオシアネートは、アブラナ科に多いグルコシノレートが、酵素(ミロシナーゼ)による加水分解を受けて生成する「反応生成物」です。つまり、作物体内に最初から“完成品”として蓄えられているというより、葉や茎が細断・破砕されてはじめて反応が進みやすくなります(現場的には、細断が甘いと立ち上がりが鈍い、という理解が近いです)。この仕組みは、細胞が壊れて基質と酵素が混ざることで反応が進む、と整理できます。
農業での土壌消毒(バイオくん蒸)に当てはめると、緑肥を「すき込む前の細断」が効き目の入口になります。刈り払いやフレールでできるだけ細かくしてから、すぐ混和するほど反応機会が増えます。さらに、土中での分解・反応は“待ってくれない”ため、細断→混和→散水→被覆を同日内に詰めるほど狙い通りに進みやすいです。
参考:カラシ油配糖体(グルコシノレート)とミロシナーゼでイソチオシアネートが生成される仕組み(基礎の確認)
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=708
現場で最も分かりやすいメリットは、土壌病害に対する抑制です。例えば兵庫県の資料では、カラシナに含まれる辛味成分アリルイソチオシアネートが、土壌中の植物病原菌を殺菌する作用があるとされています。実際の体系としては、カラシナを栽培して開花期まで持っていき、茎葉を細断してすき込み、散水して透明フィルムで被覆し、3〜4週間放置する、という流れが提示されています。
重要なのは「作業のラクさ」だけで評価しないことです。熱水消毒のような重作業を減らせる可能性がある一方で、緑肥の作付け期間(約45日など)と、被覆・閉め切り期間(3〜4週間など)が必要です。裏返すと、作型に“空き窓”がある産地ほど組み込みやすく、詰まった輪作体系だと導入が難しいため、まずは「いつ入れるか」を先に決めるのが成功条件になります。
参考:カラシナ(黄からし菜)すき込みでの病害抑制、被覆・地温の留意点(手順と考え方)
https://hyogo-nourinsuisangc.jp/18-panel/pdf/h22/1-1.pdf
センチュウ対策としては、緑肥の作用機作のひとつに「生物くん蒸」があり、辛味成分グルコシノレートが土壌中で分解され、イソチオシアネートというガスに変化してセンチュウを抑制すると整理されています。ポイントは、緑肥のセンチュウ抑制は“単一の理屈”ではなく、不適寄主・殺センチュウ物質・ふ化促進・生物くん蒸など複数メカニズムがあることです。つまり、同じ「緑肥」でも狙うセンチュウ種と作物の相性で当たり外れが出ます。
このズレを減らす現場の手は、「圃場にいるセンチュウの種類と密度を把握する」ことです。密度が高すぎると緑肥の効果が見えにくい場合があり、JAや普及センターでの調査相談が勧められています。緑肥は農薬より効き目が弱いことがある、という前提を共有した上で、①密度が中〜低の圃場は緑肥中心、②密度が高い圃場は他の手段(輪作や他の技術)と組み合わせる、という判断が事故を減らします。
参考:緑肥によるセンチュウ抑制メカニズム(生物くん蒸=イソチオシアネート)と、密度調査の重要性
https://www.takii.co.jp/tsk/saizensen_web/cultivation/sentyu_2022/
イソチオシアネートは揮発性が高い側面があり、すき込み後に被覆をすると効果が高まる、という実務的な指摘があります。これは「発生した成分を圃場外へ逃がさない」ことが狙いで、被覆が甘いと、せっかく作った“効く成分”が抜けてしまいます。露地でも資材で土壌表面を押さえる工夫が重要になり、施設ならハウスの閉め切りと相性がよいです。
また、兵庫県資料でも、すき込み時の地温は平均30℃以上で殺菌効果が高いので高温期に処理する、と明確に示されています。温度は反応速度に効き、水分は土中での反応・拡散に効き、被覆は保持に効く――この3点セットで理解すると、現場の改善点が見つけやすくなります。逆に「温度が低い・乾き気味・被覆なし」で期待値を上げると、効かない(またはムラが出る)リスクが上がるので、導入初年度は小面積で条件出しするのが安全です。
参考:すき込み後の被覆で効果が高まる(揮発性成分の保持)
https://www.snowseed.co.jp/wp/wp-content/uploads/grass/701-06.pdf
検索上位の説明は「成分が出る/病害虫が減る」で止まりがちですが、実装で差が出るのは“段取り”です。とくに見落とされやすいのが「細断〜混和までのタイムラグ」と「被覆の密閉度」で、細断してから放置すると反応の山が圃場外(空気中)に逃げる側へ寄ってしまいます。段取りの鉄則は、①細断はできるだけ細かく、②細断したらすぐ混和、③すぐ散水で十分な水分、④すぐ被覆して逃がさない、の順番を崩さないことです。
もうひとつの盲点は、緑肥の“量”です。少量すき込みだと土壌全体での作用が薄く、局所的な効果で終わりがちです。反対に、多量すき込みは作業負荷が上がるだけでなく、分解が激しい条件だと酸素不足やガス害など別のトラブルの引き金になることがあるため、慣れるまでは「推奨されるは種量」「適期」「被覆期間」を守り、圃場の匂い・地温・水分の変化を観察して翌年に最適化するのが現実的です。
作業チェックリスト(導入初年度向け)
現場で役立つ「判断の軸」を1つだけ挙げるなら、“イソチオシアネートを作る”ではなく“作って保持して効かせる”までを作業設計に入れられているか、です。ここが設計できると、緑肥は病害虫対策の一手であるだけでなく、土の物理性・生物性を立て直す投資にもなり、薬剤依存を下げる選択肢として現実味が増してきます。