農業におけるICT活用(スマート農業)が進む中で、現場に導入される通信機器は多岐にわたります。適切な機器を選定するためには、まず通信規格の特性を深く理解する必要があります。ここでは、農業現場で主流となっている通信機器と規格を一覧化し、それぞれの技術的な特徴を詳細に解説します。
農業IoTの主役とも言える通信規格です。「低消費電力」で「長距離通信」が可能という特性は、電源確保が難しく、広大な面積を持つ農地に最適化されています。
スマートフォンと同じ回線を使用する通信機器です。
スマートフォンと直接通信できる手軽さが魅力です。通信距離は数メートル〜数十メートルと短いですが、メッシュネットワーク(機器同士がバケツリレーのようにデータを送る方式)を構築することで、ハウス内の温湿度センサー網などを低コストで構築できます 。
通信機器一覧を見て「どれが一番良いのか」と迷う場合、正解は「圃場の環境」と「何を監視したいか」によって変わります。導入に失敗しないための選び方と、見落としがちなコスト構造について深掘りします。
参考リンク:総務省 - スマート農業に利用される無線システムの特徴と動向(各通信規格の距離と速度の比較図が詳細に記載されています)
導入コストとランニングコストのバランス表
| 通信規格 | 初期導入コスト (機器代) | ランニングコスト (月額) | メンテナンス性 (電池/設置) | 向いている用途 |
|---|---|---|---|---|
| LoRaWAN | 高 (ゲートウェイ約5~20万円 + センサー) | 低 (基本0円、クラウド利用料のみ) | 中 (ゲートウェイの電源・設置場所確保が必要) | 山間部、携帯圏外、大規模農園の一括管理 |
| Sigfox | 低 (センサー数千円〜) | 中 (回線契約料、年額数千円/台) | 高 (超低消費電力で電池交換頻度が低い) | 水位センサー、獣害罠検知、環境モニタリング |
| LTE-M / NB-IoT | 中 (通信モジュール内蔵センサー) | 中 (SIM契約料、数百円/月) | 高 (エリア内なら置くだけで完了) | 分散した圃場の管理、設置の手間を省きたい場合 |
| 4G / LTE | 中〜高 (ルーター数万円) | 高 (数千円/月、データ量による) | 低 (常時電源が必要、ソーラーは大掛かりになる) | 監視カメラ、ロボット制御、Web会議 |
選び方の重要ポイント:
「LPWA」と「LTE」は、農業IoTにおいて最も比較される二大巨頭です。それぞれのメリットとデメリットを対比させることで、具体的な利用シーンをイメージしやすくします。
LPWAは、ボタン電池1個で数年間稼働するように設計されています。これは、送信するデータ量を極限まで削ぎ落とし、通信速度を犠牲にしているからです。また、通信速度を遅くすることで、微弱な電波でもノイズの中から信号を拾いやすくしており、結果として数km〜数十kmという長距離通信を実現しています 。
通信速度が遅すぎるため、センサー本体のソフトウェア(ファームウェア)を遠隔でアップデートすることが事実上不可能です。バグがあった場合や機能追加をしたい場合、現地で有線接続して書き換える必要が出てくる点は、運用上のリスクとして知っておく必要があります。
通信キャリアが維持管理するインフラを使うため、通信品質が非常に安定しています。台風や豪雨の際も、自営のアンテナ(LoRaWANゲートウェイなど)は倒壊や停電のリスクがありますが、キャリアの基地局は災害対策が施されていることが多く、有事の際も通信が維持されやすいです(ただし、大規模停電時は除く)。
古い農業用ルーターの中には3G回線専用のものがまだ中古市場に出回っていますが、3Gサービスは順次終了(停波)しています。安価だからといって古い機器を購入すると、「通信できない」トラブルに直面します。必ず「4G/LTE対応」「VoLTE対応」と明記された現行機種を選ぶ必要があります 。
参考リンク:NTT Com - LPWAと他通信規格の比較(速度、距離、消費電力の定量的な比較データがあります)
現実的な解として推奨されるのが、両者の「いいとこ取り」です。
これはカタログスペックや一般的な比較記事にはあまり載っていない、しかし現場では致命的な問題となりうる「独自視点」のトピックです。農業現場特有の「障害物」は、ビルの壁とは全く異なる挙動をします。
農業現場において、最大の電波障害物は「植物そのもの」です。植物の葉や茎には水分が多く含まれています。水は電波、特に2.4GHz帯(Wi-FiやBluetooth、ZigBeeなど)のマイクロ波を非常によく吸収します(電子レンジが水を温めるのと同じ原理です)。
ビニールハウスは金属製のパイプ(骨組み)で構成されています。金属は電波を反射します。
山間部の棚田や果樹園では、見通しが良くても通信できないことがあります。これは「フレネルゾーン」という電波の通り道が地面に接触しているためです。
最後に、これからの農業経営において通信機器一覧をどのように見据えるべきか、未来の技術動向を含めて解説します。
これまでの農業IoTは、「携帯電話の電波が届く範囲」に限定されがちでした。しかし、低軌道衛星インターネット(Starlinkなど)の普及により、山奥の放牧地や、携帯圏外の林業現場でも高速通信が可能になりつつあります。
通信機器の進化により、全てのデータをクラウドに送るのではなく、現場のカメラやゲートウェイ内でAIが「病害虫の有無」や「収穫適期」を判定し、必要な結果だけを通信で送る「エッジコンピューティング」が普及します。これにより、通信データ量を劇的に削減しつつ、リアルタイムな判断が可能になります 。
通信機器一覧を見て選ぶ際は、単に「今の機能」だけでなく、「将来的にセンサーを増やせるか」「他のメーカーの機器と連携できるか」という拡張性(インターオペラビリティ)を最優先に考えてください。安価でも閉鎖的なシステムより、多少高価でも標準規格に準拠したシステムを選ぶことが、長く使える「強い農業経営」への投資となります。