農業用の鉄分補給資材として注目される酢酸鉄ですが、自作する際の材料選びで迷う方が多くいます。一般的には「スチールウール」または「使い捨てカイロ」のどちらかが鉄の供給源として使われますが、それぞれの特性とリスクを正しく理解して選ぶ必要があります。
純度の高い鉄繊維であり、お酢への溶解反応が非常にスムーズです。ホームセンターや100円ショップで容易に入手でき、不純物が少ないため、作成した溶液の成分が安定します。選ぶ際は、必ず「石けん成分が含まれていない純粋なスチールウール」を選んでください。台所用の洗剤付きのものは、界面活性剤が植物に悪影響を与える可能性があるため避けるべきです。
使用済みのカイロを再利用する方法もネット上で散見されますが、農業利用の観点からは注意が必要です。カイロの中身は鉄粉だけでなく、活性炭、バーミキュライト、そして「塩分(塩化ナトリウム)」が含まれています。この塩分は鉄の酸化反応を促進するために添加されていますが、農作物にとっては塩害のリスク要因となります。また、活性炭や不溶成分がスプレーのノズルを詰まらせる原因にもなるため、ろ過の手間がかかります。
結論として、初めて酢酸鉄を作る場合は、不純物の混入リスクが低く、反応が視覚的にわかりやすいスチールウールとお酢(穀物酢)の組み合わせが最も失敗が少なくおすすめです。
ここではスチールウールを使った、安全で確実な酢酸鉄の作り方をステップバイステップで解説します。この化学反応では可燃性の水素ガスが発生するため、必ず換気の良い場所で行ってください。
ペットボトルにスチールウールを入れ、その上からお酢を注ぎます。しばらくすると、鉄とお酢(酢酸)が反応し、細かい泡(水素)が発生し始めます。
この反応式は以下のようになります。
Fe+2CH3COOH→Fe(CH3COO)2+H2
理研の研究により、酢酸自体が植物の乾燥ストレス耐性を高めるスイッチを入れることが判明しています。
完成した酢酸鉄(高濃度原液)は強酸性であり、そのまま作物にかけると強烈な酸による「葉焼け」や濃度障害を引き起こします。適切な濃度調整(希釈)が効果を出すための鍵となります。
| 作物・用途 | 推奨希釈倍率 | 散布頻度 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 一般的な葉野菜 | 500倍 ~ 1000倍 | 1週間に1回 | ホウレンソウや小松菜など |
| 果菜類(トマト等) | 300倍 ~ 500倍 | 1週間に1回 | 生育旺盛な時期に |
| 果樹・樹木 | 200倍 ~ 500倍 | 2週間に1回 | 葉が厚い植物はやや濃い目も可 |
| 水稲(イネ) | 500倍 ~ 1000倍 | 適宜 | 流し込み施用も一般的 |
使い方のポイント:
お酢はpH2~3程度の強酸性です。500倍に薄めても酸性度は残ります。初めて使用する作物の場合は、まず1株だけでテスト散布を行い、翌日に葉の変色や縮れがないかを確認してください。
鉄分は葉の表面で弾かれやすいため、展着剤を規定量加えることで葉への付着率を高め、吸収効率を上げることができます。
日中の高温時に散布すると、水分が急激に蒸発して液滴の濃度が高まり、薬害のリスクが上がります。また、気孔が開いている朝夕、特に湿度が高まる夕方の散布は吸収効率が良いとされています。
タキイ種苗:葉面からの吸収に関する研究データ
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bn/pdf/20050937.pdf
葉面散布における鉄などのミネラル吸収効率や、濃度障害のリスクについての専門的なデータが記載されています。
ここが検索上位の多くの記事ではあまり触れられていない、独自かつ重要な視点です。酢酸鉄の効果というと、どうしても「鉄分供給による光合成促進(クロロフィルの活性化)」ばかりが注目されがちです。しかし、実は溶媒として使っている「酢酸」そのものに、近年解明された凄まじい農業的メリットがあります。
2017年に理化学研究所が発表した研究によると、植物に低濃度の酢酸を与えることで、乾燥ストレスへの耐性が劇的に向上することが明らかになりました。
参考)https://tenbou.nies.go.jp/navi/metadata/95470
植物は乾燥を感じると体内で酢酸を合成し、それがシグナルとなって乾燥に耐えるためのホルモン(ジャスモン酸)の経路を活性化させます。外部から酢酸を与えることで、このスイッチを事前にONにできるのです。
夏場は強い日差しで植物が光合成を活発に行おうとしますが、同時に水不足や高温ストレスに晒されます。
つまり、酢酸鉄は単なる微量要素肥料ではなく、「夏の光合成ブースト」と「乾燥・高温防御」を同時に行える、最強のサマーストレス対策資材といえるのです。特に近年の日本の猛暑において、このダブル効果は作物の生存率を大きく左右する可能性があります。
この「酢酸のプライミング効果(事前準備効果)」を狙う場合も、濃度は非常に重要です。研究では高濃度すぎると逆に生育阻害が起きるとされていますので、やはり500倍以上の希釈を守ることが安全マージンとなります。
自作した酢酸鉄を保存していると、液体の色が変化することに気づくはずです。これは鉄イオンの状態変化を示しており、効果に直結する重要なサインです。
作りたての状態で、水に溶けやすく植物が即座に吸収できる形です。スチールウールとお酢が反応しきった直後はこの状態が多いです。
空気中の酸素と反応して酸化してしまった状態です。三価鉄は水に溶けにくく、植物の根や葉からの吸収効率が極端に落ちます(吸収できないわけではありませんが、二価鉄に比べると劣ります)。また、沈殿物が発生しやすくなります。
酸化(失敗)を防ぐ保存のコツ:
ペットボトルで保存する場合、液面とキャップの間の空気が酸化の原因になります。容器を移し替えて口元ギリギリまで液体を満たし、空気が入る隙間をなくすことが最も効果的です。
光と熱は化学反応を促進します。冷蔵庫や冷暗所に置くことで、酸化スピードを遅らせることができます。
クエン酸などを少量添加することで、キレート作用により鉄を安定化させる方法もありますが、基本的には「使い切れる分だけ作り、長期保存しない」のが自作の鉄則です。
もし真っ赤になって沈殿してしまった場合は、無理に葉面散布せず、土壌灌注用として使うか、新たに作り直すことをお勧めします。コストが非常に安い資材ですので、鮮度にこだわって贅沢に使うのが良い結果を生む秘訣です。