適期収穫でも収量の2割が失われます
裂莢性とは、大豆の莢(さや)が乾燥によってはじけやすい性質のことを指します。莢の内側には繊維の方向が異なる2つの層があり、乾燥すると異なる方向に収縮することでねじれる力を生むバネのような構造になっています。このねじれる力が大きくなると、莢のつなぎ目が割れて、莢が勢いよくねじれて豆が外にはじけ飛ぶのです。
どういうことですか?
野生のマメ科植物は、種子を広範囲に散布するために莢がはじけやすい性質を持っています。栽培種のダイズは長い栽培化の過程で莢がはじけにくい方向に選抜されてきましたが、まだある程度のはじけやすさは残っています。この残った裂莢性が、現代の大豆栽培において大きな収穫ロスの原因となっているのです。
裂莢性は「易裂莢性」と「難裂莢性」に分類されます。易裂莢性の品種は成熟後に莢がはじけやすく、圃場に放置すると自然に裂莢して豆が地面に落ちてしまいます。一方、難裂莢性の品種は成熟後も莢がはじけにくく、収穫時の損失を大幅に減らすことができます。
裂莢による収穫ロスは農家の収益に直結する問題です。気候変動による収穫期の高温や乾燥、人手不足による収穫作業の遅れ、コンバイン収穫による物理的な刺激が、莢がはじけることによる収穫ロスを増やす要因となっています。特に大規模経営では、収穫適期に全ての圃場を刈り取ることが難しく、刈り遅れによる裂莢損失が深刻化する傾向にあります。
大豆のコンバイン収穫における収穫ロスの内訳を見ると、9割近くを頭部損失(刈取り部分での損失)が占めています。その中でも裂莢損失と落莢損失の割合が特に高く、易裂莢性品種では収穫ロスが収量の2割を超えることも珍しくありません。
つまり収穫ロスが深刻です。
愛知県で行われた2000年から2002年の実態調査では、収穫期の刈り遅れによる自然裂莢や収穫時のコンバイン作業による裂莢が大きな問題となっていることが明らかになりました。特に麦作との作業競合により刈り遅れが生じやすい大規模農家を中心に、裂莢による自然脱粒やコンバイン収穫時のロスが問題視されています。
難裂莢性品種への切り替えによる経済効果は顕著です。農研機構の実証試験では、難裂莢性品種「フクユタカA1号」を使用することで、実質的な収量が最大4割向上することが確認されています。これは単純に莢がはじけにくいだけでなく、収穫適期の幅が広がることで、作業の柔軟性が高まることも寄与しています。
具体的な数字で見ると、10アールあたりの収量が300kgの圃場で2割の収穫ロスがあった場合、60kgもの大豆を失うことになります。大豆の買取価格を1kgあたり200円とすると、10アールあたり12,000円の損失です。これが難裂莢性品種に切り替えることで収穫ロスが1/3になれば、10アールあたり8,000円の増収につながる計算になります。
収穫ロスを減らすには裂莢対策が不可欠です。
収穫作業時の茎水分や子実水分も裂莢損失に影響します。茎水分が高すぎると汚粒が発生し、低すぎると裂莢による損失が増加します。適切な収穫適期は成熟期当日から成熟後15日頃までとされていますが、易裂莢性品種ではこの期間が短く、刈り遅れのリスクが高まります。難裂莢性品種はこの収穫適期の幅が広いため、天候や作業スケジュールに応じた柔軟な収穫計画が可能になるのです。
難裂莢性品種の育成は、日本の大豆生産を支える重要な育種目標の一つとなっています。従来の交配育種では、難裂莢性の導入品種と主要品種を交配し、後代から難裂莢性個体を選抜する方法が取られてきました。しかし、この方法では選抜に時間がかかり、また他の有用形質が失われるリスクもありました。
この課題を解決したのがDNAマーカー選抜技術です。難裂莢性を制御する遺伝子領域と強く連鎖するDNAマーカーを利用することで、苗の段階で難裂莢性を持つ個体を正確に選抜できるようになりました。この技術と戻し交配を組み合わせることで、原品種の優れた特性を保ちながら、難裂莢性のみをピンポイントで導入することが可能になったのです。
結論は品種改良の効率化です。
農研機構は、この技術を用いて国内の主要品種11品種に難裂莢性を導入した「ダイズ難裂莢性品種群」を育成しました。代表的な品種として、「フクユタカA1号」「サチユタカA1号」「えんれいのそら」「ことゆたかA1号」などがあります。これらの品種は、難裂莢性以外の生態・形態的特性、収量性、品質、加工適性などが原品種とほぼ同等に保たれています。
育成手法としては、難裂莢性品種「ハヤヒカリ」を難裂莢性の供給親として使用し、主要品種に5回の連続戻し交配を行う方法が採用されました。各戻し交配世代でDNAマーカーによる選抜を行い、難裂莢性遺伝子を持つ個体を確実に次世代に残していきます。BC5世代(5回戻し交配後の世代)では全ゲノム選抜により、難裂莢性遺伝子座以外のゲノム領域が可能な限り原品種に戻っている個体を選抜します。
この方法により、従来の育種法では10年以上かかっていた品種開発期間を大幅に短縮することができました。DNAマーカー選抜を用いない場合、難裂莢性の検定は成熟後に莢を採取して加熱処理や乾燥処理を行う必要があり、選抜に時間がかかります。DNAマーカーを使えば、葉のDNAを調べるだけで苗の段階で判定できるため、育種の効率が劇的に向上しました。
裂莢性の検定方法にはいくつかの手法があります。最も一般的なのは、成熟後に圃場に一定期間放置して自然裂莢率を調査する方法です。具体的には、成熟後30日間圃場に放置した後、裂莢した莢の割合を調査します。この方法は実際の栽培環境下での裂莢性を評価できる利点がありますが、天候の影響を受けやすいという欠点もあります。
室内検定法も広く用いられています。成熟後に刈り取った植物体をガラス室内やビニルハウス内に40日間程度放置して乾燥させ、裂莢率を調査する方法です。より短時間で評価したい場合には、通風乾燥器を用いた加熱処理による検定法も使われます。莢を60~80℃程度で一定時間加熱し、裂莢の程度を評価します。
裂莢性が重要な指標です。
近年では、より精密な評価のために低湿度条件下での検定も行われています。湿度10~12%、温度25℃程度の環境で2週間乾燥させることで、品種間の裂莢性の違いをより明確に判定できます。この方法により、「エンレイ」のような易裂莢性品種と「えんれいのそら」のような難裂莢性品種の差が顕著に現れます。
品種を選択する際には、栽培地域の気候条件や栽培規模、収穫体制を考慮する必要があります。近畿・中国地域のように成熟期に高温晴天が続く地域では、裂莢性程度が少ない品種の選択が特に重要です。また、大規模経営で収穫作業に時間がかかる場合や、麦作との作業競合がある場合には、難裂莢性品種の導入効果が高くなります。
難裂莢性品種を選ぶ際には、裂莢性以外の特性も確認しておくことが大切です。耐倒伏性、病害抵抗性、最下着莢位置の高さなど、コンバイン収穫適性に関わる形質も総合的に評価する必要があります。特に最下着莢位置が低すぎるとコンバインの刈り刃で拾いきれず、刈残し損失が増加するため、難裂莢性と合わせて最下着莢位置の高い品種を選ぶことが推奨されます。
気候変動は大豆栽培における裂莢性の問題をさらに深刻化させています。収穫期の高温や乾燥が進むと、莢の乾燥速度が速まり、裂莢しやすくなります。また、台風や豪雨などの極端な気象現象の増加により、収穫適期に作業ができず刈り遅れが発生するリスクも高まっています。
このような状況に対応するため、さらに強い難裂莢性を持つ品種の開発が進められています。2025年6月、農研機構はアズキの遺伝子の知見を利用して、従来の難裂莢性品種よりもさらに莢がはじけにくいダイズの変異系統の開発に成功したと発表しました。この変異系統では、莢の内側の硬い組織(バネとなる部分)がほぼ完全に失われており、「えんれいのそら」と比較してもさらにはじけにくくなっています。
温暖化対策として重要です。
従来の難裂莢性品種は、莢のバネの力を弱くすることで裂莢しにくくしていましたが、新しい変異系統ではバネの組織そのものがなくなっています。これはダイズのMYB26遺伝子4個すべてに変異を起こすことで実現されました。この四重変異体を既存の高収量品種に導入することで、気候変動や人手不足に対応し、さらなる収量向上が期待されています。
栽培現場では、品種選択だけでなく、栽培管理によっても裂莢損失を軽減できます。適切な播種時期の選択により、成熟期が高温乾燥期を避けられるよう調整することが効果的です。また、倒伏を防ぐための中耕培土や適切な栽植密度の管理も、収穫作業をスムーズにし、裂莢損失を減らすことにつながります。
大規模経営では、収穫作業の効率化も重要な対策となります。圃場ごとに成熟期をずらして播種することで、収穫期を分散させ、適期収穫の確率を高めることができます。また、コンバインの調整も重要で、刈り刃の高さや脱穀部の回転数を適切に設定することで、裂莢による損失を最小限に抑えられます。
コンバインの収穫では、排塵弁の開度調節も裂莢損失に影響します。開度が大きすぎると裂莢した豆が排出されてしまう可能性があります。適切な調整を行うことで、収穫ロスをさらに減らすことが可能です。難裂莢性品種を導入した上で、これらの栽培・収穫技術を組み合わせることが、気候変動下での安定的な大豆生産につながります。
農研機構による最新の難裂莢性研究成果(アズキの遺伝子を利用したさらに強い難裂莢性の開発について詳しく解説)
ダイズ難裂莢性品種群の詳細(フクユタカA1号、サチユタカA1号などの特性と栽培方法)
農林水産技術会議による難裂莢性品種の実証試験結果(収量向上効果と加工適性の評価データ)