防カビ剤(防ばい剤)は、カビによる腐敗を抑えるために果物の表面に使われる添加物で、特にオレンジやレモンなどの柑橘類、バナナ、ブドウ、キウイといった輸入果物での利用が多くなっています。これらは収穫後(ポストハーベスト)に処理されるため、日本では農薬ではなく食品添加物として分類され、食品衛生法に基づき管理されています。
代表的な防カビ剤として、イマザリル、オルトフェニルフェノール(OPP)とそのナトリウム塩、チアベンダゾール(TBZ)、ジフェニル、フルジオキソニル、アゾキシストロビン、ピリメタニル、プロピコナゾールなどが挙げられます。これらの多くはもともと農薬として世界的に使われていた成分で、日本では使用時期が「収穫後」であることから食品添加物として指定されている、という位置づけです。
参考)食品添加物の防カビ剤の危険性とは?|有機野菜とだいじなはなし…
防カビ剤が使われる食品の「例」を整理すると、次のような傾向が見えてきます。
参考)防カビ剤使用のオレンジは皮をむけば大丈夫? – …
防カビ剤の位置づけを理解するうえで意外と重要なのが、「同じ成分でも使うタイミングと用途によって、農薬と食品添加物のどちらとして扱うかが変わる」という点です。海外ではポストハーベスト農薬として扱われているものが、日本では食品添加物として指定されているケースもあり、名称だけでは実態を把握しづらいことに注意が必要です。
参考)調べるほど怖くなる「農薬」! 果物にまとわりついてスーパー…
主な防カビ剤と、よく使われる食品の例を簡単な表にまとめると次のようになります。
参考)No.789 防カビ剤OPP – H・CRISI…
| 防カビ剤名 | 対象食品の例 | 特徴のポイント |
|---|---|---|
| イマザリル | オレンジ、グレープフルーツ、レモン、バナナなどの輸入果物 | カビに対する効果が高く、水への溶けやすさも比較的高い |
| オルトフェニルフェノール(OPP) | 主に輸入柑橘類の果皮 | 広い範囲のカビに効くが、使用対象は柑橘類に限定されている |
| チアベンダゾール(TBZ) | 柑橘類、バナナ、その他一部の果実 | 貯蔵中に出やすいカビを抑える目的で使われることが多い |
| フルジオキソニル | 柑橘類のほか、キウイやモモなどにも利用拡大 | 比較的新しいタイプで、既存剤の効きにくいカビへの対策として導入 |
防カビ剤 食品添加物の指定や使用基準の全体像を確認したい場合は、厚生労働省の食品添加物ページが基礎情報として役立ちます。
農業従事者の視点で重要なのは、「自分が出荷する作物が、流通のどこでどの成分の対象になりやすいか」をイメージしておくことです。たとえば、輸入オレンジではイマザリル、OPP、TBZ、フルジオキソニルなど複数の防カビ剤が検出された調査報告があり、輸送経路や保管期間によって処理パターンが変わることがわかります。
一方、バナナではTBZやイマザリルが用いられることが多く、収穫後に水溶液へ浸漬したり、スプレー処理したりする方法が一般的です。キウイやモモ、リンゴなどでは、フルジオキソニルやピリメタニルといった比較的新しい成分が食品添加物として追加され、輸入量の増加とともに防カビ処理のバリエーションも広がっています。
参考)https://oyseelab.japanclinic.co.jp/blogs/news/nakatogawacolumn20
果実加工品に目を向けると、オレンジマーマレード、シロップ漬け、ドライフルーツ、ゼリー、ジュースなどから複数の防カビ剤が検出された自治体の調査例もあります。加工段階で果皮を使う製品ほど残留しやすく、原料の選び方や下処理方法で最終製品中の残留量が変わる点は、6次産業化を目指す農家にとっても無視できないポイントです。
参考)https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/2486/sm3ylj170908103130_f06_1.pdf
防カビ剤 食品の「組み合わせ利用」も最近の特徴で、カビが薬剤に耐性を持つ事例が報告されてからは、複数剤の併用で防除効果を維持するケースが増えています。例えば、柑橘の緑かび病に対してプロピコナゾール単独では効きにくい菌が出現したため、フルジオキソニルを混合することで効果を補うといった使い方が紹介されています。
参考)防かび剤 最近の事情 - 一般財団法人 東京顕微鏡院
パンやチーズなどに使われる「防カビ目的の添加物」は、法令上は保存料として扱われるため、同じ「カビ対策」でも名称と規制の枠組みが異なります。現場で表示を確認する際には、「防カビ剤」と「保存料」を分けて理解しておくと、制度の読み違いを減らせます。
参考)食品添加物の基礎知識
防カビ剤 食品の「危険性」が話題になりやすい一方で、日本では食品安全委員会が科学的なリスク評価を行い、その結果に基づいて厚生労働省が使用基準や残留基準を決める仕組みが取られています。収穫前に使う農薬か、収穫後に使う食品添加物かという分類はあくまでタイミングによるものであり、毒性評価の考え方は共通していることが公式に説明されています。
具体的には、各成分ごとに一日許容摂取量(ADI)が設定され、それを下回るように「どの食品に、どのくらいまで残ってよいか」という使用基準・残留基準が決められています。例えばOPPでは「柑橘類以外には使用不可」「柑橘類1kgあたり0.010gを超えて残らないように使用する」といった数値基準が示されており、これを超えると法令違反になります。
参考)https://www.ffcr.or.jp/shokuhin/upload/e5fa1c37b97cd7751ae74b0fbc78567833f7c77b.pdf
一方で、TBZについては柑橘類1kgあたり10mgまでなど、成分ごとに異なる上限値が定められ、流通段階で検査が行われています。生協などの自主検査では、人が通常の食べ方をした場合の推定摂取量はADIを大きく下回る水準だったと報告されており、「基準内であれば健康影響はほとんど問題にならない」とする見解も示されています。
参考)生活協同組合おおさかパルコープ|商品検査室だより
ただし、防カビ剤の一部には実験動物で発がん性や皮膚刺激性が指摘されているものもあり、安全データシートや毒性評価で懸念事項として挙げられている点も事実です。そのため、公的機関は「カビによる健康被害リスク」と「防カビ剤によるリスク」を比較しつつ、総合的にメリットが上回る範囲で使用を認めるというスタンスを取っています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11044204/
農業者としては、「基準値内なら絶対安全」と単純化して捉えるよりも、次のような視点を持っておくとバランスが取りやすくなります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/001212846.pdf
防カビ剤 食品のリスク評価や、各成分の数値基準を詳しく確認したい場合は、食品安全委員会・厚生労働省の資料や業界団体の一覧表が参考になります。
参考)食品添加物Q&A | 日本食品添加物協会
食品添加物の使用基準・保存基準一覧(公益財団法人 食品農医薬品安全評価センター)
防カビ剤 食品の表示は、農家が自分の出荷品の「顔」を考えるうえでも押さえておきたいポイントです。日本の食品表示法では、防カビ剤や防ばい剤が使用されている場合、その名称を容器包装に表示するか、ばら売りの場合は商品近くに掲示することが義務づけられています。
輸入みかんやバナナなどのパックをよく見ると、「防カビ剤(OPP、イマザリル)」や「防ばい剤(TBZ)」といった形で成分名が括弧書きされていることが多く、この表示からどの薬剤が使われているかを知ることができます。生協などでは検査結果を公表しつつ、「防カビ剤使用」とラベルに明記したうえで販売している例もあり、消費者側の選択を尊重する姿勢が見られます。
輸入果物を選ぶ際、消費者は「防カビ剤不使用」「有機JAS」「国産」などの表示を手がかりに購入先を決めることが多くなってきました。個人農家や農業法人が直接販売を行う場合、防カビ剤を使わないこと自体が付加価値になり得る一方で、カビの発生リスクをどう抑えるかという課題も同時に背負うことになります。
参考)防カビ剤|避けた方がよい添加物
防カビ剤 食品表示と消費者向けの説明の仕方については、日本食品添加物協会や消費者庁・厚生労働省のQ&Aが参考になります。
日本食品添加物協会:食品添加物Q&A
防カビ剤 食品に頼らず、農家側の工夫でカビリスクを下げる方法も数多く研究されています。低温保管や湿度管理、通風の確保といった「環境制御」は、カビの増殖速度を抑えるうえで基本的かつ有効な手段であり、輸入果物だけでなく国内流通でも広く実践されています。出荷前に傷果・病果を丁寧に選別し、機械損傷を減らすことで、カビ侵入の入り口を減らすことも重要です。
家庭や小規模加工レベルでは、洗浄や加熱によって防カビ剤や微生物の負荷を下げる工夫が現実的です。オレンジの皮を使った実験では、「ゆでる」処理が防カビ剤の除去に特に効果的で、流水洗浄や洗剤洗いよりも残留量を大きく減らせたという報告があります。また、野菜や果物を塩水や酢水に浸けてから調理すると、細菌やカビの数を減らせるという研究結果も示されています。
参考)https://ameblo.jp/socchidiary/entry-12650617812.html
さらに、近年は「クリーンラベル」志向の高まりから、植物由来の精油や抽出物、乳酸菌などの微生物由来成分を利用した天然防腐技術の研究が進んでいます。ハーブやスパイスの抽出物、果皮や種子から得られるポリフェノール類などが、カビや細菌の増殖を抑える素材として食肉製品や包装材に応用され始めており、将来的には果物の保存や農家の自家加工にも選択肢を広げる可能性があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8534497/
こうした天然由来の防腐技術は、合成防カビ剤ほど即効性やコスト面で優れるとは限りませんが、「添加物を減らしつつ安全に日持ちさせたい」というニーズに応える手段として期待されています。農家が自分のブランドで加工品を出す際には、従来型の添加物の知識とあわせて、こうした新しい保存技術や衛生管理(HACCPやGAP)を組み合わせることで、「安全性」と「付加価値」を両立しやすくなります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10297530/
天然由来の防腐・防カビ技術の最新動向を追いたい場合は、ナチュラル防腐剤やクリーンラベルに関する総説論文が全体像をつかむのに役立ちます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11379619/
国立保健医療科学院:防カビ剤OPPに関する資料