炎症性腸疾患(IBD)は、腸の粘膜に慢性的な炎症や潰瘍が生じる疾患の総称であり、主に「潰瘍性大腸炎」と「クローン病」の2つに分類されます 。これらの病気は、初期段階では一般的な感染性腸炎や食あたりと区別がつきにくいことがありますが、最大の特徴は症状が長期間持続し、良くなったり悪くなったりを繰り返す(寛解と再燃)点にあります 。
参考)https://www.med.jrc.or.jp/tabid/802/Default.aspx
主な初期サインとして、以下の症状が挙げられます。
参考)炎症性腸疾患
意外と知られていないのが、消化器以外の全身症状です。炎症性腸疾患は全身性の疾患であるため、腸の症状が出る前に、あるいは同時に以下のようなトラブルが現れることがあります 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11351332/
参考)炎症性腸疾患(IBD)
これらの症状は、「疲れがたまっているだけ」「ただの痔だろう」と放置されがちですが、特に20代〜30代の若い世代での発症も多いため、少しでも違和感があれば専門医への相談が必要です 。
難病情報センター:潰瘍性大腸炎(指定難病97) - 症状や治療法の詳細
三井記念病院:炎症性腸疾患の症状と病態について
炎症性腸疾患の二大疾患である潰瘍性大腸炎とクローン病は、症状が似ていますが、炎症が起きる「場所」と「深さ」に決定的な違いがあります 。この違いを理解することは、適切な治療と生活管理を行う上で非常に重要です。
参考)潰瘍性大腸炎・クローン病の違い|所沢駅前ひだか消化器内科肛門…
| 特徴 | 潰瘍性大腸炎 (UC) | クローン病 (CD) |
|---|---|---|
| 炎症の場所 | 大腸のみに限定される。直腸から始まり、連続して奥へと広がっていくのが特徴 。 | 口から肛門まで、消化管のどこにでも発生する可能性がある。小腸と大腸にまたがることが多く、病変が飛び飛びに現れる(非連続性病変) 。 |
| 炎症の深さ | 主に粘膜の表面(浅い層)にとどまる。びらんや潰瘍が形成される 。 | 腸の壁の全層(深い層)まで炎症が及ぶ。そのため、腸に穴が開いたり(穿孔)、腸同士が癒着したりしやすい 。 |
| 主な症状 | 粘血便(血の混じった下痢)が主症状。腹痛、しぶり腹など 。 | 腹痛と下痢が主症状。血便はUCほど頻繁ではないが、肛門病変(痔瘻など)や体重減少が目立つ 。 |
| 合併症 | 大腸がんのリスク(長期罹患の場合)、大量出血、中毒性巨大結腸症など 。 | 痔瘻(じろう)、狭窄(腸が狭くなる)、瘻孔(腸と他の臓器がつながる)、膿瘍(膿がたまる)など 。 |
| 喫煙の影響 | 喫煙者は発症リスクが低いとされる(※治療として喫煙を推奨するわけではない)。禁煙後に発症することもある。 |
喫煙は最大のリスク因子。症状を悪化させ、再発率を高めるため、禁煙が強く推奨される |
特に注目すべき意外な点は、「肛門のトラブル」です。クローン病の患者さんの場合、お腹の症状が出る前に「治りにくい痔(痔瘻)」で悩まされ、肛門科を受診して初めてクローン病が見つかるケースが少なくありません 。農作業中に「お尻が痛くて座れない」「下着が汚れる」といった症状がある場合は、単なる痔ではなく腸の病気が隠れている可能性があります。
また、両疾患ともに国の指定難病であり、医療費助成の対象となる場合があります。適切な診断を受けることで、経済的な負担を減らしながら治療を継続することが可能です 。
参考)炎症性腸疾患はストレスが原因? - おかだ消化器・内科クリニ…
所沢消化器・内視鏡クリニック:潰瘍性大腸炎とクローン病の発生場所の違い
井野病院:両疾患の症状・原因・治療法の比較解説
「ストレスが原因で炎症性腸疾患になるのですか?」という疑問をよく耳にしますが、現在の医学では、ストレスそのものが直接的な発症原因であるという証拠はありません 。発症には、遺伝的な要因、食生活の欧米化、腸内細菌のバランス、免疫の異常など、複数の要因が複雑に関与していると考えられています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8137635/
しかし、「症状を悪化させる(再燃させる)引き金」として、ストレスは非常に大きな影響力を持っています 。これは「脳腸相関(のうちょうそうかん)」と呼ばれるメカニズムによるものです。
参考)ストレスへの対処について-武田薬品工業|IBDステーション:…
農業従事者の場合、以下のような特有のストレス要因が症状悪化のトリガーになり得ます。
対策としては、ストレスをゼロにするのではなく、「腸に影響が出る前にリセットする」ことが重要です。
例えば、農作業の合間に短い休憩をとって深呼吸をする、繁忙期でも睡眠時間は死守する、趣味の時間を持つなど、意識的に脳を休ませる工夫が必要です 。また、IBD患者さんは「真面目で責任感が強い」方が多いと言われており、体調が悪い時でも無理をしてしまいがちです。「今日はここまで」と割り切る勇気を持つことも、腸を守る立派な治療の一つと言えます。
IBDステーション:ストレスとIBDの関係・対処法
おかだ消化器・内科クリニック:脳腸相関とストレス管理について
農業に従事する方にとって、炎症性腸疾患の最大の問題は「屋外作業中のトイレ確保」と「体勢による腹部への負担」です。一般的なオフィスワークとは異なる、農業特有の課題に対する実践的な対策を紹介します。
まず、切実な問題であるトイレへのアクセスについてです。
炎症性腸疾患の活動期には、急激な便意(便意切迫感)が襲ってくることがあります 。広大な畑やビニールハウスでの作業中、近くにトイレがないことは精神的に大きな不安となり、その不安自体がさらに便意を誘発する悪循環に陥りかねません 。
参考)腸に炎症が起きているかも?
次に、作業姿勢と身体的負担への対策です。
農作業特有の「かがみ込み」や「重量物の運搬」は、腸に物理的な圧力をかけます。
「農業を続けたいけれど、トイレが不安で諦めなければならない」と思い詰める前に、環境を工夫することで就農を継続している患者さんはたくさんいます。自身の病状を理解し、無理のない作業環境を整えることは、長く農業を続けるための土台となります。
「もしかして炎症性腸疾患かも?」と感じた場合、早めに消化器内科を受診することが、将来の重症化を防ぐカギとなります 。特に、血便が出ている場合は「痔だろう」と自己判断せず、必ず検査を受けるべきです 。ここでは、受診から診断までの一般的な流れを解説します。
医師に対して、症状がいつから続いているか、1日の排便回数、便の状態(血が混じるか)、腹痛の場所、発熱や体重減少の有無などを詳しく伝えます。「農作業中に急な便意で困っている」といった生活上の悩みも伝えると、治療方針の決定に役立ちます 。
体の中で炎症が起きているかを調べます。CRP(炎症反応)の数値や、貧血(ヘモグロビン値)、栄養状態(アルブミン値)などをチェックします 。IBDでは、慢性的な出血による貧血や、炎症によるCRP上昇が見られることが一般的です。
近年注目されているのが「便カルプロテクチン検査」です。これは、便の中に含まれる特定のタンパク質を調べることで、腸に炎症があるかどうかを数値で判定できる検査です。内視鏡検査よりも身体的負担が少なく、IBDの可能性があるかどうかのスクリーニング(ふるい分け)や、病状のモニタリングに非常に有用です 。
確定診断のために不可欠な検査です。肛門からカメラを挿入し、腸の粘膜を直接観察します。潰瘍性大腸炎なら「血管が見えなくなるほどのびらんや出血」、クローン病なら「縦に走る潰瘍や敷石状の病変」など、特徴的な所見を確認します 。必要に応じて粘膜の一部を採取(生検)し、顕微鏡で詳しく調べます。
クローン病が疑われる場合、小腸にも病変がある可能性があるため、CTやMRI、カプセル内視鏡などを使って小腸の状態を調べることがあります 。
診断がついた後は、症状を抑える「寛解導入療法」を行い、その後、良い状態を維持する「寛解維持療法」へと移行します 。現在は、飲み薬だけでなく、炎症物質をピンポイントで抑える生物学的製剤(注射や点滴)など、治療の選択肢が飛躍的に増えています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11970819/
「難病=不治の病」と恐れるのではなく、適切な治療を受ければ、これまで通り農作業を続けながら普通の生活を送ることが十分に可能です。症状に心当たりがある方は、勇気を出して専門医のドアを叩いてください。
Thermofisher:腸の炎症をチェックする便カルプロテクチン検査とは
東京大学消化器内科:炎症性腸疾患の診断と重症度判定