農作業に従事されている方にとって、足腰の痛みや違和感は日常的な悩みかもしれません。しかし、「いつもの農作業の疲れだろう」や「冬場の寒さのせいだろう」と考えて放置している症状の中に、閉塞性動脈硬化症(ASO)という血管の病気が隠れている可能性があります。閉塞性動脈硬化症は、足の血管が動脈硬化によって狭くなったり詰まったりすることで、血液の流れが悪くなる病気です。初期症状として最も特徴的なのは、足の指先や足全体の「冷感」と「しびれ」です。
参考)閉塞性動脈硬化症(ASOまたはLEAD)
農業の現場では、特に冬場の剪定作業やハウスの管理などで長靴を履いて長時間作業をすることが多いでしょう。長靴の中が冷える感覚は誰にでもありますが、閉塞性動脈硬化症の場合、保温性の高い靴下を重ね履きしても冷たさが改善しない、あるいは「片足だけが異常に冷たい」といった左右差が現れることが特徴です。また、草刈り機やトラクターなどの振動工具を使用していると、作業後に手がしびれることがありますが、この病気によるしびれは作業をしていない安静時にも足にジンジンとした感覚が残ることがあります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/dl/s0326-10k.pdf
足の血管が詰まり血流が不足すると、筋肉や皮膚に必要な酸素や栄養が届かなくなります。初期段階(フォンテイン分類Ⅰ度)では、なんとなく足が冷たい、しびれるといった漠然とした症状から始まりますが、これを「長靴の圧迫のせい」や「冷え性」と勘違いしてしまうケースが非常に多く見られます。特に高齢の農業従事者の方は、我慢強い性格の方も多く、痛みが激化するまで病院を受診しない傾向があります。しかし、この段階で気づき、適切な対処をすることが、将来的な足の壊死や切断を防ぐための最も重要な分岐点となります。
参考)https://www2.kuh.kumamoto-u.ac.jp/cvs/info_peripheral1.html
日本脈管学会などの専門機関でも、足の冷感やしびれがある場合は、循環器内科や血管外科での早期の検査が推奨されています。
日本循環器学会では、閉塞性動脈硬化症を含む血管疾患のガイドラインや市民向けの啓発情報を公開しており、早期発見の重要性を訴えています。
閉塞性動脈硬化症が進行し、フォンテイン分類Ⅱ度になると現れるのが「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」という特徴的な歩行障害です。これは、歩き始めは問題がないものの、しばらく歩き続けるとふくらはぎや太ももの裏、お尻などに締め付けられるような痛みや重だるさ(疲労感)が生じ、歩くのが困難になる症状です。しかし、その場で数分間立ち止まって休むと、筋肉への血流が回復するため痛みが嘘のように消え、再び歩き出すことができるようになります。
参考)閉塞性動脈硬化症の症状
農業の現場では、広い畑の移動や収穫物の運搬などで歩く機会が多いですが、この症状を「足腰の老化」や「運動不足」と捉えてしまうことがあります。例えば、軽トラックを停めた場所から作業現場まで歩く際に、「以前は休まず行けたのに、最近は途中で一休みしないと足が痛くて進めない」という経験はないでしょうか。これは単なる筋力低下ではなく、運動時に必要な血液が狭くなった血管を通れず、筋肉が酸素不足(虚血)に陥って悲鳴を上げているサインなのです。
参考)閉塞性動脈硬化症 (へいそくせいどうみゃくこうかしょう)とは…
間欠性跛行の痛みは、坂道や階段を上るとき、あるいは重い荷物(収穫コンテナや肥料袋など)を持って歩くときにより早く、強く現れます。筋肉がより多くの酸素を必要とするためです。逆に、ゆっくり歩くと症状が出にくいこともあります。この症状を放置して無理に歩き続けると、無意識のうちに痛い足をかばうような歩き方になり、膝や腰への二次的な負担を引き起こすこともあります。
この段階で「整形外科」を受診し、筋肉や骨の異常なしと診断されて安心してしまう方もいますが、血管の検査を行わないと原因が見逃されてしまうことがあります。足の痛みで歩行が困難になることは、農業を続ける上でも致命的な問題となりかねません。以下のような特徴があれば、血管外科などの専門医に相談してください。
参考)足だって動脈硬化になる!閉塞性動脈硬化症
参考)閉塞性動脈硬化症
国立循環器病研究センターのサイトでは、血管の病気に関する詳細な解説があり、間欠性跛行のメカニズムや治療法について深く学ぶことができます。
閉塞性動脈硬化症は、特別な器具を使わなくても、ある程度のセルフチェックが可能です。日々の入浴後や農作業の休憩時間などに、ご自身の足を観察し、触れてみる習慣をつけることが早期発見につながります。ここでは、誰でも簡単にできる「脈」と「色」のチェック方法を紹介します。
1. 足の脈(足背動脈)のチェック
足の甲にある「足背動脈(そくはいどうみゃく)」の拍動を確認します。足の親指と人差指の骨の間を、足首に向かって指でなぞっていくと、ドクドクと脈打つ場所があります。健康な状態であれば、手首の脈と同じようにしっかりとした拍動を感じることができます。しかし、閉塞性動脈硬化症で血管が狭くなっている場合、この脈が非常に弱かったり、全く触れなかったりします。左右の足で脈の強さを比べてみて、明らかに片方が弱い場合は要注意です。
2. 足の色のチェック
仰向けに寝た状態で、両足を天井に向けて高く上げます。その状態で足首を何度か曲げ伸ばししてください。閉塞性動脈硬化症で血流が悪くなっていると、足を上げた状態では血液が足先まで届きにくくなるため、足の裏や指先がサーッと「蒼白(真っ白)」になります。次に、足を下ろしてベッドの端からぶら下げて座ります。健康な足であればすぐにピンク色に戻りますが、血流障害がある場合、色が戻るのに時間がかかったり、逆にうっ血して赤黒く(暗赤色に)変色したりすることがあります。
3. 爪や皮膚の状態チェック
血流が悪くなると、爪や皮膚の栄養状態も悪化します。
これらは慢性的な虚血を示唆するサインです。
農業従事者の方は、長靴による蒸れや、土汚れによる皮膚トラブルが起きやすいため、足の傷を軽視しがちです。しかし、糖尿病を合併している場合などは特に、小さな傷から細菌が入り込み、血流不足も相まって一気に壊死へと進行するリスクがあります。
【セルフチェックリスト】
以下の項目のうち、一つでも当てはまる場合は病院での検査を検討してください。
日本血管外科学会のホームページでは、血管の病気を専門とする病院のリストや、市民公開講座などの情報が得られ、受診先を探すのに役立ちます。
足の痛みやしびれを引き起こす病気として、閉塞性動脈硬化症と非常によく似ているのが「腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)」です。農業従事者は、重量野菜の運搬や、中腰での植え付け作業などで腰を酷使することが多いため、脊柱管狭窄症を患っている方も少なくありません。この2つの病気は治療法が全く異なるため、症状の違いを正しく理解し、医師に的確に伝えることが重要です。
参考)中高齢者に多い足の痛みやしびれの原因は腰?腰部脊柱管狭窄症よ…
最大の違いは「どのような姿勢で楽になるか」という点です。
| 比較項目 | 閉塞性動脈硬化症(血管の病気) | 脊柱管狭窄症(神経の病気) |
|---|---|---|
| 原因 | 足の血管が詰まり血流不足になる | 腰の神経が圧迫される |
| 痛みの回復 | 立ち止まるだけで回復する(姿勢は関係ない) | 前かがみになると回復する(しゃがむ、座る) |
| 歩行時の姿勢 | 背筋を伸ばしていても、歩くと痛くなる | 前かがみ(手押し車など)だと長く歩ける |
| 脈の拍動 | 足の甲の脈が弱い、触れない | 正常に触れる |
| 足の温度 | 冷たいことが多い(特に片足) | 冷感はあるが、実際の皮膚温低下は少ない |
脊柱管狭窄症の場合、神経の圧迫が原因であるため、腰を丸めて前かがみになると神経の通り道が広がり、症状が楽になります。そのため、スーパーのカートや農作業用の手押し車(一輪車など)を押して歩くときは、いくらでも歩けるという特徴があります。これを「ショッピングカート徴候」と呼ぶこともあります。
参考)https://www.city.tsugaru.aomori.jp/material/files/group/3/koho201102-5.pdf
一方、閉塞性動脈硬化症は、筋肉への酸素供給不足が原因であるため、腰を曲げても血管が広がるわけではありません。そのため、手押し車を押していても、カートを使っていても、歩いて筋肉を使えば痛みが出ます。逆に、姿勢を変えなくても、ただその場に立ち止まって筋肉を休ませるだけで、血流の需給バランスが整い痛みが引いていきます。
また、自転車に乗れるかどうかも判断材料になります。脊柱管狭窄症の人は、自転車に乗る(前かがみの姿勢で座る)ことは苦にならず、どこまでも漕げる場合が多いです。しかし、閉塞性動脈硬化症の人は、自転車を漕ぐという動作自体が足の筋肉を使うため、太ももやふくらはぎが痛くなり、漕ぎ続けることが難しくなります。
もし、「手押し車を押していても足が痛くて歩けない」「立ち止まらないと痛みが引かない」という場合は、腰の病気よりも血管の病気、つまり閉塞性動脈硬化症の疑いが強くなります。もちろん、高齢の方ではこの2つの病気を合併していることも珍しくないため、自己判断せずに整形外科と血管外科の両方の視点から診察を受けることが理想的です。
参考)ロコモの前兆「長く歩けない」に注意 痛みがあれば受診 - 日…
日本整形外科学会の公式サイトでは、脊柱管狭窄症を含むロコモティブシンドロームについての解説があり、症状の比較参考になります。
「足が痛いけれど、少し休めば治るから」といって閉塞性動脈硬化症の初期症状を放置することは、極めて危険です。この病気は自然に治ることはなく、適切な治療を行わなければ動脈硬化は確実に進行していきます。初期の冷感や間欠性跛行を放置し、フォンテイン分類Ⅲ度(安静時疼痛)へと進行すると、じっとしていても、夜布団に入って寝ていても足がズキズキと痛むようになります。こうなると睡眠も妨げられ、日常生活に大きな支障をきたします。
参考)閉塞性動脈硬化症
さらに進行してフォンテイン分類Ⅳ度になると、足にできた小さな傷や靴擦れが治らず、そこから潰瘍ができたり、組織が黒く変色して死んでしまう「壊死(えし)」の状態になります。いわゆる「足の腐った状態」です。ここまで進行してしまうと、カテーテル治療やバイパス手術などの血行再建術を行っても救肢(足を残すこと)が難しくなり、最悪の場合は足の切断を余儀なくされることもあります。足を失うことは、農業に従事する方にとっては職を失うことにも直結する深刻な事態です。
参考)慢性閉塞性動脈硬化症(ASO) | 一般社団法人 日本血栓止…
閉塞性動脈硬化症を悪化させる最大のリスク要因は「喫煙」です。タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させ、一酸化炭素は血管の内壁を傷つけ動脈硬化を加速させます。農業従事者の中には、休憩時の一服を楽しみにされている方も多いかと思いますが、診断された時点で禁煙は絶対条件となります。実際、足を切断することになった患者さんの多くが、ヘビースモーカーであるというデータもあります。
参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) 閉塞性動脈硬化症
また、「糖尿病」も非常に危険な合併症です。高血糖状態は血管ボロボロにし、さらに神経障害によって足の痛みに鈍感になるため、壊死がかなり進行するまで気づかないことがあります。「痛くないから大丈夫」ではなく、「痛くないのに足の色がおかしい」ことこそが、糖尿病患者における閉塞性動脈硬化症の最も恐ろしいサインなのです。
その他、高血圧や脂質異常症(高コレステロール)などの生活習慣病も動脈硬化の原因となります。定期的な健康診断を受け、これらの数値を管理することは、心筋梗塞や脳卒中の予防になるだけでなく、大切な「足」を守ることにもつながります。足の健康は、畑に立ち続けるための資本です。少しでも違和感を感じたら、血管の専門医がいる病院でABI(足関節上腕血圧比)検査などの簡単な検査を受けることを強くお勧めします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11088770/
糖尿病ネットワークなどの情報サイトでは、糖尿病と足病変(フットケア)の関係について詳しく解説されており、足を守るための日々のケア方法が学べます。