胆汁酸は肝臓においてコレステロールから合成される両親媒性の化合物で、体内のコレステロール代謝において量的にもっとも主要な排泄経路となっています。この変換プロセスでは、コレステロール骨格のB環の不飽和結合がA環に転移して飽和結合になり、その後側鎖が切断されて炭素数が27から24に減少します。
参考)Journal of Japanese Biochemica…
合成過程の初めの反応を触媒するコレステロール7α-水酸化酵素(CYP7A1)は、その発現の増減によって胆汁酸の生合成量を調節する律速酵素として機能します。このCYP7A1を含むチトクロムP-450酵素系が、コレステロールから胆汁酸への変換において中心的な役割を担っているのです。
参考)腸肝循環〜コレステロール分解・排泄のメカニズム
肝臓で生成される一次胆汁酸には、コール酸(CA)とケノデオキシコール酸(CDCA)の2種類があり、これらは生体内では主にグリシンやタウリンと結合した抱合型胆汁酸として存在しています。ヒト体内に存在するコレステロールの約50%は胆汁酸に変換されたのち体外に排出されており、この経路がコレステロール恒常性の維持に重要な役割を果たしています。
参考)胆汁酸
肝臓で生成された胆汁酸は、胆管を通って胆嚢に蓄えられて濃縮され、食物が十二指腸に送られるタイミングに合わせて分泌されます。成人では1日に600~1200mlの胆汁が分泌されており、この胆汁の主要成分が胆汁酸です。
参考)脂肪で胃が持たれる仕組みと、胆汁酸の役割|タナベ胃腸薬ウルソ…
腸での脂肪の消化吸収に働いた後、胆汁酸の95%以上が腸管で再び吸収されて肝臓に取り込まれる「腸肝循環」と呼ばれる効率的なリサイクルシステムが機能しています。この循環において、小腸末端(回腸)から吸収された胆汁酸は門脈を通じて肝臓に戻り、再利用されるのです。
参考)[9] 胆汁酸[bile acid]
肝臓でつくられる胆汁酸の量は、肝臓にリサイクルされる胆汁酸量によって調節されています。胆汁酸濃度上昇に応答してFXR(ファルネソイドX受容体)が活性化されると、bile acid export pump(BSEP)の発現を上昇させることで胆汁中への胆汁酸の排泄を促進する一方で、sodium-taurocholate cotransporting protein(NTCP)の発現を低下させることで門脈血からの胆汁酸の取り込みを抑制します。
胆汁酸輸送体の機能を阻害することで、小腸から肝臓に循環する胆汁酸の量が減ると、コレステロールはさらに胆汁酸に変換され、結果として血中のコレステロール濃度が低下することが明らかになっています。このメカニズムを利用した治療法の研究も進められています。
参考)コレステロールを調節するたんぱく質の立体構造を世界で初めて解…
胆汁酸の主要な生理機能の一つは、その界面活性化作用により食餌脂肪を乳化し、膵リパーゼによる脂肪の消化を促進することです。乳化とは、水に溶けたり混ざったりしにくい成分の粒子表面を変化させることで水との親和性を高めるプロセスです。
参考)http://www.med.teikyo-u.ac.jp/~lipo/lecture/ba/ba.html
胆汁酸が脂肪を乳化する前は、体内に存在する脂肪分解酵素(水溶性)は脂肪内に侵入することができず、分解作用は限定的な効果しか発揮しません。しかし胆汁酸が脂肪を乳化すると、分解酵素の作用する部分が増えて脂肪を溶けやすくすることができ、消化や吸収に時間のかかる脂肪成分の処理をサポートします。
参考)高脂質な食生活が続く人は必見!胆汁酸の働き Doctors …
さらに胆汁酸はコレステロールや脂肪消化物と混合ミセルを形成し、それらの吸収を促進するとともに、脂溶性ビタミンA、D、E、Kやカルシウム、鉄などの無機物質の吸収にも関与しています。胆汁酸は膵液リパーゼを活性化し、またその至適pHを調節することで、脂質の消化吸収プロセス全体を最適化する重要な役割を担っているのです。
腸に分泌された一次胆汁酸は、腸内細菌の作用を受けることにより脱水酸化などの構造変換を受けて二次胆汁酸に変換されます。二次胆汁酸にはデオキシコール酸(DCA)、リトコール酸(LCA)、ウルソデオキシコール酸(UDCA)などがあり、これらもまた生理活性を持つ重要な物質です。
高脂肪食を摂取すると、脂肪の吸収を促進するために胆汁酸がたくさん分泌されますが、この胆汁酸によって腸内細菌に影響を与えることが分かっています。胆汁酸は単に消化を助けるだけでなく、腸内フローラのバランスを調整する因子としても機能し、胆汁酸を介した腸内細菌と宿主のクロストークが近年注目されています。
参考)“胆汁酸”を介した腸内細菌と宿主のクロストーク
興味深いことに、胆汁酸は脳腸相関を形成する有力な因子であることも示唆されており、社会的ストレスと腸内細菌叢の変化を介して行動に影響を与える可能性が研究されています。最近の研究では、ラット脳組織中にも胆汁酸が存在することが明らかになっており、脳内における胆汁酸の役割解明が進められています。
参考)【論文紹介】高脂肪食と腸内細菌と脳の状態|サプリメントのヘル…
食物繊維、特に水溶性食物繊維は、腸管内の胆汁酸やコレステロールを吸着して便とともに排泄しやすくする重要な働きを持っています。胆汁酸は腸管に排出されたうちの90%が再び腸で吸収され再利用されますが、食物繊維を摂取することでこの再吸収率を下げることができます。
参考)第1454回:コレステロールに食物繊維が戦いを挑みます|いち…
胆汁酸の原料はコレステロールですから、食物繊維が胆汁酸をより多く便と一緒に排泄することにより、体の中のコレステロールを排泄する効果が得られます。体内でコレステロールから作られる胆汁酸の体外(便中)への排泄を促進することで、血中コレステロール値を下げることができるのです。
参考)食物繊維の必要性と健康
食物繊維は体内では消化・吸収されずにそのまま腸に排出され、その際にコレステロールや胆汁酸を吸着し一緒に排出するため、LDLコレステロールが減少します。水溶性食物繊維であるグルコマンナンなどは、水分と一緒になると膨らんで量が増え、腸内細菌(善玉菌)繁殖の餌となって糞便量を増やす効果もあります。
参考)食物繊維のチカラ|知る・学ぶ|株式会社マンナンライフ
食物繊維の摂取量が不足している場合、食物繊維と結合して大腸に運ばれる胆汁酸も減少し、便秘の原因になるだけでなく、胆汁酸の健康上の有益性にも影響を与えることになります。農業従事者の方々にとっても、野菜や穀物などの食物繊維豊富な食材を日常的に摂取することが、コレステロール管理と健康維持の基本となります。
参考)食物繊維が腸内細菌に与える影響とは?手軽に摂るコツや便秘解消…
生化学会による胆汁酸の脂肪合成系制御に関する詳細な解説
ヤクルト中央研究所による胆汁酸の基礎知識
厚生労働省による食物繊維の必要性と健康効果