「健康診断の結果を見て驚いた」「体重は標準以下なのに、なぜ脂質の数値だけが高いのか」と疑問を抱く方は少なくありません。一般的に、脂質異常症(旧:高脂血症)は肥満の方に多い生活習慣病というイメージが定着しています。しかし、実際にはBMIが20未満の「痩せ型」や「スリム体型」の方であっても、LDLコレステロール値や中性脂肪値が基準値を大きく上回るケースは珍しくありません。
痩せている人に起こる脂質異常症は、単純な食べ過ぎやカロリーオーバーだけでは説明がつかないことが多く、その背景には複雑な要因が絡み合っています。体型に現れないからこそ、自覚症状がないまま動脈硬化が進行してしまうリスクも潜んでいます。見た目の細さに油断せず、体の中で何が起きているのかを正しく理解することが、将来の健康を守るための第一歩となります。
痩せている人でも脂質異常症になる原因やメカニズムについて|上島医院
痩せている人が脂質異常症になる主な要因としては、個人の体質や遺伝、年齢によるホルモンバランスの変化、そして「隠れ肥満」と呼ばれる体組成の問題が挙げられます。体重計の数字だけでは見えてこない、血液の中の脂質バランスが崩れるメカニズムを詳しく紐解いていきましょう。
痩せている人の食生活において、意外な落とし穴となるのが「食事の質」と「アルコール」です。体重が増えないからといって、好きなものを好きなだけ食べていても大丈夫だという誤解が、脂質異常症の引き金になることがあります。
また、アルコールの影響も無視できません。お酒、特にビールや日本酒、甘いカクテルなどは中性脂肪の合成を促進します。さらに重要なのは、アルコールが肝臓での脂質代謝のバランスを崩す点です。
アルコールが体内に入ると、肝臓は有毒なアセトアルデヒドの分解を最優先に行います。この間、脂肪酸の分解は後回しにされ、行き場を失った脂肪酸は中性脂肪として肝臓に蓄積されたり、血液中に放出されたりします。痩せている人の中には、アルコールの分解能力が高い「お酒に強い」人もいますが、飲み過ぎれば肝臓への負担は避けられません。晩酌の習慣がある痩せ型の方は、体重が変わらなくても中性脂肪値だけが高いという現象がよく見られます。
脂質異常症の食事療法と痩せている人の改善ポイント|ながら内科クリニック
さらに、「痩せの大食い」タイプの方は、吸収不良や代謝亢進によって体重が増えないだけで、血管内は高脂血症の状態である「メタボリック・スリム」である可能性があります。食事の内容を見直し、動物性脂肪を控え、魚に含まれるEPA・DHAや、食物繊維(野菜、海藻、きのこ類)を積極的に摂ることが重要です。食物繊維は余分なコレステロールを吸着して体外に排出する働きがあるため、痩せている人こそ意識して摂取する必要があります。
生活習慣に気をつけているのに、あるいは極端に痩せているのにLDLコレステロール値が高い場合、最も疑われるのが「遺伝」の影響です。私たちの体内のコレステロールの約7〜8割は肝臓で合成されており、食事から摂取されるのは残りの2〜3割に過ぎません。この肝臓での合成や代謝の調節機能は、遺伝子によって大きく左右されます。
その代表的なものが「家族性高コレステロール血症(FH)」です。これは、血液中のLDLコレステロールを肝臓に取り込んで処理するための「LDL受容体」という受け皿が、遺伝的に働かなかったり、数が少なかったりする病気です。
「家族にコレステロールが高い人はいますか?」という医師の質問は、この可能性を探るためのものです。もし両親や祖父母、兄弟に脂質異常症の人がいたり、若くして心臓病を患った人がいる場合は、ご自身の数値も遺伝的要因によるものである可能性が高いでしょう。
痩せ型の脂質異常症における遺伝的要因と対策|治験ジャパン
遺伝的な脂質異常症の場合、食事療法や運動療法だけでは数値を正常範囲まで下げることが難しいケースが多々あります。その場合は、スタチンなどの薬物療法が必要不可欠となります。「痩せているから薬は飲みたくない」と自己判断せず、遺伝的なリスクを正しく評価し、適切な治療を受けることが寿命を延ばすことにつながります。アキレス腱が厚くなっていたり、黒目の周りに白い輪(角膜輪)が見られたりすることも、FHの特徴的なサインです。
「若い頃はどれだけ食べても太らなかったし、健康診断もオールAだった」という痩せ型の女性が、40代後半から50代にかけて急激に脂質の数値を悪化させるケースが非常に多く見られます。この現象の背景にあるのが、女性ホルモン「エストロゲン」の劇的な変化です。
エストロゲンは、女性の健康を守る強力な守護神のような存在です。具体的には、以下のような脂質代謝に有利な働きをしています。
しかし、閉経前後(更年期)を迎えると、卵巣機能の低下に伴いエストロゲンの分泌量は急激に減少します。これによって、今までエストロゲンの恩恵でコントロールされていた脂質代謝のバランスが一気に崩れ、LDLコレステロールが上昇しやすくなります。この変化は「生理的な現象」に近く、食事や体重管理だけで抑え込むのは非常に困難です。
女性特有の脂質異常症と女性ホルモンの関係|ウィミンズクリニック札幌
痩せている女性の場合、元々の筋肉量が少ないこともあり、更年期以降の代謝低下が顕著に現れやすい傾向があります。体重が変わらなくても、体の中身は「脂質を処理しにくい体」へと変化しています。「太っていないから大丈夫」という過信は禁物です。更年期以降は、ホルモンの盾がなくなった状態であることを自覚し、より一層の生活習慣の改善や、必要に応じた医療的な介入を検討する必要があります。甲状腺疾患(後述)も女性に多いため、ホルモンバランスのチェックは総合的に行うことが望ましいでしょう。
痩せている人の脂質異常症の原因として、見逃されがちですが非常に重要なのが「甲状腺機能」と「ストレス」の関係です。これは一般的な健康情報ではあまり深く掘り下げられない、独自の視点とも言える重要なポイントです。
まず、甲状腺ホルモンについてです。甲状腺ホルモンは全身の代謝を活発にする働きがあり、脂質の代謝にも深く関わっています。特に「甲状腺機能低下症(橋本病など)」では、甲状腺ホルモンの分泌が減ることで全身の代謝がスローダウンします。
次に、ストレスの影響です。痩せている人の中には、神経質で真面目、常に緊張状態にあるといった「ストレスを感じやすい気質」の方も少なくありません。強いストレスを感じると、体は対抗するために「コルチゾール」というホルモンを副腎から分泌します。
コルチゾールは、緊急時にすぐにエネルギーを使えるようにするため、脂肪組織から脂肪酸を遊離させ、肝臓でのコレステロールや中性脂肪の合成を促進する作用があります。また、慢性的なストレスは自律神経の交感神経を刺激し続け、血管を収縮させて血圧を上げると同時に、血液中の脂質バランスを悪化させます。
脂質異常症と甲状腺機能異常の深い関連性|佐藤内科クリニック
「痩せていて神経質」なタイプの方は、食事制限よりもまず、ストレスマネジメントや十分な睡眠、そして内分泌(ホルモン)系の疾患が隠れていないかの検査が、脂質異常症の改善への近道となる場合があります。原因不明の高コレステロール血症の場合、一度内分泌内科で甲状腺機能(TSH, FT3, FT4)をチェックすることをお勧めします。
最後に、痩せている人の脂質異常症の最大の敵とも言えるのが「隠れ肥満(サルコペニア肥満)」と「運動不足」です。BMI(体格指数)が標準範囲内、あるいは痩せ型であっても、体脂肪率が高い状態を指します。
人間の体は、筋肉と脂肪、骨、水分などで構成されています。体重が軽くても、筋肉量が極端に少なく、その分を脂肪が占めている場合、医学的には「肥満」と同じような代謝異常を引き起こします。特に内臓の周りに付く「内臓脂肪」は、生理活性物質(アディポサイトカイン)を放出し、インスリンの効きを悪くしたり、脂質代謝を乱したりする悪玉として働きます。
痩せている人の脂質異常症改善には、単なる「カロリー制限」は逆効果になることが多いです。むしろ、タンパク質をしっかり摂取し、筋肉をつけるための運動が不可欠です。
推奨されるのは、有酸素運動と筋力トレーニングの組み合わせです。ウォーキングなどの有酸素運動は、血液中の中性脂肪を燃やし、善玉(HDL)コレステロールを増やす効果があります。一方、スクワットや腕立て伏せなどの筋力トレーニングは、筋肉量を増やして基礎代謝を底上げし、糖や脂質の処理能力を高めます。
運動不足と脂質異常症の関係および改善方法|しらかわ内科クリニック
痩せているからこそ、「体重を落とす」ことではなく「体の中身を変える」ことを目標にしてください。週に2〜3回、うっすら汗をかく程度の運動を習慣にすることで、筋肉が活性化し、血液中の脂質掃除がスムーズに行われるようになります。スリムで健康的な体を本当の意味で手に入れるためには、筋肉というエンジンのメンテナンスを怠らないことが大切です。