近年、農業現場における労働力不足やプラスチックごみ問題への対策として、生分解性マルチシート(生分解性マルチ)の注目度が急速に高まっています。しかし、通常のポリエチレン製マルチと比較して価格が2倍から3倍近くするため、導入を躊躇する農家の方も少なくありません。そこで活用したいのが、国や自治体が用意している「補助金」制度です。
農林水産省が推進する「みどりの食料システム戦略」において、環境負荷低減に資する資材への転換は重要項目と位置づけられており、生分解性マルチの導入は公的な支援を受けやすい分野の一つです。この補助金を活用することで、資材コストの差額を埋めつつ、収穫後の「マルチ剥ぎ取り作業」という重労働から解放されるメリットを享受できます。本記事では、生分解性マルチシートに関わる補助金の種類、申請の具体的な流れ、そして導入前に知っておくべき規格や注意点について、現場視点で詳しく解説していきます。
生分解性マルチシートの導入で利用できる補助金は、大きく分けて国が主導するものと、各都道府県や市町村が独自に行っているものの2種類が存在します。最も代表的で規模が大きいのが、農林水産省による「環境保全型農業直接支払交付金」です。これは、化学肥料や化学合成農薬の使用を地域の慣行レベルから5割以上低減する取り組みとセットで行うことで、支援が受けられる仕組みです。
この交付金制度では、対象となる取り組みの一つとして「カバークロップの作付け」や「堆肥の施用」などと並び、地域によっては生分解性マルチの利用が加算要件や必須要件として組み込まれている場合があります。具体的には、支援単価が10a(1反)あたり数千円から設定されており、面積が広い農家ほど大きなメリットを享受できます。ただし、この交付金を受けるためには、単に資材を買うだけでなく、市町村が定める「実施計画」に認定される必要があり、地域全体の環境保全活動の一環として位置づけられることが一般的です。
また、国レベルの事業とは別に、各自治体が独自に実施している「単独補助金」も見逃せません。例えば、「生分解性マルチ導入促進事業」や「環境配慮型農業資材購入費補助金」といった名称で、資材購入費の1/2から1/3程度を補助する制度が公募されることがあります。これらは予算がなくなり次第終了となるケースや、特定の作物(例えば特産品の野菜など)に限定されるケースもあるため、こまめな情報収集が必要です。
さらに、JA(農業協同組合)が主体となって、部会単位での一括購入に対して助成を行うケースもあります。個人で申請するよりも、部会や生産組合を通じて申請することで、事務手続きが簡素化されたり、採択率が上がったりすることもあります。まずは自分が所属する地域の役場の農政課や、JAの営農指導員に「生分解性マルチに使えそうな補助金はないか」と相談することが、情報収集の第一歩となります。
環境保全型農業直接支払交付金:農林水産省(制度の概要や単価、申請要件などの詳細情報)
生分解性マルチシートを補助金を使って導入することの最大のメリットは、言うまでもなく「コスト相殺」と「省力化」のバランス改善です。通常の黒マルチ(ポリエチレン製)は安価ですが、収穫後に剥がして回収し、泥を落として産業廃棄物として処理する費用と手間が発生します。一方、生分解性マルチは価格が高いものの、使用後はトラクターですき込むだけで微生物によって水と二酸化炭素に分解されるため、撤去作業が一切不要になります。
以下の表は、一般的な10a(1000平方メートル)あたりのコストと労働時間の比較イメージです。補助金を活用することで、価格差がどのように縮まるかを確認してください。
| 項目 | 一般ポリマルチ | 生分解性マルチ(補助金なし) | 生分解性マルチ(補助金あり) |
|---|---|---|---|
| 資材購入費 | 約5,000円 | 約15,000円 | 約7,500円(半額補助の場合) |
| 展張作業 | 同じ | 同じ(やや慎重さが必要) | 同じ |
| 剥ぎ取り作業 | 2〜4時間 | 0時間 | |
| 廃棄処理費用 | 約1,000円〜2,000円 | 0円 | |
| 実質コスト合計 | 約7,000円 + 労働時間 | 約15,000円 | 約7,500円 |
この表からわかるように、補助金を活用して資材費を通常のポリマルチに近づけることができれば、撤去にかかる労働時間と廃棄コストの分だけ、生分解性マルチの方が圧倒的に有利になります。特に高齢化が進む農業現場において、足場の悪い畑で泥だらけのマルチを引き剥がし、運搬する作業は身体的負担が非常に大きいものです。この重労働をゼロにできることは、単なる金銭的なメリット以上の価値があります。
また、廃棄物が出ないということは、SDGsや環境保全への貢献をアピールできることにもつながります。直売所やこだわり野菜の販路においては、「環境にやさしい資材を使用している」という点が付加価値となり、農産物のブランディングに寄与する可能性もあります。コスト比較をする際は、単に「資材の値段」だけでなく、「自分の時給」と「廃棄の手間」、そして「将来的な環境価値」を含めて総合的に判断することが重要です。
【徹底比較】 黒マルチ vs 生分解性マルチ vs 紙マルチ(素材ごとの耐久性やコストの詳細比較)
補助金を申請する際、非常に重要になるのが「使用する資材の規格」です。多くの補助金事業では、どんな生分解性マルチでも良いわけではなく、公的な認証を受けた製品であることが要件となっています。日本において最も信頼性が高い規格は、日本バイオプラスチック協会(JBPA)が認証する「生分解性プラ(グリーンプラ)」マークです。
生分解性プラスチックの分解メカニズムは、主に2段階で進行します。第1段階は「加水分解」などの化学的分解で、フィルムの強度が低下しボロボロになります。第2段階は、土壌中の微生物による「生物的分解」で、最終的には水と二酸化炭素にまで完全に分解されます。補助金の対象となる資材は、このプロセスが科学的に証明され、かつ農業用マルチとしての実用強度(展張中に破れないこと)を兼ね備えている必要があります。
注意が必要なのは、「崩壊性」と「生分解性」の違いです。海外製の安価な製品の中には、酸化型分解性プラスチック(Oxo-degradable)と呼ばれる、紫外線などで細かく崩れるだけのものも存在します。これらは目に見えなくなってもプラスチックとしての性質が残っており、マイクロプラスチックとして土壌に残留し続けるリスクがあります。日本の公的支援を受ける場合、こうした「見せかけの分解」資材は対象外となるため、必ず「生分解性プラ」の認証マークがある製品、あるいはJIS K6953-2などの規格に適合した製品を選ぶことが必須です。
また、製品によって「分解速度」が異なります。「短期作物用(2〜3ヶ月)」や「長期作物用(4〜6ヶ月)」など、作物の栽培期間に合わせたグレードが用意されています。例えば、栽培期間が長いサツマイモに短期分解タイプを使ってしまうと、収穫前にマルチが分解して雑草だらけになる失敗例があります。逆に、レタスなどの短期作物に長期タイプを使うと、すき込み後に分解しきらず、次の作付けの邪魔になることがあります。補助金申請時には、栽培する作物と資材のスペックが適合しているかを説明する必要があるため、資材選びは慎重に行いましょう。
日本バイオプラスチック協会(JBPA)(生分解性プラ認証製品の一覧や識別表示の解説)
実際に補助金を申請するための流れは、一般的な農業資材の購入とは異なり、事前の計画策定が求められます。ここでは、多くの自治体や交付金事業で共通する標準的なステップを解説します。手続きを間違えると、購入後に「対象外」と言われてしまうリスクがあるため、必ず購入前に確認してください。
作付け計画を立てる段階(春作なら前年の冬頃)に、役場の農政課やJA、農業普及指導センターに相談します。「来作で生分解性マルチを使いたいが、使える補助金はあるか」と具体的に尋ねましょう。多くの補助金は年度ごとの予算制であり、公募期間が短い場合が多いため、早めの行動が鍵です。
補助金申請書には、「導入する目的(省力化や環境保全など)」、「導入する面積」、「使用する資材の製品名と見積書」などを記載します。特に「環境保全型農業直接支払交付金」の場合は、地域全体の取り組みとして集落協定に参加する必要がある場合が多いです。
審査を経て、交付決定通知書が届きます。この通知が届く前に資材を発注・購入してしまうと、補助対象外になるという厳格なルールがある事業がほとんどです。必ず「決定通知」を確認してから発注してください。
資材を購入し、実際に畑で使用します。この際、証拠書類として「領収書(内訳がわかるもの)」、「資材のラベル(認証マークが写っているもの)」、「実際に畑に展張している状況の写真」が必要です。写真は「着手前」「実施中」「完了」の各段階で撮影しておくと安心です。
栽培終了後、または年度末に実績報告書を提出します。先ほどの写真や領収書を添付し、実際に計画通りに使用したことを報告します。審査完了後、指定の口座に補助金が振り込まれます。
特に失敗しやすいのが「写真の撮り忘れ」と「フライング購入」です。事務局は現地確認に来られないことも多いため、写真は唯一の証拠となります。日付入りの黒板などを置いて撮影することが望ましいでしょう。また、領収書の宛名も申請者名と完全に一致させてください。
最後に、補助金申請の動機付けとして、あまり語られない「剥ぎ取り労働コスト」の具体的な試算をしてみましょう。これは申請書類の「導入効果」欄を書く際にも役立つ独自の視点です。多くの農家は、資材費という「見えるコスト」には敏感ですが、自分自身の労働時間という「見えないコスト」を過小評価しがちです。
例えば、1ヘクタール(10反)の畑で通常のポリマルチを使用していると仮定します。収穫後のマルチ剥ぎ取り、泥落とし、運搬、集積作業には、条件が良い畑でも10aあたり約3時間、1haでは約30時間を要します。さらに、雨上がりでマルチが重くなっていたり、雑草が絡みついていたりすると、この時間は倍増します。
この30時間を、地域の最低賃金や農業法人の平均時給(仮に1,500円とします)で換算すると、45,000円分の人件費が発生していることになります。さらに、産業廃棄物処理費として数万円がかかります。合計すると、剥ぎ取りに関連するコストだけで、1haあたり7〜8万円以上の出費が「見えない形」で発生しています。
一方、生分解性マルチを使用した場合、この時間はほぼ「ゼロ」になります。トラクターでのすき込みは通常の耕起作業と同時に行えるため、追加の時間は発生しません。もし生分解性マルチの導入で資材費が10万円上がったとしても、補助金で半額(5万円)になれば、差額は5万円。対して、削減できる労働コストと処理費が7〜8万円であれば、トータルでは「補助金を使って高い資材を買った方が、最終的な利益は残る」という逆転現象が起きます。
このように、補助金の申請書や経営計画を作成する際は、単に「環境に良いから」という理由だけでなく、「労働時間を○○時間削減し、その時間を次作の準備や販売活動に充てることで経営改善を図る」というロジックを組み立てることで、説得力が大幅に増します。生分解性マルチの導入は、単なる資材の変更ではなく、農業経営における「時間の使い方」を変える投資であると捉えるべきです。
バイオプラスチック導入ロードマップ:環境省(国全体のプラスチック資源循環戦略の方向性)

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