ポリブチレンサクシネート(PBS)は、生分解性プラスチックの一種として農業用マルチ資材に使われることがあり、使用後にほ場へすき込むことで土壌中の微生物作用などで最終的に水と二酸化炭素まで分解していく、という“片付け工程の省力化”が大きな狙いになります。
この「回収して産廃処理」ではなく「すき込み→分解」を前提にした設計は、作業体系(収穫後の人手確保、廃プラ運搬、保管スペース)そのものを変えられるのが魅力です。
一方で、同じマルチでも“土壌側の条件”が分解速度を左右しやすく、天候・土壌水分・地温で進み方が変わるため、慣行マルチと同じ感覚で入れると「栽培中に裂けた」「すき込んだのに残った」というズレが起こり得ます。
現場でまず押さえたいのは、PBS系を含む生分解性マルチは「使っている最中に形を保つ期間」と「役目を終えて土に還るまで」を、栽培暦に合わせてコントロールする資材だという点です。
参考)https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0048969721053158
例えば栽培期間が長い作型では、分解速度が遅めで厚みがあるタイプを選ぶ、という考え方が導入マニュアルでも示されています。
言い換えると、資材選定は“分解の速さ”だけでなく、“裂けにくさ・扱いやすさ・作業性”も込みで、作型別に決めるのが安全です。
生分解性マルチは、慣行のプラスチックマルチに比べて土壌が乾燥する傾向があり、同じ灌水設計のままだと水分が足りず、根張りや果実肥大・品質のブレにつながりやすい点が注意事項として挙げられています。
特に「同一の灌水系統に、生分解性マルチ区とプラスチックマルチ区が混在」すると、土壌水分を適正に制御しにくくなるため、区分け(バルブ分け・ライン分け)を先に考えるのが現実的です。
乾燥しやすいなら単純に灌水量を増やせばよい、で終わらず、ECの上がり方や肥効の出方(追肥のタイミング)が変わる前提で、いつもより“土の見えない変化”を観察頻度で補うのが事故を減らします。
また、ハウス内や畝間の浸水は逆に分解を促進してマルチの破れにつながる可能性があるため、排水対策は「病害対策」だけでなく「資材を予定期間もたせる対策」でもあります。
水分管理は、乾かし過ぎると作物がつらい、濡らし過ぎると資材が先に壊れる、という二重の制約になるため、センサーを使わない場合でも「地下○cmの握り具合」「朝夕の乾湿差」「灌水後の戻り」をルール化して共有するとブレが減ります。
土壌水分は“分解を進めるスイッチ”にもなるので、すき込み後に分解を進めたい場面と、栽培中に形を保ちたい場面で、水の意味が入れ替わる点を意識しておくと設計が楽になります。
生分解性マルチは「水や温度による加水分解」と「土壌中の微生物による分解」が組み合わさって進む、と導入マニュアルで整理されています。
つまり、地温が上がる時期・多湿になりやすい条件では進みやすく、逆に低温・乾燥では進みにくい、という“季節依存”を持ちます。
この性質は、作型によってはメリットにもデメリットにもなり、例えば収穫後に早く土に還ってほしい場面では追い風ですが、定植直後から高温多湿が続く年は「予定より早い劣化」を招くリスクになります。
研究側の視点では、PBSが土壌中で分解(無機化)していく過程は、まず高分子が酵素的に切断され低分子化し、その後の微生物利用が進む、という段階性が示されています。
参考)303 See Other
ここを現場運用に落とすと、「最初のきっかけ(切断や劣化)を作る環境」と「その後に微生物が働ける環境」を揃えないと、途中で止まって“残渣が目立つ”状態が起こり得る、ということです。
だからこそ、栽培中は“早く壊れない環境”(過湿回避・浸水回避)を作り、作後は“壊して土に戻す環境”(丁寧なすき込み+適度な水分)に切り替える、という二段設計が実務的です。
参考リンク(生分解性マルチの扱い方、乾燥しやすい点、すき込み後のかん水、保存期間などの注意点)
https://www.pref.tochigi.lg.jp/g04/green/documents/20240610103314.pdf
すき込み工程の肝は、「露出していると分解されにくいので、2回以上耕うんして丁寧にすき込む」という点で、飛散防止も含めて作業の質が結果を左右します。
また、ロータリーにマルチが巻き付くので除去が必要、と具体的に書かれており、作業時間の見積もりには“巻き付き対応”の手間も織り込む必要があります。
すき込み後のかん水は、分解促進のための推奨事項として明記されていて、すき込みが甘い・土壌が乾燥していると一部が残る場合がある、とされています。
現場の段取りとしては、次のチェックリスト化が効きます。根拠は単純で、すき込み不足・乾燥・露出が残渣の主要因になりやすいからです。
さらに、資材は長期保存に向かず、購入後1年以内の使用が推奨され、開封すると分解が早まるので使い切りが望ましい、とされています。
この「保存できない」は、経費の話だけでなく、破れ・展張トラブルの原因になり得るため、購買は“在庫を持たない発注”に寄せた方が結果的に安くつくケースがあります。
資材管理まで含めて運用設計すると、PBS系マルチを「片付けが楽な資材」から「作業体系を安定させる道具」に格上げできます。
独自視点として押さえておきたいのが、「分解は自然任せ」だけでなく、“分解を加速する技術研究”も進んでいる点です。
農研機構の発表では、PaEという酵素がPBSやPBSAだけでなくPBATも分解できること、また素材フィルムをPaE溶液に浸漬するとPBSA>PBS>PBATの順で薄くなり重量が減った、という結果が示されています。
現場的に重要なのは、将来的に「すき込んだが残った」「次作の耕うんで細片が気になる」といった局面で、分解を“後工程で押す”選択肢が増える可能性がある、という見立てが立つことです。
もちろん現時点で、酵素散布を一般栽培へそのまま当てはめるには、コスト・適用条件・作物や土壌への影響評価・資材側(配合)の違いなど検討事項が残ります。
参考)農研機構、生分解性農業用マルチフィルムの分解を加速させる方法…
ただ、ここで発想を一段進めると、PBS系マルチ導入の失敗は「資材の良し悪し」だけでなく、「分解をどの工程で担保するか(栽培中に守る/作後に進める)」という工程設計の問題で、技術の進展はその工程設計の自由度を上げる方向に働きます。
参考)(研究成果) 酵素パワーで生分解性プラスチック製品の分解を加…
分解が読みづらい年ほど、圃場条件(排水、灌水、耕うんの丁寧さ)で勝負するのが基本線ですが、研究動向を知っておくと、資材選定やメーカー相談の質問レベルが上がり、導入の精度が上がります。
参考リンク(酵素PaEがPBS等の分解に関与し、分解加速の研究成果がまとまっている)
(研究成果) 酵素パワーで生分解性プラスチック製品の分解を加…