ハチミツ採取は、養蜂業において最も喜びが大きい瞬間であると同時に、製品の品質を決定づける極めて繊細な作業工程でもあります。農業従事者として養蜂に取り組む場合、単に蜜を採るだけでなく、食品衛生上の安全管理やミツバチの生態サイクルを考慮した計画的な採取が求められます。特に近年では、国産ハチミツの需要が高まっており、高品質な「完熟ハチミツ」を生産することが、他者との差別化や高付加価値化につながります。本記事では、プロの視点からハチミツ採取の技術的詳細と法的要件について深堀りします。
ハチミツ採取において最も重要な判断の一つが「いつ採るか」という時期の見極めです。日本の一般的な養蜂カレンダーにおいて、主な採取時期は4月から6月にかけての流蜜期となりますが、地域や植生によって大きく異なります。例えば、レンゲや菜の花は春の早い時期に、アカシアは5月頃、そしてクリやトチノキは初夏といった具合に、ターゲットとする蜜源植物の開花時期を正確に把握しておく必要があります。
しかし、花が咲いているからといってすぐに採取できるわけではありません。巣箱の中でミツバチたちが持ち帰った花蜜は、当初は水分含有量が40%~80%と非常に高く、そのままでは発酵してしまうリスクがあります。ミツバチたちは羽ばたきによる送風で水分を飛ばし、体内の酵素を使ってショ糖をブドウ糖と果糖に分解し、最終的に保存に適した状態に濃縮させます。このプロセスを待つことが、高品質なハチミツ採取の絶対条件となります。
ハチミツの品質基準として、糖度(Brix値)の測定は欠かせません。一般的に流通しているハチミツは糖度78度以上が基準とされることが多いですが、より濃厚で保存性の高い「完熟蜜」を目指すのであれば、糖度80度以上を目標にすべきです。
採取のゴーサインを出す目安としては、巣枠(ラングストロース式など)を引き上げた際に、蜜房の面積の「3分の2以上」、理想的には「8割以上」に白い蜜蓋がかかっている状態を確認することです。これを「全面蜂児(ほうじ)」ならぬ「全面蜜蓋」に近い状態まで待つことで、加熱濃縮処理を必要としない、天然そのままの生ハチミツを採取することが可能になります。
養蜂における適切な管理方法や季節ごとの作業については、以下の公的機関の情報も参考になります。
農林水産省の公式サイトでは、養蜂振興法や飼養届に関する最新のガイドラインが掲載されており、事業として行う際のコンプライアンス確認に役立ちます。
農林水産省:養蜂をめぐる情勢
また、糖度計(リフラクトメーター)を使用する際は、必ず温度補正機能付きのものを使用するか、測定環境の温度を考慮してください。ハチミツの粘度は温度に大きく依存するため、現場での簡易測定と、瓶詰め前の精密測定のダブルチェックを行うことで、出荷時のトラブルを防ぐことができます。
効率的かつ衛生的なハチミツ採取を行うためには、適切な道具の準備とメンテナンスが不可欠です。特に食品を扱う作業であるため、道具の洗浄・消毒は徹底する必要があります。ここでは、プロの現場で使用される主要な道具とその選定ポイント、使用上の注意点を解説します。
| 道具名 | 用途と特徴 | 選定・使用のポイント |
|---|---|---|
| 燻煙器(くんえんき) | ミツバチをおとなしくさせるために煙を吹きかける道具。 | 燃料には麻布や乾燥した松葉、ハーブなどを使用。煙が熱すぎると蜂を傷めるため、冷たい煙を送る技術が必要。 |
| ハイブツール | プロポリスで固着した巣枠を剥がしたり持ち上げたりするヘラ。 | ステンレス製で耐久性が高いものを選ぶ。テコの原理が使いやすいJ型やフック型が一般的。 |
| 蜂ブラシ | 巣枠についているミツバチを優しく払い落とすためのブラシ。 | 毛が柔らかい馬毛や化学繊維のものを使用。乱暴に払うと蜂が興奮して攻撃的になるため、優しく素早く行う。 |
| 蜜刀(みっとう) | 蜜蓋を切り取るための専用ナイフ。 | 電熱式のホットナイフは作業効率が良いが、温度管理に注意。冷刀の場合はお湯で温めて使用する。 |
| 遠心分離機 | 遠心力を利用して巣房から蜜を振り出す機械。 | 手動式と電動式がある。ステンレス製で食品衛生法に適合したものを選ぶ。底部の排出口(ハニーゲート)の締まりを確認。 |
| 濾過器(フィルター) | 採蜜したハチミツから巣屑や蜂の死骸などを取り除く網。 | 粗目と細目の二重構造が推奨される。60メッシュ~80メッシュ程度が一般的。 |
| 蜜こし器・タンク | 濾過したハチミツを一時保管し、気泡を抜くための容器。 | ステンレス製推奨。沈殿タンク(セトリングタンク)を使用すると、微細な気泡や不純物を浮上分離できる。 |
特に遠心分離機の扱いは、ハチミツ採取の作業効率を大きく左右します。初めて導入する場合は、保有する巣箱の数に合わせてサイズを選ぶことが重要です。趣味や小規模(10群以下)であれば2枚~4枚掛けの手動式で十分ですが、数十群規模の農業副業として行う場合は、電動のラジアル式(多数の巣枠を放射状に配置して一度に処理できるタイプ)の導入を検討すべきです。
遠心分離機を使用する際の意外な落とし穴として、「バランス」があります。巣枠をセットする際、対角線上にほぼ同じ重さの蜜枠を配置しないと、回転中に激しい振動(ガタつき)が発生し、機械の故障や巣枠の破損、最悪の場合は怪我につながる恐れがあります。重さが不均一な場合は、空の枠を入れるなどしてバランス調整を行う繊細さが求められます。
また、衛生管理の観点から、採蜜作業を行う場所(採蜜室)の環境も重要です。野外で行う場合もありますが、ミツバチや他の昆虫が匂いにつられて集まってくるため、できれば網戸のある屋内やテント内で行うのが理想です。ハチミツは周囲の匂いを吸着しやすい性質があるため、燃料の匂いや整髪料、香水などの強い匂いも厳禁です。
ハチミツの品質規格や公正競争規約については、業界団体の基準を確認することで、ラベル表示などの適正化に役立ちます。
道具の準備が整ったら、いよいよ実際のハチミツ採取のプロセスに入ります。ここでは、ミツバチへのストレスを最小限に抑えつつ、スムーズに採蜜するための手順をステップバイステップで解説します。
まず、燻煙器で軽く煙を送り、ミツバチを落ち着かせます。巣箱を開け、すべての巣枠を取り出すのではなく、蜜が十分に貯まり、蜜蓋がしっかりとかかっている「完熟」した枠だけを選びます。育児圏(幼虫や蛹がいるエリア)の枠は、遠心分離にかけると幼虫が飛び出してしまうため、原則として採蜜には回しません。隔王板を使用して、貯蜜圏と育児圏を明確に分けて管理しておくと、この選定作業がスムーズになります。
選んだ巣枠を持ち上げ、巣箱の上で小刻みに上下に振って大部分の蜂を落とします。残った蜂は蜂ブラシを使って優しく払い落とします。この時、女王蜂が混ざっていないかを目視で必ず確認してください。誤って女王蜂を採蜜場に持ち込んでしまうと、群の崩壊につながる重大な事故となります。
蜂を払った巣枠を速やかに採蜜場所へ移動させます。ここで「蜜蓋」を切り取る作業(アンキャッピング)を行います。
蜜蓋を切った面を外側に向けて(タンジェンシャル式の場合)、遠心分離機にセットします。最初はゆっくりと回し、徐々に速度を上げていきます。いきなり高速回転させると、蜜の重みで巣脾(すひ)が壊れてしまうことがあります。片面の蜜が抜けたら、枠を裏返して反対側も同様に分離します。
遠心分離機から出てきたハチミツを、濾過器を通して不純物を取り除きます。採れたてのハチミツには微細な気泡や取り切れなかった細かな巣屑が混入しています。これをタンクに移し、数日から1週間ほど静置(沈殿)させることで、比重の軽い気泡や不純物は上に浮き、重い不純物は底に沈みます。中間の澄んだ部分のみを瓶詰めすることで、透明度の高い美しい製品になります。
このプロセスの中で、「巣枠の返却」も重要なステップです。採蜜が終わった空の巣枠は、夕方以降に巣箱に戻します。日中に戻すと、興奮した蜂たちが盗蜜(他の群から蜜を奪う行動)を引き起こすきっかけになることがあるためです。巣箱に戻された空の巣枠は、ミツバチたちによってきれいに掃除(舐めとり)され、破損箇所があれば修復されます。
ハチミツ採取を行い、それを販売あるいは譲渡する場合、単なる趣味の範囲を超えて法的な規制の対象となることを強く意識しなければなりません。日本では「養蜂振興法」という法律により、ミツバチを飼育するすべての人は、たとえ1群だけであっても、都道府県知事への「飼養届」の提出が義務付けられています。
1. 養蜂振興法に基づく飼養届
毎年1月(地域によって異なる場合がありますが、多くの場合は1月1日時点の飼育数をもとに1月末までに)に、住所地を管轄する家畜保健衛生所などを通じて都道府県に届け出る必要があります。これは、ミツバチの病気(腐蛆病など)の蔓延を防ぐための防疫上の理由と、地域の蜜源植物に対して飼育数が過剰にならないように調整するための措置です。
無届けで飼育やハチミツ採取を行った場合、罰則の対象となるだけでなく、近隣の養蜂家とのトラブル(場所取りや病気の伝染など)の原因となり、地域にいられなくなるケースもあります。
2. 食品衛生法と営業届出
採取したハチミツを販売する場合(道の駅、直売所、ネット販売など含む)、食品衛生法に基づく手続きが必要です。
3. 容器包装リサイクル法・JAS法・景品表示法
商品をパッケージ化して販売する際には、ラベル表示に厳しいルールがあります。
4. 飼料安全法(意外な落とし穴)
もし、あなたが養蜂を拡大し、他の養蜂家にミツバチ自体を譲渡・販売したり、あるいは養蜂用の飼料(砂糖水や代用花粉)を製造・販売したりする場合は、飼料安全法の規制を受ける可能性があります。自己採取したハチミツを自分の蜂に給餌する場合は問題ありませんが、残留農薬や抗生物質の基準には常に注意を払う必要があります。
東京都福祉保健局の食品衛生の窓口など、自治体のサイトではHACCPに沿った衛生管理の手引きが公開されています。これらは自身の衛生管理計画を作成する際のベースとして非常に有用です。
ハチミツ採取は、人間にとっては収穫ですが、ミツバチにとっては「備蓄食料の略奪」に他なりません。したがって、採取後のアフターケアこそが、翌年以降も健康な群を維持し続けるための鍵となります。ここは多くの初心者が失敗しやすく、検索上位の記事でも詳しく触れられていないことが多い「独自視点」の重要ポイントです。
1. 無蜜期(むみつき)の給餌対策
ハチミツ採取の主なシーズンである春~初夏が終わると、多くの地域で主要な蜜源植物の花が終わる「無蜜期」や「梅雨」が訪れます。採蜜によって貯蔵ハチミツを極限まで減らされた状態でこの時期に突入すると、群は深刻な飢餓状態に陥ります。
2. ダニ対策のゴールデンタイム
ハチミツ採取が終わった直後は、ミツバチヘギイタダニ(バロア病)の駆除を行う絶好のタイミング、いわゆる「ゴールデンタイム」です。
採蜜期間中は、薬剤成分がハチミツに混入(残留)するのを防ぐため、ダニ駆除剤の使用は法律およびガイドラインで厳しく禁止されています。しかし、採蜜が終了し、次の採蜜まで期間が空くこのタイミングであれば、承認された医薬品(アピスタンやアピバールなど)や、有機酸(ギ酸やシュウ酸)を使用した駆除を適切に行うことができます。ここでダニ密度を下げておかないと、秋から冬にかけて越冬用の蜂(越冬蜂)が育たず、冬越しに失敗する「全滅」のリスクが跳ね上がります。
3. 盗蜜(とうみつ)の防止
採蜜後の巣箱周辺にはハチミツの甘い香りが漂っています。無蜜期で食料を探し回っている他の強力な蜂群やスズメバチが、この匂いを嗅ぎつけて襲来することがあります。
4. 合同と分割の判断
採蜜を通じて、各群の能力(集蜜力、性質の荒さ、病気への耐性)が明確になります。採蜜後に勢いが弱ってしまった群は、単独での存続が難しいため、他の強い群と合同させる判断も必要です。逆に、非常に優秀な成績を収めた群からは、新しい女王蜂を育成して分蜂(株分け)させ、来シーズンのための優良な遺伝子を残す計画を立てます。
農業としての養蜂は「採って終わり」ではなく、「採った後どう回復させるか」に技術の差が出ます。ミツバチを家畜として大切に扱い、彼らの生理生態に寄り添ったケアを行うことが、結果として翌年の豊作につながるのです。これを「感謝の給餌」と呼び、ルーチンワークとして定着させることが、プロの養蜂家への道です。

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