健康診断の結果表を見て「リパーゼ」という聞き慣れない項目の数値が基準値を超えており(基準値は医療機関により異なりますが、一般的に13〜55 U/L程度)、不安を抱えている農業従事者の方も多いのではないでしょうか。特に、収穫期や繁忙期が終わった後の健診でこの数値が引っかかるケースが散見されます。リパーゼは、主に膵臓(すいぞう)で作られる消化酵素の一つで、中性脂肪を分解する働きを持っています。
血液中のリパーゼ濃度が高くなるということは、膵臓の細胞が何らかの原因で破壊され、本来は腸の中に分泌されるはずの酵素が血液中に漏れ出している状態を示唆しています。肝機能の数値などと異なり、「少し高いけれど様子を見よう」と安易に放置するのは危険な場合があります。なぜなら、膵臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれ、自覚症状が出たときには病状が進行していることがあるからです。
参考)リパーゼ|臨床検査項目の検索結果|臨床検査案内|株式会社ファ…
ここでは、リパーゼが高くなる原因、疑われる病気、そして農家の方特有の生活環境がどのように影響するかについて、医学的な見地と現場の視点を交えて詳しく解説します。
リパーゼの数値が高い場合、最も強く疑われるのが膵炎(急性膵炎・慢性膵炎)や膵石症、場合によっては膵臓がんなどの膵疾患です。特にリパーゼは、同じく膵酵素である「アミラーゼ」よりも膵臓への特異性が高く、膵臓の状態をより正確に反映すると言われています。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/4088/
急性膵炎と慢性膵炎の違い
それぞれの特徴を理解しておくことが重要です。
参考)急性膵炎
なぜ数値が上がるのか?
膵臓の腺房細胞(酵素を作る細胞)が壊れると、細胞内のリパーゼが血中に逸脱します。また、腎不全などで尿への排泄が低下した場合にも、血中濃度が高くなることがあります(腎排泄型酵素のため)。したがって、リパーゼが高い=必ずしも膵臓がんというわけではありませんが、膵臓に何らかの負担がかかっている明確なサインです。
見逃してはいけないサイン
農作業中に「なんとなく背中が重い」「腰痛だと思っていたら実は膵臓からの放散痛だった」というケースは少なくありません。筋肉痛や疲労と混同しやすいですが、安静にしていても痛みが改善しない、食事をすると痛む場合は要注意です。
日本膵臓学会(一般の皆様へ)
※膵臓の病気に関するガイドラインや専門医のリストが掲載されており、正しい知識を得るのに役立ちます。
「ストレスで胃が痛い」とはよく言いますが、実はストレスは膵臓にも大きな悪影響を及ぼします。直接的にストレスがリパーゼを上昇させるわけではありませんが、ストレスに対する体の反応や、それに伴う行動の変化が間接的な原因となります。
自律神経と膵臓の関係
強いストレスを感じると、自律神経のバランスが崩れます。
ストレス起因の「代償行動」が最大のリスク
農作業の天候不順、資材高騰、後継者問題など、農業経営には精神的なプレッシャーがつきものです。このストレスを解消するために、以下の行動をとっていませんか?
無症状でも要注意
「痛くないから大丈夫」ではありません。リパーゼが基準値の2〜3倍あっても、自覚症状がないことは珍しくありません。これは「沈黙の臓器」たる所以であり、症状が出たときにはすでに慢性膵炎が進行している可能性があります。ストレスを感じている時期に数値が上がったのであれば、それは体が発している「休息が必要」というSOSです。
リパーゼが高いと指摘された場合、最初に行うべきは消化器内科の受診です。しかし、受診までの間、あるいは治療の一環として、直ちに生活習慣、特に「食事」を見直す必要があります。膵臓を休ませるための食事療法は、数値改善の鍵を握ります。
避けるべき食事(NGリスト)
膵臓は脂肪を分解する酵素を出す臓器なので、脂肪摂取が最大の刺激になります。
推奨される食事(OKリスト)
「低脂肪・高タンパク・消化の良いもの」が基本です。
消化器内科での対応
消化器内科を受診すると、通常は以下の検査が行われます。
日本消化器病学会(急性膵炎診療ガイドライン)
※治療の流れや重症度判定の基準について詳しく解説されている専門的な資料です。
健康診断で「再検査」の判定が出た場合、多くの人が疑問に思うのが「アミラーゼとの違い」と「なぜリパーゼだけ高いのか?」という点です。
アミラーゼとリパーゼの違い
| 特徴 | アミラーゼ (Amylase) | リパーゼ (Lipase) |
|---|---|---|
| 分解対象 | 糖質(デンプン) | 脂質(脂肪) |
| 由来臓器 | 膵臓 + 唾液腺(おたふく風邪などでも上昇) | ほぼ 膵臓のみ |
| 特異性 | 低い(他の病気でも上がりやすい) | 高い(膵臓の異常を強く示唆) |
| 血中半減期 | 短い(炎症後、早めに正常化する) |
長い(炎症後、長く高値が続く) |
リパーゼだけが高い理由
「アミラーゼは正常なのに、リパーゼだけ高い」というケースがあります。これにはいくつかの理由が考えられます。
再検査を受けるタイミング
基本的には「直ちに」受けるべきですが、仕事の都合などで難しい場合でも、1ヶ月以内には必ず受診してください。再検査では、空腹時採血を行うことが一般的です(食後は中性脂肪の影響などで数値が変動する可能性があるため)。
再検査で確認すべきこと
医師には以下の点を伝えると診断の助けになります。
ここでは、一般的な健康サイトではあまり触れられない、農業従事者ならではのリスク要因について深堀りします。農家の方がなぜリパーゼ高値になりやすいのか、環境要因から考察します。
1. 農薬(有機リン系)と膵臓への影響
非常にデリケートな話題ですが、特定の農薬、特に殺虫剤として使われる有機リン系の薬剤への曝露が、稀に急性膵炎を引き起こす可能性があることが医学的に報告されています。有機リン剤は神経系に作用しますが、同時に膵臓の分泌過多を引き起こしたり、オッディ括約筋の緊張を高めたりする作用があると考えられています。
散布作業後に腹痛を感じたり、吐き気がする場合は、単なる「農薬酔い」ではなく、膵臓への影響である可能性もゼロではありません。防護マスクや手袋の着用を徹底し、散布後は直ちに体を洗うなど、曝露対策を見直してください。
2. 慢性的な脱水と血液粘度
ビニールハウス内での作業や夏の炎天下での草刈りなど、農作業は過酷な環境下で行われます。
3. 不規則な食事と「収穫後の打ち上げ」
収穫期は食事時間が不規則になりがちです。空腹時間が長く続いた後に、急に大量の食事を摂ると、休んでいた膵臓が急激にフル稼働させられ、大きな負担がかかります。
また、収穫が終わった安堵感から、地域の集まりや慰労会で大量のアルコールを摂取することも多いでしょう。「疲労+脱水+空腹+大量飲酒」は、急性膵炎を発症させる最悪のコンボです。このタイミングで救急搬送される農家の方は決して少なくありません。
4. 農業機械の振動と身体的ストレス
トラクターやコンバインなどの長時間運転による全身振動は、内臓への物理的なストレスとなり得ます。直接的に膵炎を起こすわけではありませんが、慢性的な疲労蓄積は自律神経を乱し、前述の膵血流障害を助長する要因の一つとなります。
農家の方への提言
体が資本の農業だからこそ、リパーゼの数値は「働き方を見直せ」という警告灯です。
これらの対策を取り入れ、来年の健診では基準値内を目指しましょう。