農地中間管理機構を活用した農地の貸借において、契約書は一般的な賃貸借契約とは異なる法的性質と手続きを持ちます。これは「利用権設定」という行政処分に近い性質を帯びているためで、印紙税の特例や解約時の厳格なルールが適用されます。ここでは、実務で特に重要となる契約書の取り扱いについて詳細に解説します。
農地中間管理機構が作成する契約書等のデータや記載内容は、法的な権利関係を確定させる重要なものです。
参考)https://fnk.or.jp/wp/wp-content/uploads/2023/10/2fdde1f47a0a7436661e4c416a1ae2fd.pdf
農地中間管理機構を介した契約において、最も頻繁に問われるのが収入印紙の要否です。結論から言えば、機構が介在する「賃貸借契約」の多くは印紙税が非課税、あるいは軽減される特例措置が適用されますが、全ての書類が不要なわけではありません。
参考)https://ninaiteokayama.or.jp/document/kikou/baibai/R2.8_baibai_leaflet.pdf
印紙税は契約書の「通数」ごとに課税されるため、原本を2通作成すればそれぞれに印紙が必要になりますが、コピーを保管用とする場合は課税されません。
| 契約等の種類 | 印紙の要否 | 備考 |
|---|---|---|
| 農用地利用集積計画 | 不要 | 行政計画とみなされるため非課税 |
| 農地賃貸借契約書(機構経由) | 不要 | 多くの場合、特例により非課税 |
| 農地売買契約書 | 必要 | 契約金額に応じた印紙が必要(軽減措置あり) |
| 売買予約証書 | 必要 | 一般的に200円程度の印紙が必要となる場合がある |
農地売買契約書等の印紙税については、以下で詳細な金額や軽減措置が確認できます。
農地売買契約書に印紙は必要?金額や貼り方、不要なケースを解説
※契約金額に応じた印紙代の表や、コピーにおける取り扱いについて詳しく解説されています。
農地中間管理機構を通じて締結された契約は、原則として契約期間満了まで継続することが前提ですが、やむを得ない事情により中途解約が必要になる場合があります。この際、一般的な賃貸借契約のように「解約通知を出せば終わり」ではなく、農業委員会や都道府県知事が関与する正式な手続きが必要です。
解約には主に以下の書類とプロセスが必要です。
出し手(貸付者)と受け手(借受者)の双方が解約に合意していることが絶対条件です。一方的な契約解除は、農地法等の保護により極めて困難です。
合意が成立した後、「農地法第18条第6項の規定による通知書」や「合意解約書」を作成し、農業委員会へ提出します。これは、解約によって農地が返還される日の6ヶ月前までに成立した合意である必要があります。
機構に対しても「農用地等賃借契約解約申出書」等の指定様式を提出します。兵庫県などの例では、様式第27-2号などが指定されています。
解約に伴う違約金や、既に支払われた賃料(地代)の精算については、事前の契約条項や合意書での取り決めが優先されます。特に、圃場整備事業などに関連して機構に貸し付けている場合、解約が補助金の返還義務に直結するリスクがあるため、慎重な判断が求められます。
解約手続きに必要な具体的な様式やフローについては、以下の行政ページが参考になります。
農用地利用権設定の申出と合意解約 - 丹波市
※合意解約通知書の記入例や、出し手・受け手双方の署名捺印が必要な手続きについて解説されています。
農地中間管理機構で使用する契約関係の書類(様式)は、全国統一の書式ではなく、各都道府県の機構や公社が定めたものを使用するのが一般的です。これらは「賃貸借契約書」という名称ではなく、「農用地利用集積等促進計画」の一部や「借受希望申込書」といった名称で扱われることが多いです。
各都道府県のウェブサイトでは、ExcelやWord形式でこれらの雛形(テンプレート)が公開されています。
参考)農地中間管理事業様式集
記入にあたっては、以下の点に注意が必要です。
最新の様式は、各県の農業振興公社等のサイトからダウンロード可能です。
農地中間管理事業様式集 | 公益社団法人 茨城県農林振興公社
※借受申込書から解約合意書、現地調査票まで、実務で必要なあらゆる様式が網羅されています。
農地中間管理機構を介在させる最大のメリットは「安心感」ですが、それでも契約書の内容や解釈を巡るトラブルは発生します。特に契約期間が10年等の長期に及ぶため、事情の変化によるトラブルが目立ちます。
機構から支払われる賃料は、受け手から機構へ支払われた賃料が原資となります。受け手が賃料を滞納した場合でも機構が立て替えて支払う契約になっている場合が多いですが、長期的な不作や災害時に賃料の減額交渉が発生することがあります。契約書には「協議により賃料を改定できる」旨の条項が含まれていることが一般的です。
最も多いトラブルの一つが、契約終了時の農地の状態です。「借りた時と同じ状態で返す」のが原則ですが、10年経過すれば自然環境も変化します。
機構の契約は期間満了で自動的に終了するものが多く、自動更新特約がないケースがあります。再契約(再設定)の手続きを忘れると、「不法耕作」の状態になりかねないため、満了1年前からの通知や手続き準備が不可欠です。
多くの解説記事では触れられていませんが、農地中間管理機構の契約書には「相続人に対する強力な法的拘束力」という側面があります。これは、個人の貸し借りと異なり、契約の相手方が「公的機関(機構)」であることに起因する特有のリスクと安定性の裏返しです。
通常、個人の賃貸借契約であれば、貸主・借主の人間関係や事情の変化(死亡など)により、話し合いで柔軟に契約を終了させることが比較的容易です。しかし、機構との契約は以下の特徴を持ちます。
土地所有者(出し手)が契約期間中に亡くなった場合、その相続人は「貸付者」としての地位をそのまま引き継ぎます。相続人が「農業に関心がないからすぐに売りたい」「別の用途に使いたい」と考えても、残存期間(例:残り8年)は契約を解除できないケースが多々あります。機構側は「地域の担い手への農地集積」という公的使命を負っているため、安易な解約には応じられないのです。
契約が継続する限り、相続人は農地を自由に使えず、単に賃料を受け取るだけの存在になります。これが長期間続くと、農地に対する当事者意識が希薄になり、次の更新時期には「誰が耕しているのかもわからない」状態になり、所有者不明農地問題への入り口となるリスクも孕んでいます。
契約書を交わす段階で、「相続発生時に契約をどう扱うか」という条項を確認するか、家族間であらかじめ「この農地はあと〇年は機構に貸し続ける必要がある」という認識を共有しておくことが、将来の遺産分割協議でのトラブルを防ぐ鍵となります。この視点は、単なる事務手続きの解説にはない、長期的な資産管理としての重要なポイントです。