遠赤色光だけ照射すると葉色が薄く硝酸濃度が上がって品質低下します
遠赤色光とは700~800ナノメートル(nm)の波長域に位置する光のことを指します。この光は可視光線の赤色光(600~700nm)よりも波長が長く、人間の目にはほとんど見えない領域に属しています。遠赤色光は赤外線の一部として分類され、植物学や農業分野で特に重要な役割を担う光質として知られています。
植物は遠赤色光を感知するためにフィトクロムという光受容体タンパク質を持っています。フィトクロムにはPr型(赤色光吸収型)とPfr型(遠赤色光吸収型)の2つの形態があり、赤色光を受けるとPr型からPfr型に変化し、遠赤色光を受けるとPfr型からPr型に戻ります。この変換メカニズムが植物の様々な生理反応を制御する仕組みとなっているのです。
植物にとって遠赤色光は主に形態形成に関わる光として機能します。具体的には茎の伸長促進、開花調節、発芽制御などの重要な生理現象に影響を与えます。例えば植物が密集した環境では、葉に吸収されずに透過してくる遠赤色光の割合が増加するため、植物はより高く伸びようとする反応を示します。この現象は避陰反応と呼ばれ、植物が光を求めて競争する自然な生存戦略です。
農業現場では遠赤色光を人工的に照射することで、作物の生育をコントロールする技術が開発されています。トルコギキョウやシュッコンカスミソウなどの長日性切り花では、夜間に遠赤色LEDを照射することで開花が促進され、出荷時期を早めることが可能になります。つまり光質管理は単なる理論ではなく、収益に直結する実践技術です。
ただし遠赤色光の効果は作物の種類や生育ステージ、他の光との組み合わせによって大きく変わります。どういうことでしょうか?単独で照射した場合と赤色光や青色光と組み合わせた場合では、植物の反応が全く異なることが研究で明らかになっています。このため遠赤色光を農業に活用する際は、光の波長バランスを理解した上で照射条件を設定する必要があるのです。
ウシオ電機の遠赤色光の解説では、波長域や植物への基本作用についての詳細な技術情報が参照できます。
遠赤色光の効果を最大限に引き出すためには、赤色光(R)と遠赤色光(FR)の比率、いわゆるR/FR比の管理が極めて重要になります。この比率が植物の形態や品質を大きく左右するからです。
自然環境下では太陽光のR/FR比は約1.2程度ですが、植物の葉を透過した光ではこの比率が0.2~0.7程度まで低下します。赤色光は葉の光合成色素に吸収されやすい一方、遠赤色光は透過しやすい性質を持つためです。植物はこのR/FR比の変化を感知することで、周囲の植物密度を判断し、成長戦略を調整しています。
農業用LED照明でR/FR比を意図的に変化させると、作物の生育反応をコントロールできます。新潟県の研究では、人工光リーフレタス栽培において遠赤色光の比率を高くすると葉の縦伸長が促進され地上部の生体重が増加する効果が確認されました。しかし同時に葉色の淡色化や硝酸イオン濃度の上昇といった品質面でのマイナス影響も観察されています。
収量だけ見れば良いですね。
R/FR比が低い(遠赤色光が多い)環境では、植物は徒長しやすくなります。徒長とは茎や節間が過度に伸びて細くなる現象で、組織が軟弱になり病害虫への抵抗性が低下するリスクがあります。
これは避けたい状態です。
特に育苗段階で徒長が起きると、定植後の生育不良につながる可能性が高まります。
逆にR/FR比が高い(赤色光が多い)環境では、節間が詰まってコンパクトな草姿になり、葉色も濃くなる傾向があります。観賞用植物や苗生産では、このようなしっかりした株が求められることが多いため、R/FR比を高めに設定する栽培管理が一般的です。
結論はバランス調整です。
照明メーカーの製品でも、この比率設定が異なります。白熱電球は赤色と遠赤色の光を約2:3の割合で含みますが、通常の蛍光灯には遠赤色光がほとんど含まれません。農業用LEDでは、作物の種類や栽培目的に応じてR/FR比を調整した製品が開発されており、遠赤色LEDチップの搭載数を変えることで比率をコントロールしています。
実際の栽培では、生育初期はR/FR比を高めに設定して徒長を抑制し、生育後期には遠赤色光の割合を増やして収穫物のサイズアップを図るといった段階的な調整も可能です。
光質管理が基本です。
新潟県農業総合研究所の遠赤色光研究報告では、リーフレタス栽培における具体的な照射条件と品質への影響データが公開されています。
遠赤色光が農業で注目される理由の一つに、光合成効率を向上させる「エマーソン効果」があります。この効果は1957年にロバート・エマーソンによって発見された現象で、赤色光(約650~680nm)と遠赤色光(約700nm以上)を同時に照射すると、それぞれを単独で照射した場合の合計よりも光合成速度が大幅に増加するというものです。
植物の光合成システムには光化学系Ⅰ(PSI)と光化学系Ⅱ(PSII)という2つの複合体があります。赤色光は主にPSIIを活性化し、遠赤色光は主にPSIを活性化します。両方の光を同時に与えることで、2つの光化学系がバランスよく働き、電子伝達がスムーズに進むため光合成効率が向上するのです。
これは使えそうです。
東京大学の研究チームは2019年に、光合成を直接駆動しないとされてきた遠赤色光(700~800nm)が、実際には光合成を促進する効果を持つことを証明しました。特に光強度が急激に変動する自然環境下では、遠赤色光がPSIの働きを補助することで、光合成の効率低下を防ぐ役割を果たしていることが分かっています。
農業用LED照明でエマーソン効果を活用する場合、赤色LEDと遠赤色LEDを組み合わせて照射する製品設計が一般的です。赤色LED(ピーク波長660nm付近)と遠赤色LED(ピーク波長730nm付近)を適切な比率で配置することで、従来の赤色LED単独照射よりも低い消費電力で高い光合成効率を実現できます。
電気代削減につながります。
ただしエマーソン効果を得るためには、単に遠赤色光を追加すればよいというわけではありません。赤色光と遠赤色光の光量バランス、照射タイミング、植物の生育ステージなど、複数の要素を考慮した照射設計が必要です。例えばトマト栽培では、育苗期に遠赤色光を加えても花成促進効果が見られないという研究結果もあり、作物ごとに最適条件を見極める必要があります。
遠赤色光による光合成促進は、植物工場や施設園芸での収量増加、栽培期間短縮、品質向上に貢献する技術として期待されています。しかし導入には初期投資と電気代というコストがかかるため、投資回収の見通しを立てた上で判断することが重要です。
費用対効果が条件です。
UPRtekの遠赤色光解説記事では、エマーソン効果のメカニズムと栽培応用について技術的な詳細が説明されています。
遠赤色光を活用した栽培技術の導入を検討する際、多くの農業従事者が気になるのが初期費用とランニングコストです。LED照明は省エネルギーとされていますが、実際の費用対効果はどうなのでしょうか?
静岡県の研究データによると、奥行36メートルの温室にスポット的に赤色LEDを1列導入する場合、初期導入費用は約8万円程度です。年間の電気代は照射時間によって変わり、22時から2時までの4時間照射で約2,678円、終夜照射(日没から日の出まで)では約1万2,000円程度となります。1反(1,000平方メートル)規模での遠赤色LED100球導入の場合、白熱電球と比較して年間約14万5,680円の電気代削減が可能というデータもあります。
千葉県の試算では、遠赤色LED照明の設置器具代が約15万円、遠赤色LED電球代が約68万6,000円かかるのに対し、白熱電球なら電球代は約3万6,000円で済みます。初期投資だけ見るとLEDは高額ですが、電球の寿命と電気代を含めた長期的なランニングコストで比較すると、LED照明の方が経済的になるケースが多いです。投資回収は3~5年程度を見込む必要があります。
照射時間の設定も重要なコスト要因です。開花促進を目的とする場合、日没後の数時間(EOD:End of Day処理)だけ照射する方法が効率的です。トルコギキョウの促成栽培では、遠赤色LEDを日没後に短時間照射するだけで開花が促進され、栽培期間が短縮されることが確認されています。つまり長時間照射より短時間集中照射の方が、電気代を抑えながら効果を得られる場合があるということです。
厳しいところですね。
LED照明の選択では、消費電力だけでなく照射効率も考慮する必要があります。同じ遠赤色光でも、LED素子の品質や照明器具の設計によって、植物に届く有効光量(PPFD:光合成光量子束密度)が異なります。安価な製品を選んで照射距離や照射時間を増やした結果、かえって電気代が高くなるケースもあるので注意が必要です。
補助金制度の活用も検討できます。スマート農業関連の設備導入には、国や地方自治体の補助金が利用できる場合があります。LED照明導入が対象となるケースもあるため、最寄りの農業改良普及センターや農業協同組合に相談してみるとよいでしょう。
これは必須です。
静岡県の農業技術資料では、LED導入のコスト試算と経済性評価の具体例が紹介されています。
遠赤色光の照射には収量増加や栽培期間短縮といったメリットがある一方、使い方を誤ると作物の品質低下を招くリスクがあります。特に注意すべきなのが徒長と品質劣化の問題です。
徒長は遠赤色光の過剰照射で最も起こりやすい問題です。R/FR比が低くなりすぎると、植物は避陰反応を起こして茎や節間を過度に伸長させます。徒長した苗は茎が細く葉色が薄くなり、光合成効率が低下します。組織の密度が低く軟弱なため、病原菌の侵入や害虫の食害を受けやすくなる点も大きなデメリットです。
痛いですね。
新潟県の研究では、人工光リーフレタス栽培で遠赤色光の比率を高くすると、葉色の淡色化と硝酸イオン濃度の上昇が確認されています。硝酸イオンは野菜の「えぐみ」の原因物質であり、過剰蓄積は食味や栄養価の低下につながります。特に葉菜類では消費者が気にする品質指標であるため、遠赤色光照射による硝酸イオン濃度への影響を把握しておく必要があります。
遠赤色光は葉の透過率が高いため、群落内部まで光が届きやすい特性があります。これ自体は光環境の改善として有利に働くこともありますが、栽植密度が高い状態で遠赤色光を多く照射すると、下葉まで避陰反応が誘導され、株全体が徒長してしまうリスクがあります。栽植密度と照射条件のバランス調整が原則です。
徒長を防ぐための対策としては、以下の点に注意します。まず赤色光と青色光を適切に組み合わせて、R/FR比を適正範囲(作物により異なるが一般的に1.0~2.0程度)に保つことです。青色光には徒長を抑制する効果があるため、青色LEDを併用することで草姿をコンパクトに保てます。
つまり光質の組み合わせが重要です。
照射時間の調整も有効です。終夜照射よりも日没後数時間だけ照射するEOD処理の方が、徒長リスクを抑えながら開花促進効果を得られることが多いです。また生育ステージに応じて照射条件を変更する段階的管理も効果的で、育苗期は徒長を抑えるため遠赤色光を控えめにし、生育後期に増やすといった調整が可能です。
品質低下の兆候が見られた場合、すぐに照射条件を見直すことが大切です。葉色が明らかに薄くなった、茎が急速に伸びて細くなった、葉が垂れ下がるようになったなどの症状は、遠赤色光過剰のサインかもしれません。どうなりますか?栽培記録と照射条件を照らし合わせて原因を特定し、R/FR比や照射時間を調整することで改善できます。
PlantFactory Boostの徒長メカニズム解説では、フィトクロムと光環境の関係から徒長対策まで詳しく説明されています。
遠赤色光を効果的に活用するには、実際に照射している光の波長特性や光量を正確に把握することが重要です。しかし従来の照度計ではこれらの測定ができません。どういうことなのか?照度(lx:ルクス)は人間の目の感度に基づいた単位であり、植物の光受容特性とは異なるため、植物栽培の光環境評価には適していないのです。
植物栽培では光合成有効光量子束密度(PPFD:Photosynthetic Photon Flux Density)という単位が使われます。これは400~700nmの波長範囲の光子数を測定する指標で、単位はμmol/(m²・s)で表されます。ただしPPFDは光合成に直接関与する波長だけを対象としており、700nm以上の遠赤色光は含まれません。このため遠赤色光の効果を評価するには、700~800nmの波長域も測定できる機器が必要です。
分光放射照度計または分光光量子計を使えば、波長ごとの光の強度分布(スペクトル)を測定できます。これにより赤色光と遠赤色光の比率(R/FR比)や、各波長域の光量子束密度を正確に把握できます。近年は比較的安価な小型分光器も登場しており、栽培現場での測定が以前より容易になっています。
測定は必須です。
測定の際は、照射高さや測定位置によって光環境が大きく変わることに注意が必要です。LED照明は指向性が強く、真下と斜め方向では光量や波長分布が異なる場合があります。栽培棚の複数箇所で測定し、均一性を確認することが重要です。特に植物の生長点付近の光環境を重点的に測定すべきでしょう。
実際の栽培管理では、定期的な測定データをもとに照射条件を微調整していくアプローチが効果的です。例えば週に1回、決まった場所でPPFDとスペクトルを測定し、作物の生育状況と照らし合わせます。葉色や草姿に変化が見られたら、測定データと併せて原因を分析し、必要に応じてLEDの配置や照射時間を変更します。
記録が基本です。
LED照明は経年劣化により光量が低下します。一般的に10,000~50,000時間の使用で初期光束の70~80%程度まで低下するとされています。定期的な測定により光量低下を把握し、適切なタイミングで照明の交換や追加を検討することで、安定した光環境を維持できます。
これは無料です。
光質管理を導入する際は、まず現状の光環境を測定することから始めます。自然光だけの場合と補光した場合でどう変わるか、時間帯や季節による変化はどうかを把握した上で、目標とする光環境を設定します。その上で照明機器の選定や配置計画を立てれば、失敗のリスクを減らせます。
農業試験場や農業改良普及センターでは、光環境測定の相談や測定機器の貸し出しサービスを提供している場合があります。専門家のアドバイスを受けながら、自分の栽培環境に合った光質管理を確立していくとよいでしょう。
いいことですね。
UPRtekのPPFD測定解説では、植物栽培における光測定の基礎知識と測定方法が詳しく紹介されています。