土地改良法は、日本の農業基盤を支える最も重要な法律の一つですが、「いつ改正されたのか」「自分たちにどう関係するのか」を正確に把握している農家の方は意外と多くありません。特に近年は、自然災害の激甚化や農業従事者の高齢化に伴い、農家の負担を減らし、手続きを簡素化する方向で大きな改正が相次いでいます。
ここでは、近年の重要な改正タイミングと、それが現場にどのような影響を与えているのかを深掘りします。特に注目すべきは、平成29年(2017年)、平成30年(2018年)、そして令和に入ってからの動きです。これらは単なる法律用語の変更ではなく、「お金(負担金)」と「権利(同意)」に直結する内容です。
土地改良法の改正は、戦後の制定以来、時代の要請に合わせて何度も行われてきましたが、農家にとっての「パラダイムシフト」とも言える大きな改正は、平成29年と平成30年、そして令和の直近の動きに集中しています。これらを知らずに古い知識のままでいると、受けられるはずの支援を受け損ねたり、不要な心配を抱えたりすることになりかねません。
主な改正のタイムラインと、その「狙い」を整理しました。
| 改正時期 | 通称・キーワード | 主な変更点と農家への影響 |
|---|---|---|
| 平成29年(2017年) | 機構関連事業の創設 | 【負担なし・同意不要】農地中間管理機構(バンク)が借り受ける農地で行う整備事業について、農家の費用負担と同意手続きを不要にしました。担い手への農地集積を加速させるのが目的です。 |
| 平成30年(2018年) | 防災・減災対策の強化 | 【申請不要・負担原則なし】ため池や用排水路の耐震化など、緊急性が高い防災工事を、農家の申請(同意)を待たずに都道府県などが実施できる仕組みに変えました。 |
| 令和4年(2022年) | 手続きの簡素化・DX | 【総会手続きの緩和】土地改良区の総会運営のデジタル化や、換地処分の手続き簡素化など、事務負担を減らすための細かい修正が行われました。 |
| 令和7年(2025年) | 維持管理の効率化 |
【管理主体の柔軟化】施設の老朽化に対応するため、土地改良区以外の主体(民間など)との連携や、施設の統廃合を進めやすくする法的枠組みが議論・整備されています。 |
土地改良法(農林水産省)
※農林水産省の公式サイトで、各改正条文の原文や概要資料を確認できます。
特に重要なのは、「いつ」改正されたかという事実よりも、「申請主義」から「職権主義(行政主導)」へのシフトが起きているという点です。かつては「農家がまとまってお願いする」のが基本でしたが、今は「国や県が主導して守る」というスタイルに、法律の骨格自体が変化しています。
これは、豪雨災害などで「同意が取れないから工事ができず、結果として決壊して被害が出た」という過去の教訓が強く反映されています。令和の土地改良法は、まさに「農業を守るためのスピード重視」へと進化しているのです。
土地改良事業において、最もハードルが高かったのが「3分の2以上の同意」という要件です。従来の法律では、地域で何か工事をする際、原則として農家(組合員)の3分の2以上の同意書を集める必要がありました。しかし、不在地主の増加や、高齢化による離農で、このハンコを集める作業自体が事業の最大のボトルネックとなっていました。
近年の改正では、この「同意要件」に革命的な例外規定が設けられました。
平成30年の改正により、地震や豪雨対策などの「防災・減災事業」に関しては、農家の同意や申請を前提とせず、国や都道府県が計画を立てて実施できるようになりました。これは、「個人の利益(営農のしやすさ)」よりも「地域の安全(公益)」を優先するという法的判断です。
参考)「土地改良法等の一部を改正する法律案」についての調査(NHK…
同意が必要な場合でも、そのプロセスが簡単になっています。例えば、以前は一人ひとり訪問して説明し、署名を貰う必要がありましたが、現在は説明会での決議や、一定期間異議申し立てがない場合を同意とみなすような運用緩和も進んでいます。また、令和に入ってからは、総会や総代会へのオンライン出席や書面議決の要件も明確化され、わざわざ公民館に集まらなくても意思決定ができるようになりつつあります。
改正前は、農地を持っていても耕作していない人(土地持ち非農家)の同意も必要で、これが同意形成を阻害していました。改正により、実際に耕作していない人や、費用負担をしない申出をした人を除外して同意率を計算できる仕組みが強化されました。これにより、やる気のある農家だけで迅速に意思決定ができるようになっています。
「工事をするのはいいけど、高い賦課金(負担金)が来るのは困る」というのが、農家の本音でしょう。土地改良法の改正は、この費用負担のルールも大きく変えました。
結論から言うと、「防災目的」や「農地集積目的」の事業であれば、農家の負担は限りなくゼロ、または大幅に軽減される仕組みになっています。
平成30年改正で導入された「急施の防災事業」は、基本的に国と地方自治体が費用を負担します。これは、その工事が「農家の生産性向上(私益)」よりも、「地域住民の生命財産を守る(公益)」という性質が強いためです。
平成29年改正の目玉です。農地バンクに貸し出した農地で、区画拡大などの整備を行う場合、農家の費用負担は求められません。工事費用は国と借り手(担い手企業など)が、あるいは国が全額を持つスキームが組まれます。
通常の土地改良事業(ほ場整備など)でも、償還期間(ローン期間)の柔軟化や、初年度の負担を抑える措置が拡充されています。また、「特別決済」制度により、事業完了後に農地を転用して利益が出た場合に、その利益から高い精算金を徴収する代わりに、営農を続ける期間の負担を抑えるという仕組みも一般的になっています。
全国土地改良事業団体連合会(全土連)
※お住まいの地域の土地改良区の連絡先や、最新の支援事業情報を検索するのに便利です。
注意点として、すべての工事が無料になるわけではありません。あくまで「法律で指定された特定の条件(防災、集積)」を満たす必要があります。「自分の地区の水路改修は対象になるのか?」は、最寄りの土地改良区または自治体の農林課に確認する必要があります。
ここでは、あまり語られない「独自視点」として、土地改良法改正がもたらした「農業用施設の公共インフラ化」について解説します。
これまで、田んぼのダム機能や水路の排水機能は、あくまで「農業のため」の付随機能として扱われてきました。しかし、改正土地改良法は、これらを「地域を守る社会インフラ」として明確に位置づけ直しました。
これは農家にとって、「責任の軽減」を意味します。
昔の法律のままでは、例えば豪雨で農業用ため池が決壊し、下流の住宅に被害が出た場合、管理主体である土地改良区(=構成員である農家)が損害賠償責任を問われるリスクがありました。
しかし、改正によって行政が主導して「防災工事」を行えるようになったことで、施設の安全管理に対する行政の関与が強まりました。これは、万が一の災害時に、農家だけが無限責任を負わされるリスクを、法制度として減らしているとも解釈できます。
防災重視の改正は、スマート農業ともリンクしています。豪雨の中、水門を閉めに行って農家が亡くなる事故が後を絶ちません。改正法の流れにある「防災機能の強化」には、遠隔操作できる自動給水栓や水門の導入支援も含まれています。
「法改正いつ?」という疑問の答えは、単なる日付ではなく、「危険な作業を農家がしなくて済む時代がいつ来るか」という問いへの回答でもあるのです。
参考)https://www.maff.go.jp/j/nousin/nn_youkou/attach/pdf/youkou-572.pdf
最後に、これからの農業経営に不可欠な「農地中間管理機構(通称:農地バンク)」と土地改良法の関係について解説します。
平成29年の改正以降、土地改良事業は「人と農地のマッチング」とセットで進められるのがスタンダードになりました。
以前は、土地の「所有者」の同意が絶対でした。しかし、実際の耕作者と所有者が異なるケースが増えています。改正法では、農地バンクが間に入ることで、「実際に耕作する担い手」の意向を反映した整備がしやすくなりました。
「あそこの畑、水はけが悪くて借り手がいない」という土地でも、バンクを通じて整備事業を入れることで、負担金なしで優良農地に生まれ変わり、スムーズに担い手に引き渡せるルートが確立されています。
農地の貸し借り手続き(利用権設定)と、基盤整備の手続きが連動するようになりました。これにより、「工事が終わった後に貸し手を探す」のではなく、「貸し借りの予約付きで工事を始める」ことができ、事業完了後の未作付リスク(耕作放棄地に戻るリスク)を排除しています。
以下の項目に当てはまる場合、改正土地改良法のスキームを活用できる可能性が高いです。
これらに該当する場合、従来の「農家がお金を出し合って直す」方法ではなく、改正法に基づく「行政主導・負担軽減型」の事業が適用できないか、総代や役場に相談してみる価値があります。法律は「知っている者」だけを助けます。改正された制度をフル活用し、賢く農業経営を守りましょう。