冬囲い(ふゆがこい)は、雪国や寒冷地において、積雪の重みや寒風から樹木を守るために欠かせない作業です。特に農家や広い庭を持つ方にとって、適切な時期に適切な準備を行うことは、翌年の収穫や樹木の健全な生育を左右する極めて重要なプロセスとなります。まずは、作業をスムーズに進めるための準備と、プロが選ぶ間違いのない道具について解説します。
準備のタイミングとしては、初雪が降る前、一般的には11月中旬から12月上旬に行うのが理想的です 。葉が落ちて枝ぶりが見やすくなった時期を見計らいつつ、根雪になる前に完了させる必要があります。あまり早くやりすぎると、まだ活動している樹木が蒸れて害虫の温床になったり、病気が発生しやすくなったりするリスクがあるため、気温の低下を見極めることが肝心です。
参考)冬囲いと防寒対策の基本|雪国の庭木&家庭菜園を守る方法【北海…
必要な道具は以下の通りです。これらはホームセンターや農業資材店で入手可能です。
意外と知られていない準備のコツとして、「縄の湿らせ方」があります。乾いた荒縄は硬くて結びにくい上に、結んだ後に水分を含むと伸び縮みして緩む原因になります。プロの職人や農家は、使用する前に縄を水に浸して適度に湿らせてから作業を行います。こうすることで縄が柔らかくなり、乾燥したときにキュッと締まるため、ひと冬越しても緩まない強固な冬囲いができるのです。
参考:コメリドットコム - 庭木の冬囲いの基本と道具選び
リンク先には、初心者でも揃えやすい基本的な道具のリストと、それぞれの用途が写真付きで分かりやすく解説されています。
冬囲いの作業において、最もハードルが高く、かつ重要な技術が「男結び(おとこむすび)」です。別名「イボ結び」とも呼ばれ、造園業や農業の現場では必須のスキルです 。男結びの最大の特徴は、一度結ぶと非常に解けにくく、時間が経っても緩まないことです。蝶結びなどの一般的な結び方では、雪の重みや風の振動で徐々に緩んでしまい、冬囲いの効果が半減してしまいます。
ここでは、男結びの具体的な手順をテキストで分解して解説します。最初は難しく感じるかもしれませんが、何度も練習して手に覚え込ませましょう。
男結びのステップ:
初心者が陥りやすい失敗と対策:
男結びは、竹垣の結束や野菜の支柱立てなど、冬囲い以外の農作業でも幅広く応用できる一生モノの技術です。どうしても難しい場合は、無理をせず「巻き結び」など比較的簡単な結び方で代用し、緩まないように回数を多く巻くなどの工夫をするのも一つの手ですが、強度と美しさを兼ね備えた男結びの習得を強くおすすめします。
参考:ポラロップ - 図解でわかる男結びの結び方とコツ
リンク先では、イラストと写真を使って男結びの手順がコマ送りで紹介されており、動画では分かりにくい手元の細かい動きを確認できます。
冬囲いには、樹木の種類や大きさ、地域の積雪量に応じたいくつかの代表的な種類があります。それぞれの特徴を理解し、自分の管理する木に最適な方法を選ぶことが大切です。ここでは、庭木と果樹園で使われる主な手法を比較します。
| 種類 | 対象となる樹木 | 特徴とメリット |
|---|---|---|
| 竹囲い(頭飾り) | 低木~中木(ツツジ、サツキなど) |
3~4本の竹を円錐状に組み、頂部で束ねて縄を回す方法。雪の重みを竹で受け止め、枝が広がるのを防ぎます |
| 雪吊り(ゆきつり) | 高木(マツ、イチイなど) | 幹の脇に高い支柱を立て、その先端から各枝へ放射状に縄を張り、枝を吊り上げる方法。重い雪が枝に乗っても、縄が張力で支えるため折れません。金沢の兼六園などが有名です 。 |
| 縛り(しぼり) | コニファー、細い庭木 |
枝葉が横に広がらないよう、螺旋状に縄を巻き付けてスリムにする方法。最も手軽ですが、締めすぎると内部が蒸れるため加減が必要です |
| コモ巻き・腹巻き | 耐寒性の弱い木(サルスベリなど) | 幹にワラやコモを巻き付け、寒風や凍結から形成層を守ります。また、害虫(マツカレハの幼虫など)をコモの中に誘い込み、春に焼却駆除する「害虫駆除」の目的も兼ねています 。 |
| 棚の補強・伏せ込み | 果樹(ブドウ、ナシなど) |
農家特有の手法。雪の重みで棚が潰れないよう支柱(頬杖)を追加したり、ブドウなどは蔓(つる)を棚から外して地面に寝かせ(伏せ込み)、雪の下で越冬させることで凍害を防ぎます |
農家における果樹の冬囲いは、庭木の「美観」よりも「生存と収量」が最優先されます。例えば、リンゴの高密植栽培(わい化栽培)では、細い台木が雪の重みで折れやすいため、支柱ごとの結束を徹底したり、雪面から出ている枝が野うさぎに齧られないよう保護カバー(チューガード)を設置したりします 。
参考)https://agrin.jp/documents/986/image1_file0121111616191410104.pdf
また、「雪囲い」と「冬囲い」の違いについても理解しておきましょう。一般的に「雪囲い」は家屋や設備を雪から守る(窓ガラスの保護板など)ことを指す場合が多く、「冬囲い」は植物を保護することを指しますが、地域によっては同義で使われます 。農家にとっては、ビニールハウスの補強なども含めた広義の「雪対策」の一部として捉えられています。
参考)雪囲いとは?冬囲いとの違いは? -YukiBunBun
特に注意が必要なのがコニファー類です。これらは雪が積もると簡単に枝が開き、形が崩れて元に戻らなくなったり、中心部が枯れ込んだりします。内側から外へ向かって雪を弾くような構造になっていないため、螺旋状に縄を巻いてボリュームを抑え、雪が滑り落ちやすくする対策が不可欠です 。
参考:ザ・ローズショップ - バラと寒冷地植物の冬囲いガイド
リンク先には、特に寒さに弱いバラの冬囲いについて、土を寄せる「土増し」や不織布を使った具体的なテクニックが紹介されています。
ここからは、一般のガーデニング本にはあまり載っていない、農業の現場で実践されているプロの雪害対策とコツを深掘りします。農家は数百本、数千本の木を管理するため、効率と効果を極限まで追求しています。その知恵は、一般の家庭菜園や庭木の管理にも大いに役立ちます。
1. 「白塗剤(はくとざい)」による凍皮防止
果樹園で木の幹が白く塗られているのを見たことはありませんか?これはペンキによるイタズラではなく、「白塗剤」という専用の塗料(主成分は石灰や塗布剤)を塗っています 。
参考)冬の農作業
冬の晴れた日、幹の南側は直射日光で温度が上がりますが、日没とともに急激に冷え込みます。この激しい温度差により、樹皮の細胞が耐えきれず破裂する「凍皮(とうひ)」や「日焼け」が発生します。幹を白く塗ることで日光を反射させ、日中の温度上昇を抑えることで、温度差によるダメージを防ぐのです。これは家庭のシンボルツリーでも応用できる高度なテクニックです。
2. 剪定による「雪の足場」外し
農家は冬囲い前に、雪が積もりやすそうな枝や、折れる可能性が高い「徒長枝(とちょうし)」をあらかじめ剪定します 。これを「粗剪定(あらせんてい)」と呼びます。雪が乗る面積(雪の足場)を物理的に減らすことで、枝折れのリスクを劇的に下げることができます。ただし、切り口から乾燥したり菌が入ったりしないよう、癒合剤をしっかり塗布することがセットの作業です。
参考)https://www.pref.nagano.lg.jp/nogi/sangyo/nogyo/gijutsu/documents/20241223.pdf
3. ブドウの「寝かせ技」
雪の断熱効果を逆手に取る手法です。雪の中は外気温がマイナス20度になっても0度付近で安定しています。ブドウなどのつる性植物は、棚から外して地面に這わせ、あえて雪に埋もれさせることで、厳しい寒風や極低温から守ることができます 。これを「伏せ込み」と言います。雪解け後に再び棚に戻す手間はかかりますが、凍死を防ぐ最も確実な方法の一つです。
4. 沈降力(ちんこうりょく)への対策
雪は積もった後、時間とともに沈んでいきます。この「沈降力」は凄まじく、枝を地面の方向に引きずり下ろし、根元から引き裂くような力を加えます。これを防ぐため、農家は枝の下に支えを入れるだけでなく、枝を上の棚線に吊り上げる対策も行います 。下から支えるのと上から吊るすのを組み合わせることで、上下方向の圧力から枝を守るのです。
参考)https://www.pref.nagano.lg.jp/nogi/sangyo/nogyo/gijutsu/documents/20220225ooyukihigaitaisakukajyu.pdf
これらの技術は、「ただ囲うだけ」ではなく、「木の生理」と「雪の物理」を熟知した農家ならではの知恵と言えます。
参考:農研機構 - 果樹凍害の発生要因と対策技術マニュアル
リンク先は専門的なマニュアルですが、凍害が起こるメカニズムや、樹種ごとの耐寒性温度など、科学的根拠に基づいた深い知識が得られます。
冬囲いは重労働であり、高齢化が進む農業現場では「省力化」が喫緊の課題です。伝統的なわらや竹を使った方法は美しいですが、手間と時間がかかります。そこで近年注目されているのが、最新の農業資材を活用した「スマート冬囲い」です。これは検索上位の一般的なDIY記事ではあまり触れられていない、独自視点の情報です。
1. 形状記憶樹脂ポールの活用
従来の竹の支柱は、毎年腐食のチェックや交換が必要で、保管場所も取ります。最新の「グラスファイバー支柱(ダンポールなど)」は、軽量で錆びず、強靭な弾力性を持っています。これをアーチ状に曲げてトンネルを作ったり、木の周りに挿して防風ネットを張る支柱として利用したりすることで、設置・撤収の時間を大幅に短縮できます。雪の重みで曲がっても、バネのように戻る復元力が魅力です。
2. 高機能不織布・タイベックシートの利用
わらコモの代わりに、「透湿防水シート(タイベックなど)」や厚手の農業用不織布を利用する農家が増えています 。
参考)果樹(レモン)の防寒対策やり方|柑橘の冬越しどうする?
3. 樹脂製プロテクター(ネズミガード)
冬の間、雪の下で食料を探す野ネズミやウサギに樹皮を齧られる被害(食害)が多発します。従来は金網などを巻いていましたが、現在は巻き付けるだけで自動的に巻き締まる「樹脂製のスパイラルガード」が普及しています。ワンタッチで装着でき、幹の成長に合わせて広がるため、食い込みによる生育阻害もありません。
4. ドローンやセンサーによる監視
大規模な果樹園では、積雪センサーや監視カメラを設置し、除雪が必要な限界積雪量に達したときだけアラートを飛ばすシステムも導入され始めています。無駄な見回りを減らし、必要なタイミングでピンポイントに雪下ろしを行うことで、労働時間を削減しています。
伝統的な景観を重視する庭園では「わらと竹」がベストですが、実用重視の農場や裏庭の管理では、こうした「腐らない・軽い・設置が早い」現代の資材を積極的に取り入れることで、冬囲いのハードルを大きく下げることが可能です。自分のスタイルに合わせて、伝統と革新を使い分けてみてください。
参考:タキイ種苗 - 野菜・果樹の防寒資材と選び方
リンク先では、不織布や寒冷紗、マルチなど、素材ごとの保温効果の違いや使い分けが詳しく解説されており、資材選びの失敗を防げます。