農業に従事されている皆さんであれば、トマトの赤色が「リコピン」という色素成分によるものであることはご存知かと思います。しかし、この赤色が私たちの体内で具体的にどのような働きをして、コレステロール値に影響を与えるのか、その詳細なメカニズムまで深く理解されている方は意外と少ないのではないでしょうか。
まず、コレステロールには大きく分けて2つのタイプがあります。
健康診断などで問題視されるのは、LDLコレステロールが増えすぎること、そしてさらに重要なのが「LDLコレステロールが活性酸素によって酸化されること」です。酸化したLDLは血管壁に入り込み、動脈硬化の原因となるプラークを形成してしまいます。ここで活躍するのがリコピンです。
リコピンは、自然界に存在するカロテノイドの中でもトップクラスの「抗酸化作用」を持っています。その強さは、同じく抗酸化作用で知られるビタミンEの約100倍、β-カロテンの2倍以上とも言われています。リコピンを摂取することで、血液中のLDLコレステロールが酸化されるのを防ぎ、血管への付着を抑制する効果が期待できるのです。
さらに、近年の研究では「酸化を防ぐ」だけでなく、「善玉コレステロール(HDL)そのものを増やす」という画期的な効果も報告されています。
【参考リンク】カゴメ株式会社:リコピンの研究結果(善玉コレステロールを増やす機能を確認)
上記のカゴメの研究によると、血中の善玉コレステロール濃度を上昇させるためには、1日15mg以上のリコピンを8週間以上継続して摂取することが推奨されています。これは、生食用トマト(Lサイズ)で約2個分、トマトジュースなら約1本(200ml)に相当します。単に「健康に良い」というだけでなく、具体的な数値目標を持って摂取することが、農作業などの重労働を支える健康な体づくりには不可欠です。
せっかく育てたトマトや購入したトマト製品を摂取しても、そのリコピンが体に吸収されなければ意味がありません。実は、リコピンはそのまま食べても吸収されにくい性質を持っています。ここでは、吸収率を劇的に高めるための「調理の科学」について解説します。
リコピンの吸収を阻害している最大の要因は、植物細胞の強固な「細胞壁」です。生のトマトをそのまま噛んで食べても、細胞壁が壊れきらず、リコピンが閉じ込められたまま排泄されてしまうことが多いのです。これを解決する鍵が「加熱」と「粉砕」です。
加熱することで細胞壁が柔らかくなり、壊れやすくなります。さらに重要なのが、リコピンの構造変化です。生のトマトに含まれるリコピンの多くは「トランス体」という構造をしていますが、加熱することで「シス体」という、より体内に吸収されやすい構造に変化します。トマトソースやシチュー、煮込み料理などが理にかなっているのはこのためです。
リコピンは「脂溶性」の成分であり、水には溶けませんが油にはよく溶けます。油と一緒に摂取することで、リコピンが油に溶け出し、腸管からの吸収率が格段に向上します。特に相性が良いのがオリーブオイルです。
これらを組み合わせた最強の食べ方は、「トマトを加熱調理し、良質な油(オリーブオイルなど)を回しかけて食べる」ことです。
農業現場でのランチタイムなど、手軽に済ませたい場合でも、コンビニのサラダチキン(油分を含む)と一緒にトマトジュースを飲むなど、少しの工夫で吸収率は変わります。「油は敵」と考えがちですが、リコピン摂取の観点からは、適度な油は必須のパートナーなのです。
【参考リンク】カゴメ株式会社:トマトの栄養リコピンを効率良く摂る方法(加熱と油の関係)
「いつ食べるか?」という時間帯の概念も、近年の栄養学では非常に重要視されています(時間栄養学)。リコピンに関しても、摂取する時間帯によって体内への吸収率が大きく異なることが判明しています。結論から言うと、リコピン摂取のベストタイミングは「朝」です。
これは人間の体内時計に関係する遺伝子の働きによるもので、朝食時にトマトジュースを摂取した場合、昼や夜に摂取した場合と比較して、リコピンの吸収率が最も高くなるという研究データが出ています。
農業従事者の皆さんは朝が早いことが多いと思いますが、作業前の朝食や、朝一番の休憩時にトマトジュースを取り入れるのが最も効率的です。
| 時間帯 | リコピン吸収効率 | おすすめの摂取方法 |
|---|---|---|
| 朝 | ◎(最も高い) | 起床後のトマトジュース、朝食のミニトマト |
| 昼 | △ | ランチのサラダやパスタ |
| 夜 | 〇 | 夕食のトマト煮込み料理 |
また、トマトジュースを選ぶ際のポイントも押さえておきましょう。
市販のトマトジュースには「濃縮還元」と「ストレート」がありますが、リコピン摂取の観点からは、どちらも優秀です。重要なのは「食塩無添加」のものを選ぶことです。血圧を気にする方にとって塩分の摂りすぎは逆効果になりますし、トマト本来のカリウムによる血圧低下作用を邪魔しないためにも、無塩タイプが推奨されます。
毎日生のトマトを2個食べるのは大変ですが、コップ1杯(200ml)のトマトジュースなら、忙しい農作業の合間でも手軽に習慣化できるはずです。まずは「朝の1杯」から始めてみてはいかがでしょうか。
ここでは、一般の消費者向けブログにはあまり書かれていない、生産者視点・農業視点での「リコピン高含有トマト」について深掘りします。
実は、日本のスーパーでよく見かける生食用の「ピンク系トマト(桃太郎など)」と、世界で加工用に使われる「赤系トマト(凛々子など)」では、リコピンの含有量が全く異なります。一般的に、加工用トマト(赤系)のリコピン含有量は、生食用トマトの2~3倍にも達します。
もしご自身で家庭菜園や直売所向けの栽培をされているなら、品種選びからこだわってみるのも面白いでしょう。
【栽培テクニックによるリコピン向上】
さらに、栽培方法によってもリコピン含有量を増やすことが可能です。
市場流通の都合上、少し青いうちに収穫して追熟させることが多いですが、リコピンは株についても日光を浴びている期間に最も合成されます。直売所向けなどであれば、「樹上完熟」にこだわることで、リコピン量は最大化します。赤色が濃ければ濃いほど、それはリコピンが多い証拠であり、高付加価値としてアピールできます。
フルーツトマトの栽培技術として知られる「節水栽培」は、糖度だけでなくリコピンなどの機能性成分も濃縮させます。水分を極限まで絞ることで、果実が小さく引き締まり、成分密度が高まります。
リコピンの合成は温度に敏感です。一般に30℃を超えるとリコピンの合成(赤色化)が抑制され、逆に黄色い色素(β-カロテン)が優勢になることがあります。夏場のハウス栽培では、適切な遮光や換気を行わないと「赤くなりにくい」現象が起きます。逆に、冷涼な気候でじっくり育てたトマトは、鮮やかな赤色になりやすい傾向があります。
【参考リンク】農研機構:高成分野菜の栽培実証(リコピン含有量向上のための栽培技術)
「ただのトマト」ではなく、「コレステロール対策に特化した高リコピントマト」としてブランディングして販売することは、健康志向が高まる現代において大きなビジネスチャンスにもなり得ます。
最後に、リコピンの効果を最大限に引き出しつつ、コレステロール改善をさらに後押しする「食べ合わせ」レシピのアイデアをご紹介します。キーワードは「リコピン×食物繊維×良質な脂質」です。
1. アボカドとトマトの和風マリネ
アボカドには、悪玉コレステロールを減らす働きのある「オレイン酸」が豊富に含まれています。また、アボカド自体が脂質を含むため、トマトのリコピン吸収率を高めるオイルの役割も果たします。
一口大に切った完熟トマトとアボカドを、わさび醤油と少量のオリーブオイルで和えるだけ。かつお節をまぶせば、アミノ酸の旨味も加わり絶品です。
2. 鯖(サバ)缶とトマトの無水カレー
青魚(サバ)に含まれるEPA・DHAは、血液をサラサラにし、中性脂肪を下げる効果があります。トマトの抗酸化作用が、魚の油の酸化を防ぐというメリットもあります。
鍋にざく切りにしたトマト(またはトマト缶)とサバ缶を汁ごと入れ、炒めた玉ねぎ、カレー粉と一緒に水分を加えずに煮込みます。トマトの水分だけで煮込むことで、リコピンが凝縮された濃厚なカレーになります。
3. 納豆とトマトの冷製パスタ
納豆のネバネバ成分「ナットウキナーゼ」は血栓予防に役立ち、大豆イソフラボンもコレステロール値改善に寄与します。発酵食品とトマトのグルタミン酸の相性は抜群です。
細めのパスタを茹でて冷やし、刻んだトマト、納豆、大葉、めんつゆ、オリーブオイルで和えます。簡単ですが、夏の農作業の合間のランチとして、栄養バランス・疲労回復効果ともにパーフェクトな一品です。
日々の食事の中で、「トマト+油+α(コレステロール対策食材)」の組み合わせを意識するだけで、同じトマトを食べても体への効果は大きく変わります。ぜひ、今日のご飯から取り入れてみてください。