細胞外液輸液商品名のポイント
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種類の違い
乳酸リンゲル(ラクテック)と酢酸リンゲル(ヴィーン)の代謝経路の違いを理解する。
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牛への応用
子牛の下痢によるアシドーシス補正には、重炭酸や酢酸が有利な場合がある。
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注意点
カルシウム含有製剤と血液製剤や特定の薬剤との混合には沈殿リスクがある。
細胞外液の輸液の商品名
農業、特に畜産の現場において「輸液」は日常的な処置の一つです。しかし、獣医師の指示の下で使用するとはいえ、「なぜこの点滴剤を使うのか?」「あの商品とこの商品は何が違うのか?」と疑問に思うことはありませんか?
特に細胞外液輸液(等張電解質輸液)は、脱水補正やショック時の蘇生として最も頻繁に使用される製剤です。
ここでは、現場でよく耳にする「ラクテック」や「ソルラクト」、「ヴィーン」といった商品名の具体的な違いや、それぞれの製剤が持つ特徴、そして牛などの産業動物における選び方の基準について深掘りしていきます。単なる水分補給ではない、生命維持に直結する「水と電解質」の科学を理解することで、より適切な飼養管理と緊急時の対応が可能になります。
細胞外液輸液商品名の種類と特徴やラクテック
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細胞外液補充液(Extracellular Fluid Replacement Solution)は、失われた血液や体液を補うために設計された輸液です。その組成は、ヒトや牛の「細胞外液(血液中の血漿や組織間液)」に極めて近くなるように調整されています。
大きく分けて「生理食塩液」と「リンゲル液」に分類され、さらにリンゲル液は配合されるアルカリ化剤(緩衝剤)によって「乳酸リンゲル液」「酢酸リンゲル液」「重炭酸リンゲル液」などに細分化されます。
参考リンク:動物用医薬品の基本的な考え方と使用指針(Zoetis JP)
乳酸リンゲル液(Lactate Ringer's Solution)
最も代表的な細胞外液補充液です。
- 代表的な商品名: ラクテック(Lactec)、ソルラクト(Solulact)、ハルトマン液
- 特徴: ナトリウム、カリウム、カルシウム、クロールといった電解質に加え、「乳酸(Lactate)」が含まれています。
- 代謝の仕組み: 体内に入った乳酸は、肝臓で代謝されて重炭酸イオン(HCO3-)に変わり、体液のpHをアルカリ側に傾ける働き(アシドーシスの補正)をします。
- メリット: 長年の使用実績があり、安価で入手しやすいこと。
- デメリット: 肝臓で代謝されるため、重度の肝機能障害がある個体(例えば重篤な脂肪肝の牛など)では乳酸が代謝されず、逆に「乳酸アシドーシス」を助長するリスクが理論上あります。
酢酸リンゲル液(Acetate Ringer's Solution)
乳酸リンゲル液の欠点を補うために開発された、比較的新しい世代の輸液です。
- 代表的な商品名: ヴィーンF(Veen F)、ソルアセトF、酢酸リンゲル-V(動物用)
- 特徴: アルカリ化剤として乳酸の代わりに「酢酸(Acetate)」を使用しています。
- 代謝の仕組み: 酢酸は肝臓だけでなく、筋肉や末梢組織でも速やかに代謝されます。
- メリット: 肝機能に依存せず代謝されるため、肝障害がある場合やショック状態で肝血流が低下している場合でも、迅速にアシドーシス補正効果を発揮します。また、筋肉量の多い牛においては代謝効率が良いと考えられています。
生理食塩液(Normal Saline)
- 特徴: 0.9%の塩化ナトリウム水溶液です。
- メリット: カリウムを含まないため、高カリウム血症(尿路閉塞など)の際に安全に使用できます。また、薬剤の希釈用としても最も一般的です。
- デメリット: 大量に投与すると、クロール負荷により「高クロール性アシドーシス」を引き起こす可能性があります。また、アルカリ化剤を含まないため、代謝性アシドーシスの積極的な補正には不向きです。
参考リンク:輸液製剤の使い分け!輸液の目的や種類(看護のお仕事)
- 現場での使い分けイメージ:
- とりあえずの初期輸液や通常の脱水 → ラクテックなどの乳酸リンゲル
- 肝臓が弱っている、重症で循環不全がある → ヴィーンなどの酢酸リンゲル
- おしっこが出ていない(高カリウムの懸念)、カルシウムを入れたくない → 生理食塩液
細胞外液輸液商品名の一覧とソルラクトやヴィーン
ここでは、実際に現場で流通している主要な商品名を整理します。ヒト用と動物用が混在して使用されることが多いため、それぞれの成分特性を把握しておくことが重要です。特に「D」や「G」がついている商品はブドウ糖(Glucose/Dextrose)が付加されていることを意味し、エネルギー補給も兼ねることができますが、高血糖のリスクも考慮する必要があります。
| 分類 |
一般名 |
代表的な商品名 |
製造販売元(例) |
特徴・備考 |
| 乳酸リンゲル |
乳酸リンゲル液 |
ラクテック注 |
大塚製薬工場 |
最もスタンダード。Ca含有。 |
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ソルラクト輸液 |
テルモ |
ラクテックと同等。Ca含有。 |
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ハルトマン液 |
(各社) |
世界的な呼称。 |
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ブドウ糖加乳酸リンゲル |
ラクテックD |
大塚製薬工場 |
糖質を含みエネルギー補給が可能。 |
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ソルラクトD |
テルモ |
同上。 |
| 酢酸リンゲル |
酢酸リンゲル液 |
ヴィーンF注 |
扶桑薬品 |
酢酸配合。Ca含有Mg含有のものも。 |
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|
ソルアセトF |
テルモ |
筋肉での代謝が早い。 |
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酢酸リンゲル-V |
日本全薬工業 |
動物用医薬品。牛への適応明記。 |
| 重炭酸リンゲル |
重炭酸リンゲル液 |
ビカネイト輸液 |
大塚製薬工場 |
肝・筋代謝不要で直接アルカリ化。 |
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ビカーボン輸液 |
味の素 |
ガラス容器が多い(ガスバリア性)。 |
| 生理食塩液 |
生理食塩液 |
生食注 |
(各社) |
NaとClのみ。Ca・Kなし。 |
参考リンク:輸液の目的から見た輸液製剤の選びかた(外科医の視点)
商品名に含まれる記号の意味
商品名の末尾についているアルファベットには意味があります。
- D (Dextrose): ブドウ糖が含まれていることを示します。脱水補正と同時に、ケトーシス予防などでエネルギーを入れたい場合に有利です。
- G (Glucose): これもブドウ糖です。
- F: フリー(Free)ではなく、製剤ごとの特定の配合(FusouのFなど)を指すこともありますが、一般的にカルシウムを含まない(Ca-Free)製剤に「F」をつける慣習があるメーカーもあります(※必ず添付文書で組成を確認してください。ヴィーンFはCaを含みます)。
ソルラクトとラクテックの違い
成分組成はほぼ同一です。しかし、メーカーによってバッグの材質や注ぎ口の形状が異なります。
細胞外液輸液商品名の選び方とアシドーシスの補正
牛、特に下痢をしている子牛においては、脱水と同時に強烈な代謝性アシドーシス(血液が酸性に傾く状態)に陥っていることがほとんどです。このアシドーシスをいかに早く補正するかが、救命率を左右します。
アシドーシス補正の視点での選び方
- 軽度〜中等度のアシドーシス:
- 乳酸リンゲル(ラクテック等)でも十分対応可能です。循環血液量が回復すれば、腎臓機能と肝臓機能によってpHは正常化に向かいます。
- 重度のアシドーシス・循環不全:
- 酢酸リンゲル(ヴィーン、酢酸リンゲル-V等)が推奨されます。循環が悪く肝臓への血流が落ちていても、筋肉で酢酸が代謝され、重炭酸(アルカリ成分)を作り出せるためです。
- さらに重篤な場合は、重炭酸リンゲル(ビカネイト等)や、別途メイロン(重炭酸ナトリウム)を混注する処置が必要になります。重炭酸リンゲルは代謝の過程を経ずに直接中和できるため、即効性が最も高いです。
参考リンク:動物用医薬品 酢酸リンゲル-V 添付文書(日本全薬工業)
牛における「乳酸」の特殊事情
牛(反芻動物)特有の事情として、第一胃(ルーメン)アシドーシスがあります。穀物の多給などでルーメン内で異常発酵が起き、D-乳酸が過剰産生されている状態です。
- この状態で、さらに外部から乳酸リンゲル(L-乳酸とD-乳酸の混合物、あるいはL-乳酸のみ)を入れることについては議論があります。
- 一般的には、市販の乳酸リンゲルに含まれる乳酸の量は、ルーメンアシドーシスで産生される量に比べればわずかであり、アシドーシス是正効果(代謝されてアルカリになる)の方が上回るため使用して問題ないとされています。
- しかし、理論的に「これ以上乳酸負荷をかけたくない」という考えから、酢酸リンゲルを選択する獣医師も多いです。
カリウム濃度の確認
細胞外液輸液は、カリウム(K)濃度が4mEq/L程度と低く設定されています。
- 下痢をした子牛は、便中に大量のカリウムを喪失しており、実は体内総カリウム量が不足しています。
- 細胞外液輸液だけではカリウム補充が追いつかない場合があるため、獣医師は血液検査に基づき、塩化カリウム(KCL)製剤を商品名のボトルに追加混注することがあります。
- 注意: カリウムの急速投与は心停止を招くため、絶対に自己判断で混ぜてはいけません。
細胞外液輸液商品名の使用と保存の意外な落とし穴
最後に、添付文書や教科書にはさらっとしか書かれていないものの、現場で事故やトラブルの原因となりやすい「意外な落とし穴」について解説します。特に農業現場の環境は病院内とは異なるため、独自の注意が必要です。
1. 寒冷期の保管と「加温」の重要性
冬場の牛舎や往診車の中に置いてあった輸液剤は、外気温と同じ0℃近くまで冷えています。
- リスク: 冷たい輸液を急速投与(特に子牛に対し)すると、深部体温が急激に低下し、ショック状態が悪化したり、心機能が抑制されたりします。
- 対策: 使用前にお湯につけるなどして、体温程度(38〜40℃)に温めることが必須です。ただし、電子レンジでの加温は「突沸」や「不均一な加熱」による容器破損のリスクがあるため、メーカーは推奨していません。恒温槽や専用のウォーマーの使用が理想です。
2. 「カルシウム」と薬剤の配合変化(沈殿)
ラクテックやヴィーンなどの多くの細胞外液輸液には、カルシウム(Ca)が含まれています。これが特定の薬剤と反応して、目に見えない結晶(沈殿)を作ることがあります。
- セフトリアキソン(抗生物質): カルシウム含有輸液と混合すると、不溶性の沈殿物を形成し、肺や腎臓の血管を詰まらせる致死的なリスクが報告されています。
- 血液製剤(輸血): クエン酸加血液とカルシウム含有輸液を同じラインで流すと、凝固が発生する恐れがあります。
- 対策: 薬剤を混ぜる場合や、同じルートで他の薬を流す場合は、カルシウムを含まない「生理食塩液」や「5%ブドウ糖液」をフラッシュ(洗浄)用に使うか、そもそもCaを含まない輸液剤を選択する必要があります。
参考リンク:輸液スピードと高張輸液剤に関する考察(トータルハードマネージメントサービス)
3. 投与速度と「肺水腫」のリスク
「脱水しているから早く入れよう」と焦るあまり、全開で輸液を落とすことは危険を伴います。
- 特に肺炎を併発している子牛や、心機能が低下している老齢牛では、急激な輸液によって血管内の水分があふれ出し、肺に水がたまる肺水腫を引き起こして呼吸困難に陥る(いわゆる「溺れる」状態)ことがあります。
- 商品名による違いはありませんが、細胞外液は血管内に留まる割合が比較的低く(約1/4)、残りは組織(間質)に逃げていきます。これが浮腫(むくみ)の原因になります。
- 聴診で肺の音を確認しながら、適切な滴下速度を守ることがプロの管理です。
まとめ:現場に最適な一本を選ぶために
細胞外液輸液は、商品名によって「乳酸」「酢酸」「糖入り」「Caなし」などの微妙かつ重要な違いがあります。
- ラクテック・ソルラクト: 基本の一本。安価で汎用性が高い。
- ヴィーン・酢酸リンゲル: 肝機能が心配な牛、重度のアシドーシス、筋肉での代謝を期待する場合。
- 生理食塩液: 薬剤希釈、CaやKを入れたくない特殊な状況。
これらを理解し、獣医師と相談の上で「今の牛の状態にベストな商品はどれか?」を選択できるようになれば、治療効果は確実に向上します。たかが水、されど水。その一本が牛の命を繋いでいます。
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やさしく学ぶための輸液 栄養の第一歩(第5版)