イチゴの夜冷育苗のデメリットとコストや失敗のリスク

イチゴの夜冷育苗はクリスマス出荷を狙える反面、導入コストや管理の難しさなど多くのデメリットも潜んでいます。安易な導入で失敗しないために、知っておくべきリスクとは何でしょうか?
夜冷育苗の導入前に知るべきリスク
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導入コストと維持費

設備投資に数百万円、電気代などのランニングコストも高額になりがちです。

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収穫の中休みリスク

頂果房の収穫後に株が疲れ、厳寒期に収量が落ち込む「中休み」が発生しやすくなります。

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病害虫の蔓延

密閉された夜冷庫内は多湿になりやすく、炭疽病などが一気に広がる恐れがあります。

イチゴの夜冷育苗のデメリット

コストの壁と設備導入の判断

 

イチゴの夜冷育苗を導入する際に、生産者が最も頭を抱えるのが初期投資とランニングコストの壁です。一般的に、10アールあたりの夜冷設備を導入するには、冷蔵ユニットや断熱パネル、制御システムなどを含めて250万円前後の費用がかかると言われています。これはあくまで初期費用であり、さらに日々の電気代がかさんできます。特に近年のエネルギー価格の高騰により、夏場の冷蔵庫稼働にかかる電気代は経営を圧迫する大きな要因となりつつあります。

 

参考)クラウン温度制御(イチゴ向け)

また、コストは金銭的なものだけではありません。「時間的コスト」も無視できない要素です。夜冷育苗では、毎日決まった時間に苗を冷蔵庫へ出し入れする必要があります(移動式の場合)。自動搬送システムを導入すれば労力は軽減されますが、その分さらに初期投資が跳ね上がります。手動で行う場合、夕方の忙しい時間帯に重量のある苗トレイを何百枚も移動させる重労働が発生し、パート従業員の確保や人件費の増加にもつながります。

 

費用対効果(ROI)を考える際、多くの生産者は「クリスマス前の高単価時期に収穫できる利益」ばかりを計算しがちです。しかし、実際の計算では、設備の減価償却費、電気代、追加の人件費、そして万が一病気で苗を廃棄した場合の損失リスクまで含めてシビアに試算する必要があります。単価の高い12月に出荷できても、その後の1月、2月の収量が落ち込めば、トータルの利益は慣行栽培と変わらない、あるいはマイナスになるケースも珍しくありません。

 

コスト回収の計画を立てる際は、設備の耐用年数だけでなく、将来的な規模拡大や品種変更の可能性も考慮する必要があります。一度導入した設備は簡単に変更できないため、地域の気候変動や市場ニーズの変化に対応できなくなるリスクも「埋没コスト」として認識しておくべきです。

 

コスト試算に関する農研機構の資料には、具体的な導入費用とランニングコストの目安が記載されています。

 

農研機構:イチゴの花芽発達に悪影響を及ぼす高温遭遇の程度

管理の厳格さとスケジュールの負担

夜冷育苗の成功は、ミリ単位とも言える精密なスケジュール管理にかかっています。通常の育苗であれば、天候に合わせてある程度柔軟に作業を調整できますが、夜冷育苗ではそれが許されません。処理開始のタイミング、毎日の入庫・出庫時間、庫内温度の設定など、全てがプログラムされたかのように正確でなければなりません。

 

特に重要なのが「窒素中断(窒素切り)」のタイミングです。花芽分化を促進させるためには、夜冷処理を開始する前に苗体内の窒素レベルを下げておく必要があります。しかし、窒素を切りすぎれば苗が老化し、逆に抵抗力が落ちて病気にかかりやすくなったり、定植後の活着が悪くなったりします。逆に窒素が残りすぎていると、いくら夜冷処理をしても花芽分化が起きず、ただ電気代を浪費するだけの結果に終わります。この絶妙なバランスを見極めるには、長年の経験と高度な栽培技術が要求されます。

また、スケジュールの厳格さは生産者の精神的な負担にもなります。お盆過ぎから9月にかけての約1ヶ月間、毎日休むことなく苗の出し入れを行わなければなりません。台風が接近していても、急な用事が入っても、夜冷のスケジュールは待ってくれません。一度のリズムの崩れが花芽分化の不揃いを招き、結果として収穫時期のバラつきや遅れにつながるため、生産者は常に緊張状態を強いられます。

 

さらに、処理終了後の「馴化(じゅんか)」プロセスも管理が難しいポイントです。涼しい夜冷庫から急に高温のハウスへ定植すると、苗が環境の変化についていけずショックを受けます。これを防ぐために徐々に外気に慣らす必要がありますが、この期間の温度管理を誤ると、せっかく分化した花芽が退化したり(脱春化)、奇形果が発生したりする原因になります。

 

育苗期間中の管理ポイントについては、以下の資料が参考になります。

 

栃木県:いちご「とちおとめ」の栽培技術(夜冷育苗の管理スケジュール)

炭疽病などの病気発生リスク

夜冷育苗において最も恐ろしい失敗の一つが、病害虫の爆発的な蔓延です。特に「炭疽病」は、夜冷庫という特殊な環境下で猛威を振るうリスクがあります。夜冷庫内は密閉空間であり、苗が密集して置かれるため、通気性が悪くなりやすく湿気がこもりがちです。

 

炭疽病菌は高温多湿を好むため、夜冷庫に入れる前の夕方や、出した後の朝方に葉が濡れている状態が続くと、感染が一気に広がります。一度庫内で感染が始まると、隣接する苗へと次々に伝染し、最悪の場合、数千株の苗が全滅するという壊滅的な被害をもたらします。通常の育苗であれば、風通しを良くしたり雨よけをしたりすることで防げる病気も、夜冷という「密」な環境では制御が極めて困難になります。

 

参考)イチゴを生理障害から守れ!施設栽培における管理術 | コラム…

また、ハダニ類の発生も見逃せません。閉鎖された空間では天敵がおらず、薬剤散布も庫内では難しいため、一度持ち込んでしまうと増殖を許してしまいます。特に、夜冷処理中は苗がストレスを受けている状態なので、害虫に対する抵抗力が落ちていることも被害拡大の要因です。

 

病気を防ぐためには、入庫前の徹底的な防除と、庫内の湿度管理が不可欠です。しかし、湿度を下げすぎると今度は苗が乾燥ストレスを受け、うどんこ病のリスクが高まるというジレンマがあります。適切な湿度を保ちつつ、病原菌の繁殖を抑えるという高度な環境制御技術が求められるのです。これができない場合、夜冷育苗は単なる「病気の培養室」と化してしまいます。

 

さらに、病気に感染した苗を定植してしまった場合、本圃(ほんぽ)での被害は甚大です。定植直後の高温期に株が枯れ始め(萎黄病など)、補植を行っても追いつかず、収穫シーズン全体を棒に振ることになります。夜冷苗は通常苗よりも高コストであるため、廃棄ロスが出た時の経済的ダメージは計り知れません。

 

病害虫防除の難しさについては、以下の資料に詳しい記述があります。

 

農研機構:イチゴ苗蒸熱処理防除マニュアル(病害リスクへの対策)

花芽分化の遅れと「株疲れ」の罠

「早期出荷のために夜冷をしたのに、結局遅れた」という失敗談は後を絶ちません。夜冷育苗の最大の目的は花芽分化の促進ですが、これは非常にデリケートな生理反応を利用しています。もし処理期間中に日中の気温が予想以上に高くなり、30℃を超えるような日が続くと、夜間に冷やして蓄積した「花芽を作るスイッチ」が解除されてしまうことがあります。これを「脱春化(だっしゅんか)」または「中和現象」と呼びます。

 

参考)イチゴの花芽発達に悪影響を及ぼす高温遭遇の程度

近年の温暖化により、9月に入っても残暑が厳しい年が増えています。このような環境下では、夜冷庫から出した直後の苗が日中の高温にさらされ、夜冷効果がキャンセルされてしまうリスクが高まっています。結果として花芽分化が遅れ、高いコストをかけたにもかかわらず、普通育苗と収穫時期が変わらない、あるいは逆に遅れてしまうという本末転倒な事態が起こり得ます。

 

さらに、無理やり花芽をつけさせた苗は、定植後に「株疲れ(なり疲れ)」を起こしやすいという重大なデメリットがあります。植物としての体が十分に出来上がっていない未熟な状態で花を咲かせ、実をつけるため、株の体力が奪われやすいのです。特に一番果(頂果房)が肥大している時期に、根の張りが追いついていないと、株全体が衰弱し、その後の生育に深刻な悪影響を及ぼします。

 

参考)https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/291700_1161414_misc.pdf

株疲れを起こしたイチゴは、葉の色が薄くなり、新しい葉が出てこなくなります。こうなると、二番果(第一次腋花房)の発達が極端に悪くなり、果実が小さくなったり、味が落ちたりします。最悪の場合、収穫期間の途中で株が枯死することもあります。夜冷育苗はあくまで「自然のサイクルを早める」技術であり、植物の生理的な限界を超えさせる魔法ではありません。その無理が「株疲れ」という形で跳ね返ってくるリスクを常に意識する必要があります。

 

花芽分化と高温の影響に関する研究データは、以下が参考になります。

 

静岡県:超促成作型の導入と夜冷育苗における花芽分化の課題

収穫の中休みによる収益減少の盲点

夜冷育苗のデメリットとして、検索上位の記事でもあまり深く触れられていない、しかし経営に直結する重大な問題が「収穫の中休み(なかやすみ)」です。これは、1番果(頂果房)の収穫が終わった後、2番果(第一次腋花房)が収穫できるようになるまでの間に、出荷できるイチゴが極端に減る、あるいは全くなくなる期間のことを指します。

 

参考)https://www.pref.nagasaki.jp/e-nourin/nougi/theme/result/R3seika-jouhou/fukyu/F-03-27.pdf

なぜ夜冷育苗で中休みが起きやすいのでしょうか。それは、人為的に頂果房の花芽分化を早めたことで、頂果房と腋花房の生育サイクルに「ズレ」が生じやすくなるからです。自然条件下では、寒さが徐々に強まる中で連続的に花芽が形成されますが、夜冷処理で急激にスイッチを入れた場合、1番目の花芽形成に全エネルギーが集中し、次の花芽形成への移行がスムーズにいかないことがあります。

 

特に、12月のクリスマス商戦に合わせて頂果房を収穫し終えた後、1月から2月にかけての厳寒期にこの「中休み」が直撃します。この時期は本来、イチゴの需要が高く、単価も安定している重要な稼ぎ時です。しかし、ここで2~3週間も出荷が止まってしまうと、12月の高単価で得た利益が相殺されてしまうどころか、暖房費(重油代)だけがかかり続ける「赤字期間」を生み出してしまいます。

 

多くの生産者が「年内収量」の増加に目を奪われがちですが、イチゴ経営の勝敗は「春までの総収量」で決まります。中休みが長引くと、スーパーや洋菓子店などの取引先からの信頼を失うリスクもあります。「安定供給できない生産者」と見なされれば、来期以降の契約に響く可能性さえあるのです。

 

この中休みを防ぐためには、電照栽培(長日処理)やジベレリン処理などを組み合わせて連続出蕾を促す高度な技術が必要ですが、これもまたコストと手間を増大させます。「早く獲る」ことの代償として、シーズンの途中で大きな「穴」が空くリスクがあることは、導入前に必ずシミュレーションしておくべき盲点と言えるでしょう。

 

中休み対策と連続出蕾に関する技術情報は、以下のリンクが詳しいです。

 

長崎県:イチゴ「ゆめのか」における長期夜冷処理と収穫中休みの軽減

 

 


コスト 25のエチュード