F1種子(First Filial Generation:雑種第一代)の作り方を理解する上で、最も根幹となるのが「メンデルの法則」と「雑種強勢(ヘテロシス)」という遺伝学的メカニズムです。農業従事者であれば、作物の収量や品質が均一であることがどれほど重要か痛感されていることでしょう。F1品種が現代農業のスタンダードとなった理由は、まさにこの「均一性」と「強健さ」を遺伝子レベルでコントロールできる点にあります。
F1種子の作り方の基本原理は、遺伝的に純粋な(ホモ接合体といいます)2つの異なる親品種(P)を交配させることにあります 。例えば、特定の病気に強い親「AA」と、味が良い親「aa」を掛け合わせたとします。メンデルの優性の法則に従えば、生まれてくる子(F1)の遺伝子型はすべて「Aa」となり、理論上はすべての株で同じ形質が現れます。
参考)きびと月の畑
しかし、単に違う品種を掛け合わせれば良いF1ができるわけではありません。F1種子の作り方において最も困難なのは、目的とする形質を持った「純系(固定種)」の親株を選抜・育成するプロセスです。優秀なF1種子を作るためには、まず何世代もかけて自家受粉を繰り返し、遺伝的に安定した親系統を作り上げる必要があります 。この親株の育成にこそ、種苗メーカーの膨大なノウハウと時間が注ぎ込まれています。
実際の圃場におけるF1種子作り方の手順は、極めて緻密で労力を要する作業の連続です。自然界では植物は自らの花粉で受粉(自家受粉)してしまうことが多いため、これを物理的に阻止し、狙った父親品種の花粉だけを受粉させる必要があります。この工程における最大の鍵が「除雄(じょゆう)」です 。
参考)種タネの話6、F1種のつくり方、人為的除雄と自家不和合性とは…
F1種子を作るための具体的な手順は以下の通りです。
参考)https://shingi.jst.go.jp/pdf/2024/2024_tottori-u_002.pdf
この一連の「除雄・交配」プロセスは、ナス科野菜のように一つの果実から多くの種子が採れる作物ではコスト的に見合いますが、ニンジンやタマネギのように小さな花が集まっている作物や、種子の単価が安い作物では、手作業での除雄は事実上不可能です 。そこで登場するのが、次項で解説する「雄性不稔」という特殊な性質を利用した技術です。
参考)http://blog.kyokubi.com
参考リンク:野口のタネ - 交配種(F1)と固定種の違いと除雄の実際
上記リンクでは、伝統的な種苗店が解説する、手作業による除雄の難しさと、それが農業現場にどのような影響を与えているかが詳しく記されています。
現代のF1種子作り方、特に葉物野菜や根菜類の育種において革命をもたらしたのが「雄性不稔(ゆうせいふねん)」の利用です。雄性不稔とは、簡単に言えば「花粉を作れない(または花粉に受精能力がない)植物の性質」のことです 。
参考)タネの安全性 雄性不稔(ゆうせいふねん)とはなにか
手作業での除雄が困難な作物において、この雄性不稔は以下のようなメカニズムで利用されます。
雄性不稔の原因は、主に細胞内のミトコンドリア遺伝子の異常にあることが分かっています 。これは母性遺伝(母親からのみ遺伝する性質)するため、雄性不稔の株を母親として使い続ける限り、その性質を維持したままF1種子を効率的に量産することが可能です。
一方で、果実(実)を食べる野菜(トマトやナスなど)ではなく、大根や白菜のように「葉や根」を食べる野菜でこの技術が多用されるのには理由があります。雄性不稔の遺伝子を持つF1品種は、基本的に次世代も花粉を作れません。実を食べる野菜の場合、受粉して実が太る必要があるため、花粉が出ないと困るのです(※ただし、近年は隠れた花粉を持つ回復遺伝子を利用するケースもあります)。
参考)https://noguchiseed.com/hanashi/F1or_4.html
この技術のおかげで、私たちは安価で品質の揃った野菜を大量に生産・消費できるようになりましたが、一部では「子孫を残せない植物を食べることへの懸念」を議論する声もあります 。しかし、科学的にはミトコンドリアの変異は自然界でも起こりうる現象であり、食品としての安全性に問題はないとされています。
参考)「固定種」は安全、「F1種」は危険、はホント? 種子の多様性…
参考リンク:農研機構 - 雄性不稔を引き起こすミトコンドリア遺伝子の特定
上記リンクは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構による、雄性不稔のメカニズムに関する科学的で信頼性の高い研究発表です。
農業経営において、「F1種子を購入するか」「固定種(在来種)を自家採種するか」は重要な選択です。F1種子の作り方を理解すると、なぜF1品種から自家採種してはいけないのか(あるいは意味がないのか)が明確になります。
最大の違いは「次世代への遺伝的均一性」です。
| 特徴 | F1種子(一代交配種) | 固定種(在来種) |
|---|---|---|
| 作り方 | 異なる純系親の交配(人為的) | 長年の選抜と固定(自然的・人為的) |
| 生育・形状 | 極めて均一で揃いが良い |
個体差があり、ばらつきが出る |
| 自家採種 | 推奨されない(F2で形質が分離する) | 可能(親と同じ形質が続く) |
| 環境適応 | 特定の条件下で最大能力を発揮 | 地域の気候風土に徐々に適応する |
| 生育速度 | 雑種強勢により旺盛・早生化しやすい | 比較的ゆっくり育つものが多い |
なぜF1から種を採ってはいけないのか?
F1品種(Aa)から種を採って翌年まくと、それはF2(雑種第二代)となります。メンデルの「分離の法則」により、F2の世代では遺伝子の組み合わせがバラバラになります(例:AA:Aa:aa = 1:2:1)。その結果、畑には「親と同じF1のような株」「先祖返りした株」「生育の悪い株」が混在することになり、商品価値のある作物を安定して収穫することができなくなります 。
参考)F1(一代交配)の野菜から採種して2代目を育てたことのある方…
農業従事者にとって、F1種子は「毎年購入が必要な資材(ランニングコスト)」であるのに対し、固定種は「資産として蓄積できる種」と言えます。しかし、市場出荷を前提とする現代農業では、箱詰め時の規格統一や一斉収穫の効率性が求められるため、自家採種の手間とリスクを天秤にかけると、F1種子を購入するメリットの方が上回るケースが大半です。
最後に、一般的な検索結果ではあまり触れられない、F1種子作り方の「育種現場における現実的なコストと労力」、そして「農家個人がF1を作る再現性」について、独自視点で解説します。
「自分だけの最強のF1品種を作りたい」と考える熱心な農家さんもいらっしゃるかもしれません。しかし、商業レベルのF1種子を作り出す開発競争は、想像を絶する「数の勝負」です。
農家個人でのF1作出の再現性
個人レベルでF1種子の作り方を実践することは、技術的には可能です(特にウリ科やナス科など花が大きく除雄しやすいもの)。しかし、「安定したF1」を作るためには、まず両親となる固定種を何年もかけて純系化する必要があり、そこにかかる労力は計り知れません。
むしろ、近年一部のプロ農家の間で見直されているのは、あえてF1品種から種を採り続け、その土地に合った形質に固定していく「F1の固定化(脱交配種化)」という逆のアプローチです。これはメンデルの法則による分離を利用し、数年かけてバラつきの中から自社農場に最適な株だけを選抜し直すという、さらに高度で根気のいる育種技術です。
F1種子は単なる「既製品」ではなく、数え切れないほどの失敗と選抜の上に成り立つ、人類の叡智と執念の結晶と言えるでしょう。
参考リンク:タキイ種苗 - 育種(品種改良)とは
上記リンクは、大手種苗メーカーが解説する品種改良の歴史と技術的背景です。F1品種開発にかかる歳月と情熱の一端を知ることができます。