赤星病(あかぼしびょう)の防除において、最も重要な要素は「雨」と「ビャクシン」との関係性を理解した上での散布時期の決定です。この病気の病原菌である Gymnosporangium asiaticum は、ナシなどのバラ科果樹と、カイヅカイブキなどのビャクシン類の間を行き来する「異種寄生」という特殊な生態を持っています。
特に注意が必要なのは、ナシの開花期から落花期にあたる4月から5月です。この時期に降雨があると、中間宿主であるビャクシン類に形成された冬胞子堆(とうほうしたい)が水分を吸収して膨張し、オレンジ色のゼリー状(天狗の麦飯とも呼ばれます)になります。ここから形成された小生子(担子胞子)が風に乗り、1.5km〜2km以上離れたナシ園まで飛散して感染を引き起こします。
多くの農家が失敗するケースとして、「オレンジ色の斑点が目立ってから」慌てて薬剤を散布するパターンがあります。しかし、赤星病の病斑(精子器)が葉の表面に形成された時点では、すでに菌は葉の内部で活動を広げています。目に見える症状が出る前の「感染好適日(雨の日)」を狙い撃ちすることが、最小限の薬剤で最大の効果を得るコツです。
赤星病の生態・まめ知識・有効薬剤(住友化学園芸)
住友化学園芸による赤星病の発生メカニズムと、家庭園芸およびプロ農家向けの基本的な防除カレンダーの考え方が詳しく解説されています。
赤星病の薬剤は、大きく分けて「予防剤(保護殺菌剤)」と「治療剤(EBI剤など)」の2種類があります。ナシ栽培において、それぞれの特性を理解し、状況に応じて使い分けることが重要です。
1. 予防効果が高い薬剤(保護殺菌剤)
これらは葉の表面に殺菌成分の膜を作り、飛来した胞子が発芽・侵入するのを防ぎます。耐性菌が発生しにくいため、基本の防除として使用します。
2. 治療効果が高い薬剤(EBI剤 / DMI剤)
これらは植物体内に浸透移行し、侵入した菌の細胞膜成分(エルゴステロール)の生合成を阻害して死滅させます。「治療」といっても、枯れた葉が元に戻るわけではありませんが、病斑の拡大や、葉裏へのさび胞子の形成(二次感染源の放出)を阻止する効果があります。
薬剤選びの基準表
| 状況 | 推奨薬剤タイプ | 具体的な製品例 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 雨の前(予報) | 予防剤(保護) | オーソサイド、ジマンダイセン | 葉の表面でブロック。耐性菌リスク低。 |
| 雨の後(感染疑い) | 治療剤(EBI) | スコア、ラリー、オンリーワン | 侵入した菌を叩く。キックバック効果。 |
| 発生初期 | 混合剤 | 予防剤+治療剤 | 治療しつつ、次回の感染も防ぐ。 |
梨(なし)の赤星病:発病状況や防除のポイント(アリスタ ライフサイエンス)
農薬メーカーによる技術資料で、ナシ赤星病に特化した薬剤の選び方や、散布時の薬液付着の重要性について具体的な製品名を挙げて解説されています。
赤星病防除において、特定の優れた薬剤(特にEBI剤やストロビルリン系薬剤)を連用することは極めて危険です。病原菌がその薬剤に対する抵抗力(耐性)を持ってしまい、いざという時に薬が効かなくなる「耐性菌」の問題が発生するからです。これを防ぐためには、作用機作の異なる薬剤を順番に使う「ローテーション散布」が必須です。
RACコード(作用機構分類)の意識
農薬にはFRACコードという番号が振られています。同じ番号の薬剤は、商品名が違っても作用点が同じであるため、連続で使用してはいけません。
効果的なローテーションの組み方例
特に、地域ですでに「DMI剤耐性の黒星病菌」が確認されている場合は、赤星病対策でDMI剤を使う際も効果が落ちている可能性があるため、地元の病害虫防除所の指導(防除暦)に従うことが重要です。
DMI剤耐性ナシ黒星病菌の発生リスクを軽減させる新たな防除体系(千葉県)
薬剤耐性菌の問題について、実際の圃場試験データに基づいた防除体系の見直し案が提示されています。DMI剤の使用回数制限の根拠となる重要な資料です。
「薬剤を撒いているのに赤星病が止まらない」という場合、原因の多くは薬剤の選択ミスではなく、園地の周囲にあるビャクシン類(カイヅカイブキ、タマイブキなど)の存在にあります。
赤星病菌は、春にナシの葉で増殖した後、秋には再びビャクシン類へと戻り、そこで越冬します。つまり、ビャクシン類がある限り、翌年の感染源(冬胞子)は供給され続けます。薬剤防除はあくまで「対症療法」であり、根本治療はビャクシン類の除去、またはビャクシン類への薬剤散布です。
農家だけでなく、近隣住民の庭木として植えられているケースも多いため、地域全体での協力体制や啓発活動も「広義の防除対策」として必要不可欠です。物理的に胞子を遮断することは難しいため、発生源の密度を下げることが、ナシ園での薬剤散布回数を減らすことにも繋がります。
最後に、意外と見落とされがちなのが「展着剤(てんちゃくざい)」の役割です。特にナシの葉は、表面がワックス層(クチクラ層)で覆われており、水を弾きやすい性質を持っています。高価な治療剤(EBI剤)を使用しても、薬液が葉の表面ではじかれて水玉になり、地面に落ちてしまっては効果が半減します。
展着剤の役割と選び方
単に「くっつける」だけでなく、最近の展着剤には様々な機能があります。赤星病対策では以下の機能が重要です。
散布時のテクニック
薬剤そのものの選択と同じくらい、「いかにナシの葉に留まらせるか」という物理的な工夫が、防除の成否を分けます。
果樹における展着剤の活用(日本植物防疫協会)
果樹栽培における展着剤の種類と特性、それぞれの薬剤との相性や防除効果の向上について、科学的なデータに基づいて詳細に記述されています。