マイグレーションは、湿度環境下で導体間に電圧がかかったとき、導体から溶出したイオンが移動・析出して絶縁性を下げ、最終的に短絡を引き起こす現象です。JPCAの環境試験規格では、この現象を「エレクトロケミカルマイグレーション(イオンマイグレーションともいう)」として定義し、絶縁劣化の評価対象にしています。
この劣化の“見え方”は一種類ではなく、代表例として①デンドライト状、②CAF(Conductive Anodic Filament)、③雲状などの形態が挙げられています。デンドライトは基板表面や界面に樹枝状に伸びやすく、CAFは多層基板内部でガラス繊維に沿って進行し、外観で気づきにくいのが厄介です。
農業従事者向けの機器(圃場センサー、ハウス制御盤、潅水の制御箱、電磁弁周り、太陽電池+通信機器など)では、屋外設置・温度差・朝夕の結露で「局所的に水膜が張る」状況が起こりがちです。水膜ができると、導体間に“電解質層”が成立し、微量の塩類や薬剤ミスト、土埃由来のイオン性成分が混ざることで、現象が一気に加速します。
特に注意すべきは、故障が「突然死」に見える点です。絶縁抵抗がゆっくり落ちるケースもありますが、試験中に瞬間的な低抵抗状態(一時ショート)が発生したり、ある時点で急激に劣化が進んだりします。JPCA規格でも“一時的ショート状態”の扱いに触れており、現場のログで瞬断が観測されたら「電源や通信のせい」と決めつけず、基板劣化の兆候として疑う価値があります。
参考リンク(用語・形態・試験の基礎。デンドライト/CAF/雲状、結露サイクル試験、立ち上げ条件などがまとまっている)
JPCA-ET01~09-2007 プリント配線板環境試験方法
基板マイグレーション対策で最初に押さえるべきは、「湿度が高い」よりも「水膜(結露)ができる」ことです。結露は局所的に100%RH相当の状態を作り、導体間に水がブリッジして電解質層が成立しやすくなります(温度変化が大きい屋外・筐体内で起きやすい)。そのため、農業現場の機器は“雨に濡れない”だけでは不足で、“結露させない/結露しても滞留させない”が現実的なゴールになります。
設計・運用で効くポイントを、現場で使える粒度に落とすと次の通りです。
加えて、対策として定番の「コンフォーマルコーティング(防湿コーティング)」は、農業用途と相性が良い手段です。目的は、湿気から基板を保護し腐食やイオンマイグレーションを避けること、さらに水分による短絡・リークを防ぐことにあります。屋外機器の基板保護用途として具体例が挙げられている資料もあり、圃場環境では“実装後の最後の保険”として効果が期待できます。
参考リンク(防湿・防滴、マイグレーション回避の目的が整理されている)
コンフォーマルコーティングの目的(防湿・マイグレーション回避)
「水」と並ぶもう一つの主犯が、基板表面や界面の“汚染(イオン性不純物)”です。フラックス残渣は水分を取り込みやすく、結果としてマイグレーションが発生しやすくなるため、高温高湿で使う、長寿命が必要、高信頼性が必要といった条件では、基板洗浄でフラックス除去を検討すべきだと解説されています。農業機器はまさに「高湿」「長寿命」「屋外」「メンテ頻度が低い」という条件が揃いやすく、製造段階での残渣低減が後工程のコーティング以上に効く場面があります。
現場で起きる“意外な汚染源”も押さえておくと強いです。例えば、圃場では肥料成分(硝酸・アンモニウム系など)や農薬のミストが筐体内に侵入し、吸湿→電解質化して表面リークを増やします。また、制御盤内の結露水が乾く・濡れるを繰り返すと、微量成分が濃縮され、薄い白い跡(乾燥痕)として残り、次の結露で“濃い電解質”に戻ることがあります。このサイクルは、見た目の汚れが軽微でも電気的には致命的になり得ます。
製造・保守での具体策は、次のチェックリストが現実的です。
参考リンク(フラックス残渣が水分を取り込みやすく、洗浄で除去するとよいという実務的な説明)
イオンマイグレーションの原理と対策(フラックス残渣と洗浄)
対策は「やったつもり」になりやすいので、最後は試験で確認して潰すのが確実です。JPCAの環境試験方法は、実装前のプリント配線板を対象に、高温・高湿度条件下で電圧を印加してエレクトロケミカルマイグレーションと絶縁劣化を評価する枠組みを示しています。用語、試料の扱い、加湿水(脱イオン水の抵抗率条件)、試験装置の条件、測定方法(槽内測定・槽外測定)など、実務の落とし穴を避けるための注意がまとまっています。
農業用途で効くのは、単純な「85℃85%RHで1000時間」だけではなく、結露が起きる“温湿度サイクル”や“結露サイクル”を組み合わせることです。圃場やハウスでは、昼夜・通電・放射冷却・ドア開閉で温度差が出やすく、一定条件よりもサイクル条件の方が現場に近いことが多いからです。JPCAの通則でも、試験開始時は温度を先に立ち上げ、次に湿度を立ち上げることで結露付着を防ぐ、といった立ち上げの考え方が示されており、試験結果の再現性に直結します。
試験設計を“やりっぱなし”にしないために、最低限ここだけは押さえると手戻りが減ります。
参考リンク(試験全体の通則。立ち上げ、前処理、加湿水、判定、観察まで一気通貫)
JPCA-ET01 プリント配線板環境試験方法(通則)
検索上位の一般論では「高温高湿+電圧」で片付けられがちですが、農業現場は“水が汚い”のが本質的な違いです。雨水・井戸水・潅水の飛沫は純水ではなく、微量の塩類・ミネラル・土壌粒子を含みます。これが筐体の隙間から入り、結露水と混ざると、薄い水膜が「電解液」に変わり、金属イオンの移動を後押しします。つまり、同じ湿度条件でも、圃場では実質的に“より厳しい試験条件”が自然に出来上がってしまいます。
もう一つの盲点が、「乾いたら安全」という思い込みです。実際には、乾燥過程でイオン性成分が導体間に濃縮され、次に湿った瞬間に強い電解質層として復活します。たとえばハウス内の夜間結露→朝に乾燥、という毎日サイクルは、見た目の水分が少なくてもリスクを積み上げます。さらに、結露がケーブルやネジを伝って基板に落ちる“ルート”があると、筐体のIP等級だけでは防げません(ドリップループのような配線作法が効く理由がここです)。
現場に合わせた、実装・設置・保守の「一段踏み込んだ」対策案を挙げます。
この独自視点の結論はシンプルで、農業機器のマイグレーション基板対策は「湿度対策」ではなく「水膜+汚染対策」をセットで回すことです。製造(洗浄・残渣管理)と設置(結露導線の遮断)と保守(乾燥痕・白化の点検)を繋げると、現場故障の再発率が目に見えて下がります。