ラマルクの用不用説は、「よく使う器官は発達し、使わない器官は衰え、その変化が子へ伝わる」という考え方として整理されます。用不用(使う・使わない)という日常の感覚に近い説明で理解されやすい一方、現代の遺伝学・進化学では、この“獲得形質がそのまま遺伝する”という一般形は否定的に扱われます。たとえば「キリンの首」のような例は、説明のわかりやすさのために登場する典型ですが、現代では自然選択・遺伝の枠組みで説明するのが基本です。
ここで農業従事者が押さえるべきポイントは、用不用説が語りたかったのは「環境に合わせて形が変わる」という現象の直観であり、それ自体は作物でも日常的に観察される、という点です。草丈、節間、葉の厚み、根量などは栽培条件で大きく動きますが、それは多くの場合「同じ遺伝子(同じ品種)でも表れ方が変わる」領域です。つまり“用不用っぽい変化”が見える=“遺伝して固定される”ではない、という切り分けが現場の誤解を減らします。
農業の会話で「鍛えた苗は強いから、その種も強いはず」という言い回しが出ることがありますが、そこで必要なのは「どの形質が、どのくらいの期間、どの条件で維持されるか」という条件の特定です。現代の研究は、その条件の一部をエピジェネティクスやストレス記憶として解像度を上げてきましたが、万能な“努力遺伝”の復活ではありません。
ラマルク用不用説と自然選択を混同すると、品種選定や栽培改善の議論がズレやすくなります。自然選択は「個体が環境で変わる」ことよりも、「集団の中の違い(変異)が、繁殖成功の差で次世代の構成を変える」ことに重心があります。現代の進化の基本説明としては、自然選択と遺伝(メンデル遺伝・集団遺伝学の枠組み)を土台に置くのが一般的です。
ただし、農業の現場感覚として「環境に合わせて作物が変わる」は間違いではありません。むしろ作物は“動けない生物”なので、環境に応じて姿を変える戦略(表現型可塑性)を強く持ちます。たとえば水生植物の研究では、環境条件によって葉の形を作り分けるような可塑性が説明されています。
重要なのは、その変化が「その個体の調整」なのか、「子孫へ固定される進化」なのかを分けることです。栽培技術としては前者(その個体の調整)を狙う場面が圧倒的に多い一方、育種としては後者(遺伝的に固定)を狙います。用不用説は、この二つを“つながっている”と直観的に扱ったため、現代の文脈では注意書き付きで登場します。
作物栽培で毎年確認される「同じ品種でも年で違う」は、表現型可塑性としてかなり説明できます。温度・光・水分・塩類・施肥などの条件に応じて、同じ遺伝子でも発現のスイッチが変わり、見た目や生育が変わります。研究例として、環境により葉の形状が変わる現象が“表現型の可塑性”として紹介されています。
この可塑性は、現場では管理指標に落とし込めます。例えば、窒素が多いと葉が濃く大きくなる、乾燥で気孔調節が変わる、低温で生育が抑えられる、などは“遺伝の変化”ではなく“表現の調整”です。つまり、用不用説の語感で言えば「使うと発達する」的な変化は起こり得ますが、それをそのまま「次世代に遺伝する」と決めつけないのが安全です。
一方で、植物は“経験”を短〜中期に保持することがあります。ストレスを受けた後に応答が変わる「ストレス記憶」は、遺伝子発現の状態がしばらく保たれることと関係づけて議論されています。ここまで来ると、用不用説の直観(経験が残る)に少し近づきますが、ポイントは「多くは数日など短期間で消えることが多い」「世代を超えるかは別問題」という距離感です。
用不用説を現代の言葉で“補助線”として描き直すと、エピジェネティクスが登場します。エピジェネティクスは、DNAの塩基配列を変えずに、DNAメチル化やヒストン修飾などで遺伝子の働き方(発現)が変わり得る、という枠組みです。農業系の解説資料でも、塩基配列に依存する遺伝と、塩基配列によらない状態の伝達(エピジェネティックな遺伝)の存在が整理されています。
現場に関係が深い例として「春化(バーナリゼーション)」があります。長期の低温を経験すると開花が促進される仕組みは、花成抑制因子FLCの発現が抑えられることと関連づけて説明され、植物が“冬の経験”を記憶するモデルとして扱われます。これは「環境が後の形質(開花)を左右する」典型で、用不用説の直観に似ていますが、実際には分子機構としての説明があり、しかも多くは個体内の記憶(同一世代内)として理解するのが基本です。
さらに近年は、ストレスによるDNAメチル化変化やトランスポゾン制御などが、ストレス記憶・環境応答と結びつけて議論されています。ただし、ここで強調したいのは「エピジェネティクス=何でも遺伝する」ではないことです。研究でも、世代を超える伝達は報告がある一方で、維持期間や条件はさまざまで、長期的な適応にどこまで寄与するかは不明点も残る、といった慎重な書き方がされます。
また、育種の文脈では、エピジェネティック変異を利用する技術や考え方が提示されています。エピジェネティクスは、従来の交配・選抜やゲノム編集とは別の“表現制御の層”として使える可能性がある一方、再現性・安定性・評価系(どの環境で再現するか)が最重要になります。農業で役に立つのは、“言葉としてのラマルク復活”ではなく、「環境で変わる層」「遺伝で固定される層」「条件次第で後代に残るかもしれない層」を分けて管理できることです。
春化とFLCの要点(低温記憶と花成の説明が具体的)。
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=4302
植物の形質とエピジェネティクス(DNA配列に依存しない制御・維持の考え方)。
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010811098.pdf
検索上位の解説は「ラマルクは否定」「エピジェネティクスで一部説明」までで止まりがちですが、農業で本当に痛いのは“再現性の誤解”です。例えば、ある年に「乾かし気味で育てた苗が強かった」経験があると、翌年も同じ操作で同じ結果が出ると期待してしまいます。しかし、そこには温度の推移、光量、苗齢、培土の塩基バランス、微生物相、定植後のストレスなど無数の交絡があり、“用不用的な経験則”は条件が少しズレると崩れます。
この点で役に立つのが、表現型可塑性・ストレス記憶・エピジェネティクスを「実務の言葉」に翻訳する発想です。具体的には、次のように扱うと事故が減ります。
ここで“意外に効く”のは、科学の話を増やすより、記録の粒度を上げることです。用不用説の議論は抽象的になりやすいですが、農業はロットと環境が毎回違う産業なので、「どの形質が」「どの処理で」「いつまで残るか」を書き残すだけで、経験則が“検証可能な仮説”に変わります。結果として、ラマルク用不用説を信じる/信じないの二択ではなく、「用不用っぽい現象」を現場で再現できる形に落とし込むことができます。
最後に注意点として、歴史上のルイセンコのように、学説(あるいはスローガン)が政策や現場判断を先に縛ると、検証の余地が潰れます。農業は成果が遅れて出るため、なおさら“反証できる設計”が大切です。ラマルク用不用説を話題にする価値は、現代科学の正誤論争ではなく、現場の経験を「再現性」と「記録」で強くする入口になるところにあります。

ル・オー・メドック・ド・モーカイユ (シャトー・モーカイユ) Le Haut Medoc de Maucaillou (Chateau Maucaillou) フランス ボルドー オー・メドック ラマルク 赤 フルボディ 750ml