農業未経験者でも、農地付きの家が建てられる。
「農のある暮らし」飯能住まいは、埼玉県飯能市が2016年4月にスタートさせた移住・定住促進制度です。対象エリアは飯能市の南高麗地区(大字岩渕・下畑・上畑・苅生・下直竹のそれぞれ一部)に限定されており、東京の青梅市と隣接する山里の風景が広がります。
つまり、都市計画法上は開発が制限された「市街化調整区域」にある土地で、特別に住宅が建てられるというものです。
国の優良田園住宅建設促進法を活用した飯能市独自の仕組みで、申請者は「飯能市優良田園住宅建設計画」を作成し市の認定を受ける必要があります。敷地面積300㎡以上、木造2階建て以下、建ぺい率30%以下・容積率50%以下といった基準を満たす必要がありますが、まさに「広い土地に自然素材の家を建てたい」という農業従事者のライフスタイルにぴったりの基準とも言えます。
制度の運用開始から令和7年4月までの実績を見ると、現地案内をした家族は411世帯・1,119名にのぼり、認定件数は80世帯253名、実際に飯能住まいをスタートしているのは70世帯219名です。着実に「農ある暮らし」の輪が広がっています。
農への関わり方は4段階で設計されており、参加しやすいところから入れるのが特徴です。
- 🌿 農業体験参加型:エコツアーなどを通じて農業に触れる、もっとも入門的な形
- 🥦 家庭菜園型:自宅の敷地に菜園スペースを設けて野菜を育てる
- 🌱 農園利用型:市民農園を借りて年間を通じて農業にチャレンジする
- 🚜 農地利用型:農地を取得・利用権設定して本格的な農業に取り組む
農業従事者にとって特に注目したいのは最後の「農地利用型」です。一般的には農業を本業とする人でなければ農地は購入できませんが、南高麗を含む山間地区では農家でなくても500㎡以上の農地を取得できます。これは非常に重要なポイントです。
参考:飯能市公式「農のある暮らし」制度紹介ページ
‟農のある暮らし"「飯能住まい」始めませんか|飯能市公式サイト
補助金が複数あって複雑に見えます。でも整理すると分かりやすいです。
飯能住まいの最大の魅力の一つが、複数の補助金を重ねて受けられる点です。単純に「家を建てるだけ」で終わらず、さまざまな条件に応じた加算が積み重なります。まず飯能住まい事業補助金の基本額は10万円ですが、市外からの転入加算(20万円)、年齢加算(申請者・配偶者それぞれ40歳未満で各15万円)、子育て世帯加算(中学生以下の子ども1人につき20万円)が上乗せされ、最大100万円まで達します。
中学生以下の子どもが2人いる40歳未満の夫婦が市外から転入した場合を計算してみましょう。基本額10万円+転入20万円+年齢加算30万円+子育て加算40万円で、この1制度だけで合計100万円です。
さらに重要なのが移住支援金です。東京23区内に在住または在勤していた方が就業・テレワーク等に伴って飯能市に移住した場合、市から最大130万円の支援金が別途受けられます。
加えて、飯能市産の木材「西川材」を使って住宅を新築する場合は「西川材使用住宅等建築補助金」が適用され、最大50万円(飯能市森林認証材使用時は30%加算で最大65万円)が追加されます。飯能市は古くから西川林業地として知られており、その良質な地場材を使うことへのインセンティブとして設けられた制度です。
これらを組み合わせると、条件によっては400万円を超える補助を受けられます。これは一般的な都市部への住宅取得補助と比べても、突出した手厚さです。さらに飯能信用金庫や埼玉りそな銀行との提携により、飯能市定住目的の住宅ローン金利優遇も受けられます。お金の面での安心感が整っています。
申請にあたって重要な点として、補助金によって申請期限が設けられています。飯能住まい事業補助金は住所を定めた翌日から90日以内が申請期限です。この期限は要注意です。
参考:補助金制度の詳細は飯能市公式ページで確認できます。
飯能に移住すると仕事を辞めなければならない、と思っている農業従事者は多いかもしれません。実はそうではありません。
制度のスタート以来、この制度を利用して移住した人々のほぼ全員が、仕事を変えずに移住しています。それを可能にしているのが飯能市の地理的な優位性です。飯能駅は西武池袋線の拠点駅で、池袋まで最短約40分というアクセスを誇ります。南高麗地区は飯能駅から車で5〜15分ほどの距離にあり、都心への通勤と農ある暮らしを両立させるのに十分な立地です。
飯能市の市域面積の約76%が森林という環境の豊かさは驚異的です。面積に換算すると約193㎢が森林で覆われており、これは山手線の内側(約63㎢)の3倍以上に相当します。清流・入間川の源流域にも近く、空気・水・自然景観のすべてが都市生活にはない豊かさを持ちます。
南高麗地区自体は、小学校・中学校・診療所・行政センターが揃ったコンパクトなコミュニティです。移住者の声を見ると、「小さいコミュニティなのですぐ顔見知りになり、庭で野菜を育てていると通りかかった人が指導してくれたりもする」という経験が語られています。地域の農業経験者から直接作付けを教えてもらえる環境は、農業従事者にとっても新たな知見を得られる場です。
飯能市はエコツーリズムにも積極的に取り組んでおり、「飯能市エコツーリズム」として体系的なプログラムが提供されています。農業体験から森林体験まで、多様なプログラムが用意されており、地域コミュニティとの橋渡し役になっています。地域に馴染む第一歩として活用できます。
参考:飯能市エコツーリズムのプログラム詳細はこちら
飯能市エコツーリズム|関東・埼玉・エコツアー
農業従事者が飯能住まいで最も気になるのが「農地の取得」でしょう。農地取得の流れが原則です。
通常の農地法では、農地を購入・借用できるのは農業を主業とする農業者か農業生産法人に限られています。しかし南高麗地区を含む飯能市の山間地区では、農家でなくても500㎡(約151坪)以上の農地を取得できるという特例が設けられています。500㎡は一般的な家庭菜園の約10〜15倍の広さで、葉物野菜・根菜・果樹など多品目の本格栽培が可能な規模です。
農地を取得・利用する際のルートは主に2つです。まず「農地の利用権設定」で、これは農地を所有者から借り受けて農業に使う形です。農地法の手続きを経て農業委員会の許可を受けます。もう一つは「農地の購入(所有権取得)」で、こちらも農地法に基づく手続きが必要で、農業委員会への相談から始まります。
農業従事者としての就農相談も飯能市では受け付けています。市の担当窓口(建設部都市計画課:042-973-2268)が農地に関する就農相談を担当しており、本格就農を目指す方向けに農業委員会との連絡調整なども支援してくれます。
注意したいのは、農地の利用権設定や取得には農地法等の別途手続きが必要であり、住宅の認定手続きとは別に進める必要があることです。農業従事者の場合、すでに農業の実績や計画があることから、手続きの説明がスムーズになる可能性があります。就農計画をまとめた書類を事前に用意しておくと相談がしやすいです。
参考:飯能市公式Q&Aに農地取得に関する詳細があります。
‟農のある暮らし"「飯能住まい」に関するQ&A(PDF)|飯能市
飯能に移住した農業従事者や農的生活を求めた移住者の実体験を見ると、想定外だったと語る声が共通して挙がります。まず驚かれるのが、地域コミュニティの温かさと農業スキルの伝承環境です。
南高麗地区の長年の農家が、移住者の農作業を見てさりげなくアドバイスをくれる文化があります。これは農業の知識を「本で学ぶ」「YouTubeで見る」のとは根本的に異なる価値を持ちます。土地の性質・気候・地域に合った品種・病害虫の傾向など、土地固有の農業知識は現場でしか得られないものです。既存農家と移住者農家が自然と情報交換できる環境が整っています。
もう一つが「害獣問題と地域農業の現実」です。飯能近郊の山間部ではイノシシや鹿による農作物被害が課題となっています。しかしこれを地域課題として受け止め、移住者がジビエ活用プロジェクトを立ち上げるなど、課題を事業機会に変える動きも生まれています。農業従事者としての視点を持つ方にとって、こうした地域課題は新しいビジネスや取り組みの出発点になり得ます。
移住前から地域との接点を作れるのも大きなポイントです。飯能市の担当職員が地域の情報を提供し、実際に地域住民を紹介してくれます。移住前から地域の運動会に招いてもらったり、ホタル鑑賞会に参加したりといった事例が多数報告されています。定住後の孤立リスクが著しく低いのは、農業従事者にとって生活設計上の大きな安心材料です。
飯能住まいの情報は埼玉県の農ある暮らし情報ポータルでもまとめられています。
制度を知っても、どこから動けばいいかが分からないと前に進めません。手順が条件です。
最初のステップは飯能市都市計画課への問い合わせと現地案内の申し込みです。電話番号は042-973-2268で、対象エリアの土地情報の案内や就農相談の窓口が一本化されています。令和7年4月時点で411世帯・1,119名が現地案内を経験しており、移住を検討している段階で訪れることを推奨しています。実際に足を運んで土地の雰囲気をつかむことが、後悔のない選択につながります。
次に確認すべきは土地情報です。飯能市は「公益社団法人埼玉県宅地建物取引業協会彩西支部」および「公益社団法人全日本不動産協会埼玉県本部県西支部」と協定を結んでおり、飯能住まい協力会員となっている不動産業者のリストを市が提供しています。これを活用することで、飯能住まいの制度に精通した業者と土地探しができます。
住宅建設に際しては、「優良田園住宅建設計画」の認定申請を事前に都市計画課へ相談することが必須です。敷地面積・建ぺい率・容積率・構造の基準をクリアした設計が必要なため、飯能住まいを多数手がけた建設業者(ゆたか建設・吉澤建設工業・SH-Spaceなど)を選ぶとスムーズです。認定された建設業者は制度の要件を熟知しており、補助金申請のサポートも期待できます。
補助金の申請期限を必ず確認してください。飯能住まい事業補助金は転居後90日以内と厳格に定められています。入居後の手続きラッシュで忘れると、最大100万円を受け取れなくなるリスクがあります。移住前の段階で申請スケジュールをカレンダーに書き込んでおくことをお勧めします。
農業従事者として飯能での就農を本格的に考えている場合は、住宅の計画と並行して農業委員会への相談を早めに始めることが重要です。農地の利用権設定・取得手続きには一定の時間がかかるため、家が完成してから農地を探すのでは半農ライフの開始が遅れます。住宅と農地、2つの計画を同時に進めることが鉄則です。