日々の農作業、お疲れ様です。早朝からの収穫、出荷作業、そして雑草との戦い……農業に従事する私たちにとって、体力の消耗は日常茶飯事ですよね。そんな忙しい毎日の隙間時間、トラクターの運転中や休憩時間に、少し変わった「農業もの」の作品を読んでみるのはいかがでしょうか。
今回ご紹介するのは、タイトルからして我々の職業意識を揺さぶる「農業男子!~年下男にオレが収穫されそうな件~」です。
「収穫する」側であるはずの農家が、まさか「収穫される」側になるなんて。この強烈なキャッチコピーは、農業従事者であれば一度は目に入ると二度見してしまうパワーを持っています。本作は、いわゆる「BL(ボーイズラブ)」ジャンルに分類されるコミックノベルですが、単なる恋愛ものとして片付けるには惜しい、農業現場特有の空気感やフェティシズムが詰まっています。
なぜ今、この作品を取り上げるのか。それは、地方創生や就農支援が叫ばれる現代において、フィクションの世界で「農業男子」がどのように描かれ、どのように消費(収穫)されているのかを知ることは、ある種のリフレッシュ(あるいはネタ)になると考えたからです。著者は黒澤多香子先生、イラストはやかん先生が担当されており、シーモアコミックスや肌恋BLレーベルから配信されています。
この記事では、この作品が持つ魅力と、農業従事者だからこそツッコミたくなる(あるいは共感してしまう)ポイントを、ネタバレを交えながら深掘りしていきます。3000文字を超える長文レポートとなりますが、次の繁忙期への活力としてお付き合いください。
まず、この物語の骨組みとなる「農業男子」の設定について見ていきましょう。主人公はいわゆる「農家の男」です。私たちにとって農業とは生活そのものであり、泥にまみれ、天候に左右されるシビアなビジネスですが、BLの世界において「農業」は、しばしば「純朴さ」「逞しさ」「野生味」の象徴として描かれます。
本作の主人公も、都会の絵空事ではない、地に足のついた生活を送っている設定です。しかし、そこに現れるのが「年下男」というイレギュラーな存在です。通常、農村社会における年下といえば、後継者候補の息子か、研修生、あるいは季節雇用のアルバイトなどが思い浮かびますが、この作品における年下男は、主人公の平穏な日常を脅かす「捕食者(収穫者)」として描かれます。
あらすじとしては、農業に真面目に取り組む主人公が、ふとしたきっかけで年下の男性と関わりを持ち、その強引さに翻弄されながらも、徐々に絆(と身体の関係)を深めていくという王道展開です。しかし、その過程にある「農作業小屋でのハプニング」や「軽トラの中での密室劇」など、我々にとって身近すぎるシチュエーションが、フィクションのフィルターを通すとここまでエロティックになるのかという発見があります。
ここからは物語の核心、つまり「収穫」のプロセスについて触れていきます。未読の方で、純粋にストーリーを楽しみたい方はご注意ください。しかし、この「収穫」の描写こそが、本作の最大の読みどころであり、農業従事者として冷静と情熱の間で揺れ動くポイントでもあります。
タイトルにある「収穫されそう」という表現は、単なる比喩ではありません。BL作品において、攻め(年下男)が受け(農業男子)を愛でる行為は、丹精込めて育てた作物を検品し、味わうプロセスと重ね合わされます。
年下男は、主人公の身体的な特徴を、まるで品評会に出す特秀品の野菜を見るような目で観察します。日焼けした肌、作業着の上からでもわかる筋肉の隆起、汗の輝き。これらを「美味しそう」と表現する感性は、農業BL特有のものです。私たちが出荷前にトマトの色づきを確認するような真剣な眼差しで、彼らは恋対象を見つめています。
作物が収穫時期を選べないように、主人公もまた、年下男のタイミングで「収穫」されてしまいます。ここで描かれるのは、抗えない力関係です。普段はトラクターやコンバインを操る主導権を持った農業男子が、恋愛関係においては受け身に回るというギャップ(逆転現象)が、読者の興奮を煽ります。特に、農作業の合間、誰もいない畑の真ん中やビニールハウスの中といった、「衆人環視ではないが、誰かが来るかもしれない」というスリルある環境での情事は、田舎特有の閉鎖性と開放感が混ざり合った独特の緊張感を生み出しています。
収穫された作物は、所有者のものとなります。物語が進むにつれ、年下男の独占欲は強まり、主人公は身も心も彼に「出荷(所有)」されていきます。しかし、それは悲劇的なことではなく、孤独に農作業を続けてきた主人公にとって、自分の価値を認め、必要としてくれる存在の出現という救いでもあります。「俺が全部食べてやる」というセリフは、食料生産者に対する究極の愛の告白とも受け取れる……かもしれません。
さて、現役の農業従事者としてこの作品を読んだ時、どうしても気になってしまうのが「リアリティ」と「ファンタジー」の境界線です。この作品に限らず、農業系BLや田舎BLには、特有の「あるある」と「ねーよ!」が混在しています。そのバランスを楽しむのも、このジャンルの醍醐味です。
作中では、作業着(ツナギやヤッケ)が非常にセクシーなアイテムとして描かれます。現実は泥汚れや油汚れ、農薬の付着などが気になり、ロマンスどころではないのが正直なところですが、漫画の中では「男らしさを強調する戦闘服」として機能しています。特に、作業後にタオルで汗を拭う仕草や、ツナギのファスナーを少し下ろす描写などは、フェティシズムの塊です。我々が普段何気なく行っている動作が、視点を変えればこれほど扇情的に見えるというのは、新たな発見でした。
地方での恋愛、特に同性同士の関係において最大の障壁となるのが「世間体」や「村の噂」です。本作でも、その閉鎖的な環境はスパイスとして機能しています。「近所の人に見られたらどうするんだ」という拒絶の言葉は、都会のBL作品よりも遥かに切実な響きを持ちます。しかし、だからこそ、そのリスクを冒してまで求め合う二人の情熱が際立つのです。実際の農村社会でも、消防団や青年部などの集まりは濃密な人間関係の場ですが、そこがロマンスの温床になるという解釈は、夢があって良いのではないでしょうか。
「農業男子」を謳う以上、農作業の描写がおざなりでは興ざめです。本作はコミックノベルという形式上、文章と絵の両方で情景が描かれますが、季節感や作物の描写には一定のこだわりが感じられます。もちろん、専門書のような正確さを求めるものではありませんが、「夏場のビニールハウス内の地獄のような暑さ」や「収穫期の終わりのなさと焦燥感」といった感覚的なリアリティは、物語の没入感を高めています。
「仕事が忙しくて書店に行く暇がない」「田舎すぎて近くに本屋がない(しかもBLコーナーになんて入れない)」という農業従事者の方々も多いでしょう。幸いなことに、現代には電子書籍という強力な味方がいます。トラクターの自動操舵中にこっそり……というのは推奨しませんが、休憩時間の楽しみに電子書籍は最適です。
現在、「農業男子!~年下男にオレが収穫されそうな件~」は、主要な電子書籍ストアで配信されています。特に、古い作品やニッチな作品の場合、紙の単行本を入手するのは困難なケースが多いですが、電子版なら在庫切れの心配もありません。
多くのサイトでは、冒頭部分の「試し読み」や「無料」公開を行っています。まずは無料分を読んでみて、作画の雰囲気や文章のノリが自分に合うか確認することをお勧めします。特にコミックノベルという形式は、「漫画だと思って買ったら文章が多かった」「小説だと思ったら絵が多かった」というミスマッチが起こりやすいので、事前の確認は必須です。
また、この作品を入り口として、関連作品のリコメンド機能(「この本を読んだ人はこんな本も読んでいます」)を使えば、さらにディープな「農業BL」「田舎BL」の沼へと足を踏み入れることができます。「レンコン農家」や「酪農家」をテーマにした作品など、ニッチな世界があなたを待っています。
最後に、検索上位の記事にはない、少し踏み込んだ独自の視点でこの作品を考察してみたいと思います。それは、BLにおける「農業」が持つ「開拓」というテーマ性です。
タイトルにある「収穫」は、結果としての行為です。しかし、農業の本質は「土を耕し、種を撒き、育てる」というプロセスにあります。これをBLの文脈、特に「年下攻め×農家受け」という構図に当てはめると、非常に興味深いメタファーが浮かび上がってきます。
主人公である農業男子は、長年その土地(自分自身の身体や価値観)を守り続けてきた保守的な存在です。そこに現れる年下男は、その固く閉ざされた土壌を「開拓(=攻略)」しようとする存在です。鍬を入れ、肥料を与え、頑固な土を柔らかくしていく過程は、まさに恋愛における心の雪解けとリンクします。
一般的なBL作品では、恋愛の成就を「ゴール」としますが、農業系BLにおいては、成就した後も「継続的な管理(交際)」が必要であるという点が強調されがちです。一度開拓した畑は、手入れを怠ればすぐに荒れ地に戻ってしまいます。年下男が、一度結ばれた後も執拗に主人公を求め続ける(収穫し続ける)描写は、単なる性欲の表現ではなく、「関係性を維持するための営農活動」として読み解くことができるのではないでしょうか。
つまり、「オレが収穫されそうな件」というタイトルは、受動的な被害報告のように見えて、実は「耕作放棄地になりかけていた自分の心と身体が、情熱的な開拓者によって再生され、豊かな実りをもたらす農地へと変貌していく物語」のプロローグなのです。
農業に従事する私たちが、荒れた農地を再生させることに喜びを感じるように、この作品の読者は、無骨な農業男子が愛によって開発され、生き生きと輝き出す姿にカタルシスを感じるのです。そう考えると、この一見ふざけたタイトルの作品も、農業の持つ「育成と再生」という本質的な喜びを描いた、一種の農業賛歌と言える……かもしれません。
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明日からの農作業、ふとした瞬間に「自分も今、人生という畑を耕しているんだな」と、少しロマンチックな気分に浸れるかもしれません。ぜひ、秋の夜長や雨の日の休日に、この収穫劇を見届けてみてください。