農業において、作物の生育状況を客観的な数値で把握するために最も基本となるのが「積算温度」です。経験や勘に頼る栽培から脱却し、データに基づいたスマート農業を実践するための第一歩は、この積算温度の正しい計算方法を理解することから始まります。積算温度とは、ある一定期間の日平均気温を単純に合計した数値を指します。この数値は、作物が種を蒔かれてから収穫されるまでにどれだけの熱量を受け取ったかを示す指標となり、多くの作物で生育ステージの進行と高い相関関係があることが知られています。
参考)https://hesodim.or.jp/toritani/2057
具体的な計算方法について解説します。基本となるのは「日平均気温」です。気象庁のデータやアメダス、あるいは圃場に設置した温度計から得られる1日の気温データを元に算出します。最も一般的な方法は、1日の最高気温と最低気温を足して2で割る簡易的な手法です。例えば、ある日の最高気温が25℃、最低気温が15℃だった場合、(25+15)÷2で、その日の平均気温は20℃となります。これを播種日や定植日から毎日積み上げていった合計値が積算温度となります。例えば、平均気温20℃の日が10日間続けば、積算温度は200℃となります。
参考)https://kateide-saien.com/?mode=f42
しかし、この単純な積算温度の計算方法には注意点があります。それは、あくまで「単純な合計」であるため、作物の生育に寄与しない温度帯も含まれてしまう可能性があるという点です。例えば、冬場の低温期に平均気温が5℃の日があったとして、熱帯原産の作物がその温度で生育するかと言えば、ほとんど生育しない、あるいは休眠状態にあることが考えられます。それでも計算上は「プラス5℃」として加算されてしまうため、実際の生育状況と数値が乖離してしまうリスクがあります。
そのため、より精密な管理を行う現場では、後述する「有効積算温度」という概念が必須となりますが、まずはこの基礎的な積算温度の概念を理解し、日々の気温データを記録する習慣をつけることが重要です。毎日の気温を記録し続けることは、単なる数字の羅列を作る作業ではなく、その年の気候傾向を可視化し、平年との違いを肌感覚ではなく数値として認識するための重要なプロセスです。
参考)やさいの“積算温度”ってなに? — 成長のスピードを決めるも…
また、日平均気温の算出においても、より精度を高めるためには、1時間ごとの気温データを24回計測して平均を取る方法が理想的ですが、実務上は最高・最低気温の平均値を用いるのが一般的です。ただし、寒暖差が激しい地域や、ビニールハウスなどの施設栽培では、日中の高温時間帯と夜間の低温時間帯の長さが均等ではないため、単純平均では実態とズレる場合があります。最近では、高機能な環境モニタリングセンサーを導入することで、リアルタイムの積算温度を自動算出する農家も増えていますが、手計算や表計算ソフトで基本原理を理解しておくことは、システムの異常に気付くためにも欠かせないリテラシーと言えるでしょう。
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010792696.pdf
前項で触れた単純な積算温度の弱点を補うために用いられるのが「有効積算温度」です。これは、作物が実際に生育活動を行うために必要な「基準温度(生物学的零度)」を定め、その基準を超えた分の温度だけを積算していく計算方法です。農業現場で「積算温度」と言う場合、実質的にはこの「有効積算温度」を指していることが多く、より実践的な指標として広く活用されています。
参考)https://www.agw.jp/bihoro/analysis/temp.php?p=1
有効積算温度の計算式は以下のようになります。
有効積算温度 = Σ(日平均気温 - 基準温度)
ただし、日平均気温が基準温度を下回った場合は、マイナスにはせず「0」として扱います。つまり、作物の生育が進まない寒い日はカウントしないという考え方です。
この計算方法において最も重要なのが「基準温度」の設定です。基準温度は作物の品目や品種によって大きく異なります。一般的に、トマトやナス、キュウリなどの果菜類(夏野菜)は高温を好むため基準温度が高く設定され、一方でダイコンやキャベツ、ホウレンソウなどの葉菜類や根菜類(冬野菜)は低い温度でも生育するため基準温度が低く設定されます。
参考)https://www.pref.nagano.lg.jp/sakuchi/nosei-aec/joho/gijutsu/documents/kasai-ondo.pdf
主な作物の基準温度の目安は以下の通りです(品種や地域により多少前後します)。
例えば、基準温度が10℃のトマトの場合、平均気温が25℃の日は「25 - 10 = 15℃」が有効積算温度として加算されます。しかし、平均気温が8℃の日は、基準温度を下回っているため「0℃」となり、積算されません。これにより、作物が実際に成長した量により近い数値を算出することが可能になります。
参考)気象観測情報
また、さらに精度を高めるために「上限温度」を設定する場合もあります。多くの作物は、30℃や35℃を超えるような極端な高温下では、光合成速度が低下したり、呼吸による消耗が激しくなったりして、生育が停滞することがあります。単純な計算式では、気温が高ければ高いほど生育が進むとみなされてしまいますが、実際には「生育適温」の範囲を超えると成長スピードは頭打ちになります。そのため、計算式に「30℃を超えた分はカットする」といった上限設定を加えることで、真夏の猛暑時における過大な予測を防ぐことができます。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2022.878498/pdf
この基準温度と有効積算温度の計算方法をマスターすることで、例えば「今年の春は暖かいから、例年より1週間早く定植しよう」といった判断を、感覚ではなく「基準温度10℃を超えた日が連続し、地温も十分に上がった」という根拠に基づいて行えるようになります。品種選びにおいても、早生種や晩生種のカタログに記載されている「積算温度○○℃で収穫」というデータを、自分の地域の気象データに当てはめてシミュレーションすることで、無理のない作付け計画を立てることが可能になります。
参考リンク:野菜栽培の作物ごとの収穫までに必要な積算温度の一覧(Harvest Timer)
このリンク先では、主要な野菜品目ごとの収穫に必要な積算温度の目安が一覧でまとめられており、自分の栽培品目に合わせた基準値を確認するのに非常に役立ちます。
積算温度の計算方法は理論上は単純ですが、毎日手計算を行うのは非常に手間がかかり、計算ミスの原因にもなります。そこで、エクセル(Excel)やGoogleスプレッドシートなどの表計算ソフト、あるいは専用のスマートフォンアプリを活用して、計算を自動化・効率化することが推奨されます。ここでは、エクセルを使って自作の積算温度管理シートを作成する手順と、便利なアプリの活用法について詳しく解説します。
参考)積算温度を計算する
まず、エクセルでの管理シートの作り方です。誰でも簡単に作成できる基本的な構成を紹介します。
=MAX(0, B2-$C$2) となります。これにより、基準温度以下の日は自動的に0になります。
=D2、セルE3は =E2+D3 とし、以下コピーします。これで、日々の積算値が自動的に積み上がっていきます。
このようにエクセルで管理することのメリットは、過去のデータと比較が容易なことです。「昨年は積算温度1000℃に到達したのは○月○日だったが、今年はペースが早い」といった分析が瞬時に行えます。また、条件付き書式を使って、目標とする積算温度に近づいたらセルの色を変えるなどの工夫をすれば、収穫適期の見逃しを防ぐアラートとしても機能します。
参考)Z-GISで圃場ごとの積算温度を表示する #Python -…
一方、PCを開くのが面倒という方には、スマートフォンアプリがおすすめです。「AgriHub(アグリハブ)」などの農業日誌アプリには、積算温度を自動計算する機能が搭載されているものがあります。これらのアプリは、位置情報を元に最寄りの気象観測所のデータを自動で取得してくれるため、毎日の気温入力の手間さえ不要になります。基準温度を設定しておけば、アプリを開くだけで「現在の積算温度」や「収穫予想日」が表示されるため、現場での確認に非常に適しています。
さらに、Googleスプレッドシートを活用すれば、スマホからもPCからも同じデータにアクセスでき、スタッフ間での情報共有もスムーズになります。例えば、Google Apps Script (GAS) を組んで、毎朝自動的に気象庁のAPIから前日の気温を取得し、シートを更新するといった高度な自動化も可能です。
エクセルやアプリを活用する際のポイントは、単に計算させるだけでなく、「予測」に使うことです。気象庁が発表する週間天気予報の気温データを未来の日付に入力しておくことで、「あと何日で積算温度が目標値に達するか」を先読みすることができます。これにより、収穫の人員確保や資材の準備、出荷先への事前連絡などを余裕を持って行えるようになり、経営的なメリットも生まれます。ツールはあくまで手段ですが、正しく使いこなすことで、積算温度というデータが強力な経営資源に変わります。
参考リンク:栽培記録を簡単管理! 家庭菜園向けアプリ3つ(マイナビ農業)
この記事では、積算温度計算機能を備えたアプリなどが紹介されており、自分に合ったツール選びの参考になります。特にスマホで完結させたい生産者にとって有用な情報です。
積算温度の計算方法をマスターする最大の目的は、高精度な「収穫予測」を実現することにあります。農業において収穫時期の予測は、販売戦略や労務管理に直結する極めて重要な要素です。早すぎれば未熟果を出荷することになり、遅すぎれば過熟や裂果による廃棄ロスに繋がります。積算温度を用いた予測は、従来の日数計算(「種まきから○○日」といった目安)よりも、気象変動の影響を織り込める分、格段に精度が高くなります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4149685/
具体的な収穫予測の手順は以下の通りです。
まず、栽培する作物の「収穫に必要な積算温度」を把握します。これは種苗メーカーのカタログ値や、過去の自身の栽培データから導き出します。例えば、あるトマト品種が開花から収穫までに積算温度1100℃を必要とするとします。
参考)野菜の収穫時期を知る積算温度表 in 丹波篠山
次に、開花日(または定植日など起点となる日)を記録し、そこから毎日の有効積算温度を積み上げていきます。
そして、現在の積算値と目標値(1100℃)との差分を計算します。例えば、現在800℃であれば、あと300℃必要です。
ここで、直近の平均気温の傾向や週間予報を用います。もしこの時期の平均気温が20℃で、基準温度が10℃なら、1日あたりの有効積算温度は10℃です。あと300℃必要なので、「300 ÷ 10 = 30日」と計算でき、今から約30日後が収穫適期であると予測できます。
この予測モデルを運用する際、精度を上げるためのコツがいくつかあります。一つは「ステージごとの積算温度管理」です。作物の生育は、発芽・育苗期、定植〜開花期、開花〜収穫期といったステージに分かれます。それぞれのステージで必要な積算温度を個別に管理することで、より詳細な進捗把握が可能になります。例えば、育苗期間の積算温度が不足していると、定植後の初期生育が遅れるといったトラブルを未然に予見し、保温対策を強化するなどの手が打てます。
参考)(研究成果)空撮画像のAI解析技術を活用してスイートコーン収…
また、近年注目されているのが、AI(人工知能)との連携です。過去数年分の積算温度データと実際の収穫実績データをAIに学習させることで、「この気温推移の年は、積算温度が○○℃に達しても、実際の成熟は2日遅れる傾向がある」といった、人間では気づきにくい微細なパターンを検出することが可能になってきています。
参考)東大生研とエア・ウォーターが共同研究成果を発表、ブロッコリー…
もちろん、AIを使わずとも、自分自身で「予測と結果のズレ(誤差)」を毎回記録し、その原因を考察(「今年は雨が多くて日照が少なかったから遅れた」など)して次回の計算時に補正項として加えることで、自分だけの最強の予測式を作り上げることができます。
収穫予測は、単に出荷日を当てるゲームではありません。予測に基づいた計画的な出荷は、バイヤーや取引先からの信頼獲得に繋がります。「来週の水曜日頃からまとまった量が取れそうです」と根拠を持って提案できる農家は、市場価格の変動リスクを回避し、有利な条件で取引を進めることができます。積算温度という共通言語を持つことで、販売先とのコミュニケーションコストも大幅に下がります。
ここまで気温に基づいた積算温度について解説してきましたが、実は気温データだけでは捉えきれない重要な要素があります。それが「地温(土壌温度)」です。多くの生産者が気温には敏感ですが、作物の根が活動する地中の温度については、意外と見落とされがちです。しかし、植物の生育、特に定植直後の活着や養分吸収の効率は、気温よりもむしろ地温に強く影響されることが多くの研究で示されています。
参考)301 Moved Permanently
独自視点として提案したいのが、「気温積算温度」と「地温積算温度」のダブル管理による生育診断です。
通常、気温と地温はある程度連動して推移しますが、春先の晴天時などは、気温は急上昇しても地温の上昇は遅れることがあります。逆に、秋口には気温が下がっても地温は意外と高く保たれていることもあります。この「ズレ」が、従来の積算温度計算による予測の誤差を生む大きな要因の一つとなっています。
例えば、気温の積算温度は順調に推移しているのに、作物の生育が思わしくない場合、地温の積算が不足している可能性があります。根の活性が低い状態で地上部だけ気温が高くなると、蒸散過多になり萎れやすくなったり、カルシウム欠乏などの生理障害を引き起こしたりします。逆に、地温が高すぎると根の呼吸量が増大し、消耗して「根焼け」を起こすこともあります。
地温データを積算温度計算に組み込む方法は、基本的には気温と同じです。地温計を地下5cm〜15cm(作物の根域に合わせて調整)に設置し、日平均地温を測定します。そして、気温と同様に基準温度を設定して積算していきます。
活用例として、以下のような診断が可能になります。
さらに、微気象(マイクロクライメート)の視点も重要です。同じ圃場内でも、南側と北側、ハウスの入り口付近と中央部では、気温も地温も異なります。一点の計測データだけで圃場全体の積算温度を代表させてしまうと、場所による生育ムラの原因を見落とします。複数のポイントで簡易的にでも温度を計測し、「場所ごとの積算温度の偏差」を把握しておくことで、生育の遅いエリアには灌水を控える、あるいは保温資材を追加するといった、きめ細やかなピンポイント管理が可能になります。
このように、積算温度の計算方法を「気温」だけでなく「地温」や「場所別の微気象」という次元に拡張することで、単なる収穫予測ツールを超えた、高度な生育診断と栽培制御の武器とすることができます。これは、マニュアル通りの栽培から一歩踏み出し、環境と対話しながら栽培するプロフェッショナルな農業への進化を意味します。まずは地温計を一本、圃場に挿してみることから始めてみてはいかがでしょうか。
参考リンク:農業の新しい技術 - 熊本県(地温と生育の相関について)
この資料では、地温の有効積算温度と作物の生育・養分吸収の間に高い正の相関があることがデータ付きで解説されており、地温管理の科学的根拠を学ぶのに最適です。