地域エコノミストである藻谷浩介氏が提唱する「里山資本主義」は、単なる田舎暮らしの推奨や懐古主義的なスローガンではありません。これは、現代の「マネー資本主義」が行き詰まった際のリスクヘッジとして、お金がなくとも生きていける「サブシステム」を構築しようという、極めて実践的かつ経済合理性に基づいた生存戦略です。藻谷氏が考える理想的な移住先とは、このサブシステムが機能している、あるいは構築可能な場所を指します。
現代社会において、私たちは生活のほぼ全てをお金に依存しています。水、食料、そしてエネルギーまでもが、貨幣との交換でしか手に入らない状況は、災害や金融危機に対して非常に脆弱です。藻谷氏が説く移住先での実践とは、以下のような要素を取り入れることです。
お金で解決していたことを、自らの手間をかけることで解決するプロセスです。例えば、高騰する化石燃料を買う代わりに、裏山の木を薪にして暖を取ることは、現金の流出を防ぐだけでなく、身体を動かし健康を維持するという副次的な利益も生み出します。
お金を介さない人間関係、すなわち「贈与と返礼」のサイクルが回っている地域コミュニティに入ることです。「これ余ったから食べて」と野菜が玄関に置かれているような関係性は、貨幣価値では換算できないセーフティネットとなります。
移住先選びにおいて、藻谷氏は常に「水」の重要性を説きます。上水道が止まっても井戸水や湧き水が利用できる環境、そして最低限の耕作放棄地を活用して食料を自給できる環境は、里山資本主義の実践における基盤です。
このように、藻谷氏の視点における移住とは、都会の消費生活をそのまま地方に持ち込むことではありません。お金という「メインシステム」がダウンしても稼働し続ける「バックアップ電源」としての暮らしを、地方というフィールドで実装することなのです。
株式会社KADOKAWAオフィシャルサイト|里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く
※藻谷浩介氏の著書『里山資本主義』の公式ページ。マネー資本主義の限界と、里山にある無償の資源を活用するサブシステムの重要性が解説されています。
藻谷浩介氏が自身の著書や講演で語る移住先の選び方には、一般的な「景観の良さ」や「行政の補助金」といった基準とは一線を画す、独自のリアリズムがあります。彼が最も強調するのは、観念的な理想ではなく、自身の肉体的な感覚と地域の持続可能性です。
藻谷流の「移住先の選び方」として、以下のポイントが挙げられます。特に重視されるのは、その土地が自分の生理的感覚にフィットするかどうかという点です。
藻谷氏は「暑いのが平気か、寒いのが平気か」「湿気がある方が肌に合うか、乾燥している方が良いか」といった、極めてプリミティブな感覚を重視します。頭で考えた条件(例えば「東京まで〇〇分」など)は後からどうにでもなりますが、気候風土と体質のミスマッチは、日々の生活の質(QOL)を著しく低下させ、結果として移住の失敗につながるからです。
過疎化が進む地域でも、そこに住む高齢者たちが「どうせこの村はなくなる」と諦めている場所と、「孫の代までこの美しい風景を残したい」と誇りを持っている場所では、移住後の幸福度が全く異なります。藻谷氏は、外から来た若者や移住者を「地域の未来をつなぐ希望」として温かく迎え入れる土壌があるかどうかを見極めることを推奨しています。
ハザードマップの確認はもちろんですが、藻谷氏は歴史的な地形の成り立ちを見る目を養うことも示唆しています。過去に何度も水害に遭っている場所や、土砂崩れのリスクが高い谷筋などを避け、古くから集落が維持されてきた「安全な場所」を選ぶという、先人の知恵に学ぶ姿勢が重要です。
完全な自給自足を目指して山奥に籠もるのではなく、必要な時には医療や高度な都市サービスにアクセスできる「適度な距離感」も、現実的な移住先選びのポイントです。藻谷氏自身も、交通の結節点としての利便性を確保しながら、静環境を享受できる場所を選んでいます。
財務省|地方経済の活性化策 『山奥ビジネス』の取材から(PDF)
※藻谷氏の視点にも通じる、地方でのビジネスや生活の可能性について取材された資料。交通アクセスや地域の受容性についての事例が確認できます。
藻谷浩介氏は、全国各地を飛び回る多忙な生活を送っていますが、その生活の拠点(ベースキャンプ)として山口県防府市に自宅を構えています。彼がなぜ東京ではなく、あえて防府市という地方都市を拠点に選んだのか、その理由を紐解くと、これからの時代の「住まい方」のヒントが見えてきます。
まず、防府市という立地の特性です。ここは新幹線の駅へのアクセスが良く、空港へも移動しやすいという、移動の多い藻谷氏にとって極めて合理的な交通の要衝です。しかし、それ以上に重要なのは、そこが「東京への一極集中」から離れた場所であるという点です。彼は東京に住むことのリスク(巨大地震、感染症のパンデミック、生活コストの高さ)を常に指摘しており、自身の生活拠点を物理的に東京から切り離すことで、リスク分散を図っています。
また、彼の「拠点」に対する考え方は、単一の場所に定住し続ける従来の「定住」の概念とも少し異なります。
防府市をメインの拠点としつつも、仕事で全国を回る彼は、実質的に「多拠点居住」を実践していると言えます。一つの場所に縛られるのではなく、複数の地域に関わりを持つ「関係人口」としての生き方を体現しており、防府市はそのためのアンカー(錨)としての役割を果たしています。
防府市は歴史ある街であり、単なるベッドタウンではありません。藻谷氏は、その土地に根付いた歴史や文化、人々の営みがある場所を好みます。無機質なニュータウンではなく、世代を超えて受け継がれてきた「まちの記憶」がある場所こそが、長く住み続けるに値すると考えています。
東京は「稼ぐ場所」であり、防府は「暮らす場所」あるいは「思索する場所」という明確な切り分けが見て取れます。インターネットが発達した現代において、知的生産活動はどこでも可能です。むしろ、静かで落ち着いた環境の方が、質の高いアウトプットが出せるということを、彼自身が証明しています。
このように、藻谷氏の防府市での暮らしは、地方都市が持つポテンシャル(利便性と住環境のバランス)を最大限に活用した、戦略的な選択の結果なのです。
山口県防府市公式ホームページ
※藻谷氏が拠点とする防府市の公式サイト。歴史的な背景や地理的な利便性、移住支援策などの情報が網羅されています。
藻谷浩介氏は、ベストセラー『デフレの正体』などを通じて、日本の人口減少が経済に与えるインパクトを冷徹に分析してきました。彼が語る「人口減少社会における移住」は、単なる個人のライフスタイルの選択を超え、日本経済の縮小均衡に対する適応策でもあります。
多くの人が「地方は人口が減って経済がダメになる」と考えがちですが、藻谷氏の分析は逆です。「東京こそが、子供を産み育てにくい環境によって人口再生産に失敗しており、地方から若者を吸い上げては使い潰している」という構造的な問題を指摘します。つまり、人口減少の最前線にあるように見える地方こそが、実は持続可能な社会のモデルになり得るという逆転の発想です。
人口が減るということは、一人あたりの空間や資源が増えるということでもあります。藻谷氏は、過密な都市部での過当競争から離れ、地方で「隙間」を見つけることの経済的合理性を説きます。地方には、担い手が不足しているがゆえに、若者や移住者が活躍できる「席」が空いています。
右肩上がりの経済成長を前提とした都市型のライフスタイルは、人口減少局面では維持不可能です。藻谷氏は、経済の規模を追うのではなく、地域内で経済が循環する「成熟した経済」への移行を提唱しています。移住先で小さなビジネスを始め、地域内で互いにサービスや物を売り買いすることで、GDPには表れにくい豊かな経済圏を作ることができます。
人生100年時代において、定年後の期間は非常に長くなります。年金不安や物価上昇が懸念される中、生活コストが高く、金銭的な支出が止まらない都会に住み続けることは、経済的な自殺行為になりかねません。藻谷氏の視点では、早いうちに生活コストが低く、自給的な生活が可能な地方へ移住することは、将来の経済的不安に対する最も確実な投資と言えます。
移住先を選ぶ際は、単に「今の人口」を見るのではなく、「人口構成の変化」や「地域内経済の循環率」を見ることが重要です。人が減っても、その分一人ひとりが豊かに暮らせる仕組みがあるかどうかが、未来を見据えた移住の鍵となります。
労働政策研究・研修機構|都市雇用と都市機能に係る戦略課題の研究(PDF)
※藻谷氏の論文が含まれており、地域雇用や都市圏の就業者数増減から見た構造的課題について詳細なデータ分析がなされています。
検索上位の記事ではあまり深く触れられていませんが、藻谷浩介氏が移住先選びや地域づくりにおいて極めて重要視している独自の視点に「エネルギーの自給」、特に「熱エネルギーの地域内調達」があります。これは、地方経済の「穴」を塞ぐための最も効果的な手段だからです。
多くの地方自治体や家庭は、ガソリン、灯油、電気代として、莫大なお金を地域外(ひいては海外)に支払っています。これを藻谷氏は「バケツの底に穴が空いている状態」と表現します。いくら観光や補助金で水を注いでも(お金を稼いでも)、エネルギー代として穴から水が漏れ出てしまっては、地域はいつまで経っても豊かになりません。
例えば、暖房を灯油ストーブから、地元の木材を使う薪ストーブや木質バイオマスボイラーに変えたとします。すると、これまで中東の産油国に流れていたお金が、地元の林業家や薪の運搬業者に支払われることになります。同じ暖を取るという行為でも、お金の落ちる先が地域内に変わるだけで、地域経済への波及効果は劇的に変わります。
大規模な発電所や海外からの輸入燃料に依存しないエネルギー源を持つことは、災害時の生存率を大きく高めます。太陽熱温水器や薪ボイラーがあれば、大規模停電が起きてもお風呂に入り、暖を取ることができます。移住先を選ぶ際、「その家、その地域はエネルギーをどれだけ自給できるか?」という視点を持つことは、安心安全な暮らしに直結します。
放置された人工林や竹林は、都会の人から見ればただの荒れた山ですが、藻谷氏の視点(里山資本主義)では「宝の山」です。それらは全てエネルギー源であり、建築資材であり、豊かな水を生み出す源泉です。移住者がこの視点を持って里山に入れば、厄介者扱いされていた放置林が、生活を支える資産に変わります。
したがって、おすすめの移住先とは、単に自然が豊かなだけでなく、岡山県真庭市のように「地域資源をエネルギーに変える仕組み」に挑戦している地域や、そうしたライフスタイルを実践しやすい環境(薪が手に入りやすい、近隣に理解があるなど)であると言えます。エネルギーの蛇口を自分で握ることができる場所こそが、これからの不透明な時代における最強の移住先なのです。
真庭市公式サイト|真庭のバイオマス政策
※藻谷氏が『里山資本主義』で高く評価した岡山県真庭市の取り組み。地域資源を活用したエネルギー自給の先進事例として非常に参考になります。