家畜の「ディスバイオシス」は、腸内細菌叢(腸内フローラ)の構成や機能バランスが崩れ、宿主(家畜)の健康・生産性に不利な方向へ傾く状態として捉えると、現場の判断に役立ちます。特に子牛・子豚の段階では、腸内細菌叢がまだ安定していないため、飼養環境や飼料、疾病ストレスの影響を受けやすく、下痢や発育停滞の引き金になりやすい点が重要です。豚では腸内細菌叢の研究が急速に進み、「腸内細菌叢は新たな臓器」「宿主と腸内細菌叢は一体(超生命体)」といった概念が整理され、疾病や生産性との関連が今後さらに大きなトピックになると述べられています。
下痢は“水っぽい便”という症状だけで終わらず、脱水・電解質異常、採食量低下、増体の鈍化、治療コスト増、作業負担増につながります。つまり、ディスバイオシスの本当の損失は「下痢の回数」よりも「下痢が引き起こす連鎖」にあります。さらにやっかいなのは、便が少し軟らかい程度でも、腸内の炎症や吸収効率の低下が潜んでいるケースがあることです。
現場でディスバイオシスを疑うときは、原因探しを「病原体一点張り」にせず、腸内細菌叢を揺らす要因を並行して点検すると、対策が早くなります。例えば次のような要因は、単体でも複合でも腸内環境を崩し得ます。
「下痢=感染症」と決めつけず、「感染症+腸内細菌叢の崩れ」で重くなる構図を前提にすると、再発を減らしやすくなります。
参考:豚の腸内細菌叢が“新たな臓器”として捉えられ、疾病や生産性との関連研究が重要トピックになる背景
農研機構収載PDF:豚におけるプロバイオティクス及び腸内細菌叢に関する最近の話題と研究
牛など反芻家畜では、腸内環境を語るときに「ルーメン(第一胃)」を避けて通れません。ルーメンは微生物の発酵槽であり、pHが通常は弱酸性(おおむねpH6~7)に保たれることで、繊維分解などの発酵が安定して回るという整理が基本です。ところが濃厚飼料の多給や急な飼料変更などでpHが下がると、ルーメン内に乳酸が蓄積し、微生物の死滅、ルーメン運動の停止、食欲減退などを伴う「アシドーシス」の状態に至り得ると説明されています。さらにpHが5.2を下回ると、正常なルーメン微生物叢と異なり、乳酸を発生させる微生物が主体になっていくという記述もあり、微生物叢の“相転移”のような現象が起きる点がポイントです。
ここで重要なのは、ルーメンアシドーシスが「胃の中の話」で終わらないことです。ルーメン側で発酵のバランスが崩れると、未消化成分や酸性の内容物が後段へ流れ、腸管側のディスバイオシス(後腸の細菌叢異常)につながる可能性が出てきます。現場感覚としては、濃厚飼料設計や採食ムラの改善をしない限り、整腸剤だけで“尻ぬぐい”し続ける構図になりやすいので、飼料と管理の両面で上流から直す必要があります。
観察のコツは「ルーメン由来の不調サイン」と「腸由来の不調サイン」を同時に拾うことです。例えば、採食行動の変化、反芻の減少、便性状の変化(泡・未消化粒・強い酸臭など)、群内でのばらつき増大は、微生物叢の乱れが進んでいるアラートになり得ます。
参考:ルーメンpH低下で乳酸が蓄積しアシドーシスに至る流れ(発酵槽としてのルーメン環境)
PDF:微生物の発酵槽としてのルーメン環境
参考:pH5.2を下回ると乳酸産生主体の微生物叢になり得る(ルーメンアシドーシス解説)
PDF:万病のもと ルーメンアシドーシス
腸内細菌叢の立て直しで現場導入しやすい選択肢が、プロバイオティクスとプレバイオティクス、そして両者を組み合わせるシンバイオティクスです。豚を対象にした総説では、プロバイオティクスは「十分量を摂取したときに宿主に有益な効果を与える生きた微生物」といった定義が示され、豚でも乳酸菌など多様な菌種が研究されていることが整理されています。またプレバイオティクスは、消化管内の有用菌の増殖や活性を選択的に刺激し、宿主に有用な影響を与える成分として整理され、胃酸への抵抗性や消化されずに届くこと等の基準も示されています。
現場では「何を入れるか」だけでなく、「いつ・どこに効かせたいか」を先に決めると失敗が減ります。例えば子豚の離乳期は、ストレスと飼料切替が重なり、腸内細菌叢が揺れやすい“谷”です。ここで、乳酸菌などのプロバイオティクス単独よりも、餌(基質)側を用意するプレバイオティクスを組み合わせた方が、腸内の立ち上がりが安定しやすい場面があります。実際、シンバイオティクスの投与により、腸内細菌叢が変化(LactobacillusやBifidobacteriumの増加、E. coliの減少)し、短鎖脂肪酸産生が増えたという報告が紹介されています。
「意外と見落とされがち」なのは、プレバイオティクスの候補がオリゴ糖だけではない点です。総説ではレジスタントスターチ(難消化性でんぷん)が大腸まで届き、酢酸・酪酸・プロピオン酸などの短鎖脂肪酸に変換されることで腸内環境改善に寄与し得ること、さらに海藻由来ポリサッカライド(Seawood extracts)もプレバイオティクスとして効果が期待されることが整理されています。つまり「菌を足す」だけでなく、「腸内発酵の燃料設計」を変える発想が、ディスバイオシス対策の幅を広げます。
参考:プロバイオティクス/プレバイオティクス/シンバイオティクスの定義と、腸内細菌叢変化(乳酸菌増・大腸菌減)や短鎖脂肪酸増加の記述
農研機構収載PDF:豚におけるプロバイオティクス及び腸内細菌叢に関する最近の話題と研究
抗菌剤や抗菌性飼料添加物は、感染症対策の武器である一方、腸内細菌叢の多様性や構造に影響を与え得る点を織り込んで運用する必要があります。豚の総説では、抗菌剤や抗菌性飼料添加物の使用が今後規制・減少に向かうことが想定され、代替としてプロバイオティクスや各種飼料添加物、さらには腸内細菌叢そのものの移植(FMT)の研究が進む流れが示されています。現場レベルでも、治療としての抗菌剤投与は必要な場面がある一方、「抗菌剤を入れているのに下痢が減らない」「止めるとすぐ再発する」なら、腸内細菌叢の崩れが慢性化している可能性を疑うべきです。
ここで押さえたいのは、「抗菌剤を否定する」ことではなく「目的を分ける」ことです。感染症の制圧(短期の火消し)と、腸内細菌叢の再建(中期の体質回復)は、同じ手段では達成しにくいからです。抗菌剤投与後に、便性状が改善しても採食・増体が戻らない個体が出るのは、炎症や消化吸収効率の低下が残るケースがあるためで、ここを埋めるのが整腸の設計になります。
また、抗菌剤の運用とセットで見直したいのが「飼料の与え方」です。ディスバイオシスが疑われる群では、次のような“腸に優しい運用”を短期間でも徹底すると、再発率が下がりやすくなります。
抗菌剤は「必要なときに、狙って、短く」が理想で、長期化させるほど腸内の回復が遅れ、結局コストが増えることがあります。
参考:抗菌剤使用が今後減少・規制へ向かう見通しと、代替としてプロバイオティクス等やFMT研究が進む流れ
農研機構収載PDF:豚におけるプロバイオティクス及び腸内細菌叢に関する最近の話題と研究
ディスバイオシス対策は、子牛・子豚の“目の前の下痢”に注目しがちですが、検索上位の一般論だけでは拾いきれない視点として、「母体側からの腸内細菌叢の基盤づくり」があります。九州大学の研究成果では、仔牛の腸内細菌叢が母牛の腸内細菌叢と関連すること、仔牛の腸内環境改善には母牛の腸内細菌叢制御が重要であることが示され、さらに母牛への中鎖脂肪酸(オクタン酸)給与により、仔牛の飼料効率が改善する傾向が認められたと報告されています。効果が哺乳期(30日齢)より育成期(180日齢)で明瞭だったという点も、現場にとって示唆的です。
この発想を現場に落とすと、「仔牛に何かを足す」だけでなく、「母牛の栄養・腸内環境・ストレスを整えて、仔牛の腸内細菌叢の初期条件を良くする」方向が選択肢に入ります。例えば繁殖母牛で、分娩前後の採食低下、粗飼料品質のブレ、暑熱ストレスがあると、母体の腸内細菌叢や代謝状態が揺れ、仔の立ち上がりにも影響する可能性があります。もちろん全農場がすぐに中鎖脂肪酸を導入できるとは限りませんが、「母体側の介入で仔の成績が動く」という前提は、分娩前後管理の投資優先度を変える力があります。
具体的な現場アクション例としては、次のように“母→仔”の連鎖を意識した点検が有効です。
ディスバイオシス対策は「整腸剤を買う話」になりやすいのですが、実際には“腸内細菌叢が崩れにくい飼養設計”を作る方が、長期的には再発とコストを減らせます。
参考:母牛の腸内細菌叢制御が仔牛の腸内環境や飼料効率に影響し得る(中鎖脂肪酸オクタン酸給与の研究成果)
九州大学 研究成果:母牛から仔牛へ”腸内細菌のバトン”