粒剤散布装置において最も頻繁に発生するトラブルが「繰り出しロール(フィードロール)」の不具合です。田植えシーズン中に突然、薬剤が落ちなくなったり、逆にポロポロと止まらなくなったりする場合、まずはこのロール周辺を疑う必要があります。
なぜ繰り出しロールは詰まるのか?
粒剤(殺虫剤や殺菌剤)は非常に湿気を吸いやすい性質(吸湿性)を持っています。朝露や雨天時の作業、あるいは前日の薬剤をホッパーに入れたまま放置することで、ロールの溝部分で薬剤がセメントのように固まってしまいます。
交換が必要なサイン(チェックリスト)
以下の症状が見られる場合、清掃ではなく「交換」が必要です。特にロールの溝が摩耗していると、設定通りの散布量が確保できず、薬剤コストの無駄や防除効果の低下に直結します。
| 症状 | 原因 | 対処法 |
|---|---|---|
| 散布量が設定より多い | ロールの「溝」のエッジが丸くなり、薬剤が滑り落ちている | 新品ロールへ交換 |
| 散布量が設定より少ない | ロール表面の摩耗、またはブラシの劣化 | ロールおよびブラシ交換 |
| 軸は回るがロールが回らない | ロール内部のキー溝(六角穴など)が舐めている | ロール交換 |
| 掃除してもすぐに詰まる | ロール表面の傷に薬剤が入り込んでいる | ロール交換 |
詰まり解消の裏技:ドライ系潤滑剤
詰まりを解消して再組立てする際、多くの農家が見落としているのが「潤滑」です。しかし、一般的な防錆潤滑スプレー(CRC 5-56など)は絶対に使用してはいけません。油分が薬剤の粉末を吸着し、さらに強固な詰まりを引き起こします。
ここでプロが推奨するのは「フッ素樹脂系乾性潤滑剤(ドライファストルブ)」です。これはスプレーしてもベタつかず、サラサラの被膜を作ります。これを新品のロールやケース内面に塗布しておくことで、薬剤の滑りが劇的に良くなり、次回の詰まりを予防できます。
メーカーの部品検索やメンテナンス情報はこちら(ヤンマーアグリ サポート)
ヤンマーの公式サイトでは、お使いの田植機の取扱説明書をダウンロードでき、ロール交換の図解を確認できます。
粒剤散布装置の部品交換は、農機具屋に依頼すると工賃がかさむため、構造を理解していれば自分で行うことも可能です。ここでは一般的な「繰り出しロール」の交換手順を解説します。
準備するもの
交換手順のステップ
ホッパー(タンク)の下部にある「シャッター」を全開にし、残っている薬剤をすべて袋に戻します。わずかな残りカスが作業の邪魔になります。
多くの田植機では、散布装置全体が「工具レス」またはボルト2本程度で外れる設計になっています。駆動軸(ジョイント)を抜く際は、バネやピンを無くさないように注意してください。
ロールが収まっているケースの側面カバーを外します。ここはプラスチック部品が多いので、冬場の寒い時期などは割れやすいため慎重に作業してください。
軸に固定されているEリングや割ピンを外すと、ロールが引き抜けます。このとき、「ワンウェイクラッチ」(一方向にしか回らないベアリング)の向きを必ずスマホで撮影して記録してください。逆に取り付けると散布機が動作しません。
ケース内部にこびりついた薬剤をエアーで完全に吹き飛ばします。水洗いは乾燥に時間がかかるため、緊急時はエアー推奨です。新しいロールを組み込み、逆の手順で戻します。
メンテナンスの最重要ポイント:ブラシの調整
ロールの上部には、余分な薬剤をすり切るための「ブラシ」が付いています。ロールを交換する際は、このブラシもセットで交換するのが基本です。
ブラシが摩耗して短くなっていると、ロールの溝以外の部分に乗った薬剤まで落ちてしまい、「ドカ落ち」の原因になります。新品交換後は、ロールとブラシが軽く触れる程度に位置調整を行ってください。
クボタ田植機のメンテナンス情報(クボタ農業機械)
クボタのサイトでは「日常点検」の項目で、散布機のブラシ調整や清掃ポイントについて解説されています。
修理や交換にかかる費用は、「部品単体で直るか」「ユニットごと交換するか」で天と地ほどの差があります。コストを抑えるために、どの段階で手を打つべきかを知っておきましょう。
修理費用の目安(市場相場)
| 交換内容 | 部品代目安 | 工賃目安 | 合計目安 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 繰り出しロールのみ | 2,000円〜4,000円/個 | 3,000円〜5,000円 | 5,000円〜9,000円 | 条数分必要(例:6条なら×6) |
| ロール+ケースAssy | 8,000円〜15,000円/個 | 3,000円〜5,000円 | 11,000円〜20,000円 | 軸受け摩耗時はこちら |
| 散布機本体一式 | 80,000円〜200,000円 | 10,000円〜20,000円 | 90,000円〜220,000円 | 修理不能な錆び・破損時 |
| 駆動モーター交換 | 20,000円〜40,000円 | 5,000円〜8,000円 | 25,000円〜48,000円 | 電動タイプの場合 |
※価格はメーカーや機種(クボタ・ヤンマー・イセキ・みのる等)により異なります。特に「こまきちゃん」などの後付けキットは、パーツ供給が豊富なため比較的安価に直せる傾向があります。
交換のタイミング判断基準
「10アールあたり1kg」の設定にしているのに、実際は1.5kg減っている、あるいは0.8kgしか減っていない。これが調整ダイヤルで修正しきれなくなったら、ロール摩耗の合図です。
プラスチックの経年劣化で、振動により取り付けステー部分にヒビが入ることがあります。ガタつきがあると、薬剤が均一に落ちないだけでなく、脱落事故に繋がります。
使用頻度が低くても、プラスチック部品は加水分解や紫外線で劣化します。7年を超えたあたりから、シーズン前の試運転で破損するケースが急増します。
コスト削減のヒント
農協(JA)や販売店に頼むと「Assy(アッセンブリ)交換」つまりユニットごとの交換を提案されることが多いです。これは工数を減らし、再発クレームを防ぐためですが、費用は高くなります。「中のロールだけ注文したい」と品番を指定して頼めば、部品代だけで済むこともあります。パーツリストを入手するか、外した現物に刻印された型番を確認しましょう。
多くの農家が失敗するのが、田植えが終わった後の「しまい方」です。実は、粒剤散布装置が故障する原因の8割は、「使用中の摩耗」ではなく「保管中の腐食」によるものです。
なぜ洗わないといけないのか?
肥料や一部の粒剤に含まれる成分は、金属に対して強烈な腐食性(サビさせる力)を持っています。特に「微粉」が駆動軸の隙間やベアリングに入り込んだまま湿気を吸うと、翌年の春には鉄部品が膨張して完全に固着(ロック)してしまいます。
独自視点:水洗いは「諸刃の剣」
「きれいに水洗いして乾かしました」という方でも故障することがあります。それは「乾燥が不十分」だからです。
粒剤散布装置の構造は複雑で、水洗いするとベアリング内部やモーターの隙間に水が入り込み、抜けきらないことがあります。
推奨される「パーフェクト保管術」
水は使わず、コンプレッサーのエアーで粉を完全に飛ばすのがベストです。
洗った直後に、再度エアーで水分を強制的に飛ばし、さらに天日で数日間完全に乾燥させます。生乾きでの収納は自殺行為です。
保管する際、ホッパーの中に家庭用の除湿剤(シリカゲル)を入れて蓋を閉めておきます。これでタンク内の結露を防げます。
電動散布機の場合、コネクタ端子に「接点復活剤」を塗布しておくと、青サビ(緑青)による通電不良を防げます。
この「湿気対策」を徹底するだけで、高額なユニット交換のリスクをほぼゼロにできます。
国内シェアの大きいクボタとヤンマーですが、それぞれ散布装置のトラブルには「クセ」があります。自分の機種がどちらのタイプか把握しておきましょう。
クボタ(Kubota)のトラブル傾向:Welstar / Naviシリーズ等
ヤンマー(Yanmar)のトラブル傾向:YR / RJシリーズ等
みのる産業の製品情報(アグリスタイル)
純正以外にも、みのる産業などの「後付け散布機」を使用しているケースも多いです。こちらのサイトでは汎用的な散布機の仕様や部品供給情報を確認できます。