農業に従事される方々にとって、腰痛や関節痛のケアに湿布は欠かせない存在ですが、一部の湿布には太陽光(紫外線)と反応して強い皮膚炎を引き起こす「光線過敏症」のリスクがあります。特に注意が必要なのは、痛みを抑える効果が強い特定の成分を含む製品です。ここでは、光線過敏症のリスクが高いとされる成分と、代表的な商品名を一覧で解説します。
参考)薬の解説①~夏の湿布に要注意~ – 国民健康保険…
最も注意が必要な成分は「ケトプロフェン」です。この成分は鎮痛効果が高い一方で、紫外線と化学反応を起こしやすい構造(ベンゾフェノン骨格)を持っています。処方薬として広く流通していますが、過去には市販薬(OTC医薬品)としても販売されていました。また、頻度は低いものの「ジクロフェナクナトリウム」や「ピロキシカム」といった成分でも報告例があります。
参考)https://www.kusurinomadoguchi.com/column/articles/zbjmc/
以下に、注意すべき主な湿布薬をまとめました。ご自身の薬箱にあるものが該当しないかご確認ください。
| 成分名 | リスク | 主な医療用医薬品(処方薬) | 備考 |
|---|---|---|---|
| ケトプロフェン | 高 | モーラステープ、モーラスパップ、ミルタックスパップ | 最も報告が多い成分。家族間での使い回しに注意。 |
| ジクロフェナク | 低~中 | ボルタレンテープ、ナボールテープ、ジクトルテープ |
ケトプロフェンほどではないが、添付文書に注意記載あり |
| ピロキシカム | 低~中 | バキソテープ、フェルデンテープ | 過去に使用されていたが現在は処方頻度が減少傾向。 |
| チアプロフェン酸 | 中 | スルガム(内服が主だが構造が類似) | ケトプロフェンと交叉感作(似た成分に反応する)を起こす可能性。 |
特に「モーラステープ」は整形外科で非常によく処方される薬です。茶色のテープ剤で薄く、剥がれにくいため農作業中にも使いやすいのですが、その分、リスクを正しく理解しておく必要があります。
参考)【薬剤師が解説】湿布の医薬品「モーラステープ」は市販で買える…
ケトプロフェン外用剤による光線過敏症に係る安全対策(PMDA)
参考リンク:医薬品医療機器総合機構(PMDA)による、ケトプロフェン製剤の光線過敏症リスクと安全対策に関する公式文書です。
また、これらの成分が含まれている湿布を使用している間は、日焼け止め(サンスクリーン)に含まれる「オクトクリレン」という成分にも注意が必要です。ケトプロフェンとオクトクリレンは構造が似ているため、湿布を貼っていない場所でも、日焼け止めを塗っただけでアレルギー反応(交叉感作)が起きる可能性があります。農業従事者は日常的に日焼け止めを使用するため、成分表示の確認が重要です。
参考)https://kirishima-mc.jp/data/wp-content/uploads/2023/04/3ecf1b78803bd616607f7a73cf00eae4.pdf
「湿布を剥がせば、すぐに日光に当たっても大丈夫」というのは大きな誤解です。光線過敏症の最大の特徴にして最大の落とし穴は、「湿布を剥がした後も、薬剤が皮膚に長期間残留する」という点にあります。
参考)意外なシップの落とし穴
一般的に、ケトプロフェンなどの成分を含む湿布を使用した場合、使用中止後「少なくとも4週間(約1ヶ月)」は患部を遮光する必要があるとされています。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/quiz/446
皮膚の表面(角層)から吸収された薬剤の一部は、その下の真皮層や皮下組織に留まり、徐々に放出されて効果を持続させます。また、ケトプロフェンは皮膚のタンパク質と結合しやすい性質があり、入浴して表面を洗った程度では完全には落ちません。この「見えない残留成分」が紫外線と反応し、忘れた頃に症状を引き起こすのです。
農業の現場では、天候や気温に合わせて衣服の調整を行いますが、過去1ヶ月以内に該当する湿布を使用していた場合は、その部位を決して露出させない徹底した管理が求められます。特に5月から8月の紫外線が強い時期はリスクが跳ね上がりますが、冬場であってもビニールハウス内作業などで強い紫外線を浴びる環境であれば同様の注意が必要です。
参考)湿布と光線過敏症、その対策と注意点について
薬の解説①~夏の湿布に要注意(高治HP)
参考リンク:夏場の湿布利用におけるリスクと、剥がした後の残留期間について専門的な視点から解説されています。
もし、うっかり日光に当ててしまった後に違和感を覚えた場合は、直ちに皮膚科を受診してください。「ただのかぶれだろう」と放置すると、色素沈着が数年にわたって残ることもあります。受診の際は「いつまで、どの湿布を使っていたか」を医師に伝えることが、適切な診断への近道となります。
光線過敏症の症状は、通常の「湿布かぶれ(接触皮膚炎)」とは明確に異なります。最大の違いは、「湿布を貼っていた形に四角くくっきりと症状が出る」ことです。
通常の湿布かぶれは、汗による蒸れや粘着剤の刺激が原因で、貼っている最中や直後に全体が赤くなったり痒くなったりします。一方、光線過敏症(特に光アレルギー性接触皮膚炎)は、紫外線に当たってから24時間~48時間後に遅れて発症することが多く、以下のような激しい症状を伴います。
農作業中は汗をかくため、初期症状を「汗疹(あせも)」や「植物によるかぶれ(ウルシなど)」と勘違いしやすい傾向があります。しかし、光線過敏症はアレルギー反応の一種であるため、放置して紫外線を浴び続けると急速に悪化します。
ケトプロフェン外用剤による光線過敏症に係る安全対策について(厚生労働省)
参考リンク:厚生労働省が発行した、実際の症例写真や症状の詳細、対策が記載された安全性情報です。
また、一度光線過敏症を発症すると、身体がその成分を「敵」だと記憶してしまいます。これを「感作(かんさ)」と呼びます。一度感作が成立すると、将来同じ成分の飲み薬や塗り薬を使用しただけでも、全身にアレルギー症状が出るようになる可能性があります。たかが湿布と思わず、異常を感じたらすぐに使用を中止し、患部を布で覆って遮光してください。
屋外での作業が基本となる農業従事者が、光線過敏症のリスクを避けつつ体の痛みをケアするには、「成分の選び方」と「使い方の工夫」の2点が重要です。
まず、湿布を選ぶ際は「光線過敏症のリスクが低い成分」を選びましょう。医師に処方を依頼する際や、ドラッグストアで薬剤師に相談する際は、「外で農作業をするので、光線過敏症が出にくいものを」とはっきり伝えてください。
参考)https://www.hsp.ehime-u.ac.jp/medicine/wp-content/uploads/DI2018.05.pdf
※ただし、これらの成分でも「かぶれ(接触皮膚炎)」が起きる可能性はゼロではありません。
前述の通り、ケトプロフェンは皮膚に残ります。「夜貼って、朝剥がしてから畑に出れば大丈夫」という考えはケトプロフェン製剤では危険です。リスクの低い成分(ロキソプロフェンなど)であっても、剥がした直後の皮膚は敏感になっています。
農家では、おじいちゃん・おばあちゃんが処方された湿布を、若い世代や実習生が「ちょっと腰が痛いから」と借りて貼るケースが散見されます。処方された本人はリスクを知っていても、借りた人は知らずに半袖で作業してしまう事故が多発しています。湿布は「薬」であり、他人への譲渡は厳禁です。
どうしても外せない繁忙期で、皮膚トラブルのリスクを極限まで下げたい場合は、湿布(外用剤)ではなく、内服薬(痛み止め)でコントロールすることも選択肢の一つです。胃腸への負担などを考慮し、医師と相談してください。
「モーラステープ」と「ロキソニンテープ」の違いは?(EPARKくすりの窓口)
参考リンク:光線過敏症のリスクの違いを含め、代表的な湿布薬の比較と選び方が分かりやすく解説されています。
検索上位の情報では「服の下に貼れば大丈夫」と簡単に説明されがちですが、農業の過酷な環境下では、この認識が事故につながることがあります。実は、一般的な農作業着(特に夏用の薄手のもの)は、紫外線を完全には遮断できません。
紫外線防御性能は、生地の「素材」「色」「織り方」によって大きく異なります。
綿(コットン)や麻などの天然素材は吸汗性に優れますが、紫外線の透過率は比較的高めです。一方、ポリエステルやビニロンなどの化学繊維、またはウールは紫外線を吸収・散乱させる効果が高く、透過率が低い傾向にあります。最近の「UVカット加工」された農作業用インナーは有効ですが、洗濯を繰り返すと効果が薄れるものもあるため過信は禁物です。
涼しさを求めて「白」や「淡い色」の作業着を選ぶことが多いですが、紫外線防御の観点からは「黒」や「濃い紺色(インディゴ)」の方が圧倒的に有利です。白いTシャツ1枚の下に湿布を貼っている場合、強い日差しの下では紫外線が生地を通過し、光線過敏症を引き起こすのに十分な量が患部に届く可能性があります。
湿布の説明書には「色の濃い服を着るか、サポーターを着用する」と書かれています。これは農業従事者にとって極めて重要な指示です。
特に、首元や袖口は作業中にめくれ上がり、直射日光が当たりやすい危険地帯です。首に湿布を貼る場合は、タオルを巻くだけでなく、襟のある服を立てて着るなどの二重の対策が必要です。「服を着ているから安心」ではなく、「服を通して紫外線は届いている」という前提で、物理的に分厚い遮蔽物(サポーター)を挟むことが、農作業中の光線過敏症を防ぐ唯一の確実な方法と言えます。