抵抗性品種でも数年で効かなくなります。
イネいもち病菌には、同じ菌種でありながら特定の品種に対する病原性が異なる系統が存在します。この現象を病原性の分化と呼び、その菌系統を「レース」と呼んでいます。形態的には差異がないものの、イネ品種に対する感染力が全く異なる点が特徴です。
例えば品種Aには強く感染するいもち病菌aと、同じ条件で接種しても全く発病しない菌bが存在するケースがあります。
これがレースの違いです。
病原性の差異には2つの側面があります。1つ目は病斑の数や大きさなど数量的に比較できる強弱の差、2つ目は発病するかしないかという質的な差です。この質的な病原性の差が、抵抗性品種の育成と普及戦略に根本的な影響を与えています。
レースの存在は、いもち病防除において極めて重要な意味を持ちます。最も経済的な防除手段である抵抗性品種の利用において、どのレースが圃場に分布しているかを把握していなければ、せっかく導入した抵抗性品種が無効になる可能性があるのです。
つまりレース情報が基本です。
いもち病菌のレース判別体系と分化の詳細について、病原菌の基礎知識が解説されています
日本では1976年に新しいレース判別体系が確立され、現在まで使用されています。この体系では9つの判別品種を用いており、それぞれが主要な真性抵抗性遺伝子を1つずつ持っている点が特徴です。
判別品種は以下のように構成されています。
• 新2号(Pi-k遺伝子、コード番号1)
• 愛知旭(Pi-a遺伝子、コード番号2)
• 石狩白毛(Pi-i遺伝子、コード番号4)
• 関東51号(Pi-k遺伝子、コード番号10)
• ツユアケ(Pi-km遺伝子、コード番号20)
• フクニシキ(Pi-z遺伝子、コード番号40)
• ヤシロモチ(Pi-ta遺伝子、コード番号100)
• Pi No.4(Pi-ta2遺伝子、コード番号200)
• とりで1号(Pi-zt遺伝子、コード番号400)
レース名は、そのレースが侵害できる判別品種のコード番号の和で表現されます。例えば新2号(1)と愛知旭(2)と石狩白毛(4)を侵すレースは、1+2+4=レース007となります。この命名法により、レース番号から直ちに病原性の範囲を知ることができる利点があります。どういうことでしょうか?
レース007という数字を見れば、1、2、4に分解でき、Pi-k、Pi-a、Pi-iの3つの抵抗性遺伝子を侵害できることが即座に分かるのです。この簡便さが、全国的なレース分布調査や品種選定の際に大いに役立っています。
検定方法は標準化されており、罹病標本から単胞子分離した菌を、判別品種の4葉期苗に接種します。胞子濃度は1mL中に5~10万個に調整し、接種7~10日後に病斑型を調査する方式です。病斑型がHR型やR型なら抵抗性反応、MS型やS型なら罹病性反応と判定します。
準同質遺伝子系統を用いた判別品種の育成と利用について、国際農研の研究成果が公開されています
日本国内のいもち病菌レース分布には顕著な地域差が存在し、その差は各地域で栽培されてきた品種の抵抗性遺伝子と密接に関係しています。全国調査の結果、レース007の分布頻度が最も高く、全体の73.1%を占める地域もあれば、レース003が93%を占める地域も存在します。
兵庫県の2016~2017年の調査では、レース007の頻度が78%と最も高い結果でした。一方、宮城県の1988年調査ではレース003の分布率が93.1%と極めて高く、地域による違いが明確です。
レース分布が地域で異なる主な理由は、栽培品種の真性抵抗性遺伝子型にあります。Pi-a型品種(ササニシキなど)の作付率が高い地域ではレース003の分布率が高く、Pi-i型品種(あきたこまち、ひとめぼれなど)の作付率が高い地域ではレース007など、Pi-iを侵害できるレースの分布率が高まる傾向があります。
意外ですね。
秋田県の事例では、1980年にPi-i型品種の作付率がわずか2.9%だった時期には、Pi-i侵害レースの分離率は15%程度でした。しかし1990年にあきたこまちの作付が急増し、Pi-i型品種が57.8%を占めるようになると、Pi-i侵害レースの分離率は89%にまで上昇しました。
つまり10年間で約6倍増です。
岩手県でも同様の変化が観察されており、1980年には全作付面積の91%がPi-a型品種で占められていましたが、1991年には43.2%がPi-i型品種となり、レース007の分離率が58%に達しました。作付品種の変更がレース頻度に直接影響を与えることは明白です。
地域内でも細かな分布差が存在します。秋田県内を北部、中央部、南部に区分した調査では、県南部でPi-i侵害菌株の分離率が100%だったのに対し、中央部では62%とやや低い結果でした。これは各地域のあきたこまち作付率の違いを反映しています。
2001年の全国レース分布調査データが農研機構から公開されており、地域ごとの詳細なレース頻度が確認できます
真性抵抗性を持つ新品種は、導入当初は極めて高い発病抑制効果を示します。しかし数年後には、その品種を侵害できる新しいレースが出現し、抵抗性が崩壊する事態が相次いで報告されています。
これが最大の問題です。
1960年代に中国品種の杜稲や茘文江の抵抗性を導入した関東51号や関東53号は、当初はいもち病が全く発生しませんでした。しかし数年で突然罹病化し、大きな被害を受けました。北海道のユーカラも1964年から異常多発が始まり、秋田県のウゴニシキも1965年から広域的に激発しました。
このような抵抗性崩壊のメカニズムには、いもち病菌の遺伝的変異が関与しています。真性抵抗性品種が広い面積で栽培されると、その品種を侵せるレースには選択圧がかかり、増殖の優位性が生じます。結果として、当初は圃場にわずかしか存在しなかった侵害レースが急速に増加し、優占レースとなるのです。
新潟県の研究では、導入した品種が持つ真性抵抗性に親和性を示す新レースが、導入後数年で分離率は低いものの確認されています。初期には検出困難なほど低頻度でも、数年の栽培継続により目立つようになり、やがて大発生に至るパターンが明らかになっています。
抵抗性崩壊が起こりやすい条件として、以下が挙げられます。
• 単一の真性抵抗性遺伝子のみに依存した品種構成
• 同一品種の広域・長期栽培
• 圃場抵抗性が中程度以下の品種
• いもち病発生に好適な気象条件の到来
岩手県で1995年から本格栽培が始まった「かけはし」は、Pi-i遺伝子を持つたかねみのりと同じ抵抗性遺伝子型でした。たかねみのりの長期栽培によりレース007などPi-i侵害レースが既に地域に存在していたため、かけはし導入初年度から各地で多発生しました。圃場抵抗性がたかねみのりより弱かったことも被害拡大の要因です。
真性抵抗性は主働遺伝子支配であるため、育種による導入は比較的容易です。しかし抵抗性崩壊が起こりやすく、安定性に欠ける点が課題となっています。持続性が高いと思われていた抵抗性品種でも、数年で効果を失う事例が多数報告されているのです。
厳しいところですね。
抵抗性崩壊を遅らせるためには、単一の真性抵抗性に依存せず、複数の抵抗性遺伝子を集積する方法や、圃場抵抗性を併用する戦略が重要になります。圃場抵抗性は一般にレース非特異的で、環境条件による変動が少ない特性があります。
マルチラインは、異なる真性抵抗性遺伝子を持つ複数の準同質遺伝子系統を混合栽培する防除技術です。単一品種栽培で問題となる抵抗性崩壊に対応し、持続的な発病抑制を目指す方法として実用化が進んでいます。
マルチラインによる発病抑制には、主に2つのメカニズムが働きます。1つ目は、各系統が異なるレースに抵抗性を持つため、特定レースの増殖が抑制される効果です。2つ目は、混合する抵抗性系統の割合を増やすことで、病原菌が感染できるイネが減少し、胞子飛散量も減る「胞子の希釈効果」です。
コシヒカリマルチラインは新潟県で開発され、実用化されています。コシヒカリを遺伝的背景として、異なる真性抵抗性遺伝子を導入した複数系統を、10~20%程度の割合で混合栽培する方式です。慣行の薬剤防除体系と同等の発病抑制効果を得るには、圃場に分布するレースに対し、非親和性の抵抗性系統を十分な割合で含める必要があります。
しかしマルチライン導入後も、レース頻度は時間とともに変化します。新潟県の長期調査では、導入直後は高い発病抑制効果を示したものの、数年で新しいレースが出現する傾向が確認されました。このため、継続的なレース分布調査とマルチライン構成系統の見直しが不可欠です。
マルチラインを効果的に利用するためには、「イネいもち病菌レースの長期変動予測モデル」が開発されています。このモデルでは、品種の栽培面積や真性抵抗性遺伝子型、レースの適応度などのパラメータを入力することで、将来のレース頻度変化を予測できます。予測結果に基づいてマルチライン構成を調整すれば、発病抑制効果を維持できます。
ササニシキBL(ブラストライン、いもち病マルチライン)は宮城県で実用化された事例です。真性抵抗性の異なる複数系統を混合することで、従来のササニシキより安定した防除効果を実現しています。導入後の調査では、構成系統に非親和性のレース007の分離頻度も高く、マルチライン効果が確認されています。
マルチライン利用時の注意点として、以下が挙げられます。
• 定期的なレース分布調査の実施(3~5年ごと)
• 優占レースに対応した構成系統の見直し
• 圃場抵抗性の強い遺伝的背景品種の選択
• 基本的な栽培管理と薬剤防除の併用
マルチラインだけに頼らず、無病種子の使用、適切な施肥管理、発病好適期の予防散布など、総合的な防除対策を組み合わせることが重要です。レース変動に対応しながら、長期的に安定した収量を確保するための技術として、マルチラインの普及が期待されています。
結論は併用です。
マルチラインによる葉いもち抑制効果の計算方法と実用化技術について、東北農業研究センターの資料で詳しく解説されています
レース情報を活用した品種選定は、いもち病防除の成否を左右する重要な戦略です。地域のレース分布を把握せずに品種を選ぶと、抵抗性品種でも発病するリスクが高まります。
品種選定の際には、まず自分の圃場がある地域の最新レース分布情報を入手します。都道府県の農業試験場や病害虫防除所では、定期的にレース調査を実施しており、その結果を公表しています。
これは使えそうです。
地域の優占レースが判明したら、そのレースに対して抵抗性(非親和性)を持つ品種を選びます。例えばレース007が優占している地域では、Pi-i遺伝子を持たない、またはPi-i以外の抵抗性遺伝子を複数持つ品種が有効です。レース003が優占している地域では、Pi-a遺伝子を持たない品種が適しています。
ただし真性抵抗性だけでなく、圃場抵抗性の強さも重視すべきです。圃場抵抗性が強い品種は、レースに関係なく発病程度を低く抑える能力があり、真性抵抗性が無効化した場合のセーフティネットとなります。
主要品種の抵抗性遺伝子型は以下の通りです。
• コシヒカリ:Pi-a、Pi-i(圃場抵抗性やや弱)
• あきたこまち:Pi-a、Pi-i(圃場抵抗性中~やや弱)
• ひとめぼれ:Pi-i(圃場抵抗性中)
• ササニシキ:Pi-a(圃場抵抗性やや弱)
• ヒノヒカリ:Pi-a、Pi-i(圃場抵抗性やや強)
圃場抵抗性が中程度以下の品種を栽培する場合は、薬剤防除を基本防除体系に組み込む必要があります。育苗箱施用剤や本田での予防散布を計画的に実施し、レースによる被害を最小限に抑えます。
新品種導入時には特に注意が必要です。新品種が持つ真性抵抗性遺伝子に親和性のレースが、その地域に既に分布していないか確認します。前作の品種と同じ抵抗性遺伝子型の場合、侵害レースが既に存在する可能性が高く、導入初年度から発病するリスクがあります。
複数品種を組み合わせた栽培も有効な戦略です。異なる抵抗性遺伝子を持つ品種を圃場ごとに分けて栽培することで、特定レースの増殖と蔓延を抑制できます。ただし品種ごとに栽培管理や収穫調製を分ける必要があり、作業効率を考慮した計画が求められます。
レース分布は数年で変化するため、過去の情報だけに頼らず、最新情報を常に確認する姿勢が大切です。いもち病が多発した年の翌年は、レース構成が変化している可能性が高いため、特に注意が必要です。大丈夫でしょうか?
地域の試験研究機関や普及指導センターと連携し、レース情報や推奨品種の情報を定期的に入手する体制を整えることが、持続的な安定生産につながります。
日本各地のレースと品種の抵抗性変異の相互関係について、国際農研の研究成果で地域ごとの詳細が解説されています
Please continue.

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