田んぼの水路でセルビンを仕掛けると、漁業法違反になる場合があります。
「田んぼの生き物調査」は、農林水産省と環境省が連携して2001年度から始めた取り組みです。単に生き物を探すレクリエーションではありません。水田やその周辺の生態系を科学的に把握し、農業農村整備事業が環境に与える影響を継続的にモニタリングするための公式な調査制度です。
国内の水田には、微小なプランクトンから大型の鳥類まで合わせると6,000種以上の生物が生息していると言われています。肉眼で確認できるサイズの動植物に限っても5,000種ほどにのぼります。これはまるで、東京ドーム(面積約4.7万㎡)ほどの田んぼ一枚に、日本最大の動物園をはるかに超える生態系が広がっているようなイメージです。
農業農村整備事業が「環境との調和に配慮した田園環境創造型」に転換したのは、土地改良法の改正(2001年)がきっかけでした。それ以前は、水田周辺の生物実態を把握する調査がほとんど行われていなかったのです。つまり農業従事者は、自分の田んぼの生態系の豊かさを客観的に知る手段を持っていなかったわけです。
調査には「基幹調査」と「一般調査」の2区分があります。基幹調査は国が実施し、一般調査は都道府県・土地改良区・JAなどが実施します。農業従事者が参加するのは主に一般調査です。一般調査では、魚・水生昆虫の水路調査、水田内での水生昆虫調査、カエル調査、外来生物確認調査の4つが基本セットとなっています。
参考リンク(農林水産省による公式マニュアルPDF:調査区分・手順・調査票の様式が詳しく解説されています)
田んぼの生きもの調査2009 調査マニュアル(農林水産省)
調査の時期は、田植え後〜中干し前の5月〜6月が基本です。この時期が条件が整う理由があります。水田に水が十分にあり、かつ水が濁っていない状態であること、そしてイネがまだ小さくて畦畔から水面を見通せることが、正確な目視調査の前提となるからです。
イネが育ってくると、葉がじゃまをして水中がほとんど見えなくなります。これは見落としがちなポイントです。農薬散布の直後も、薬剤の影響で生き物が一時的に減少したり、水が濁って観察しにくくなったりします。農薬散布のスケジュールと調査日が重ならないよう、事前に農薬使用日を把握しておくことが重要です。
調査地点の選び方にも原則があります。マニュアルでは以下のような調査場所が設けられています。
- 水路:魚・水生昆虫の採集。カゴ網・タモ網・定置網(基幹調査)を使用
- ため池:魚・水生昆虫の採集(基幹調査では水路1地点をため池に変更)
- 水田内:タモ網による水生昆虫(タガメ・ゲンゴロウ類など中型以上)の採集
- 農道・畦畔:タモ網でのカエル調査
調査前には必ず「水田の持ち主に許可を取る」ことが求められています。自分の田んぼを自分で調査する場合でも、隣接地の水路については地権者への確認が必要なケースがあります。事前準備が基本です。
また、調査の「努力量」を統一することが大切です。努力量とは、調査する区間(m)・調査人数(人)・調査時間(分)・網を振る回数(回)のことです。「毎回10mの畦畔を3人で10分間調査する」のようにルールを決めておくと、季節や年ごとのデータ比較が意味を持つようになります。これが科学的なモニタリングと単なる観察記録の違いです。
参考リンク(岩手県農業研究センターによる水田・水路の生き物調査手引き:調査時期・場所・道具の選び方が具体的に記されています)
水田・水路の生き物調査手引き(岩手県農業研究センター)
現場で使う道具は多くありません。基本はタモ網(目合い1〜2mm)、バケツまたは白いバット、記録用紙、カメラ、ものさしです。白いバットは百均でも手に入る台所用バットで十分で、そこに採集した生き物を移すと見やすくなります。
タモ網の使い方には、水田・水路それぞれで異なる手順があります。
水田内でのすくいとり採集では、水田の泥をタモ網ですくってバケツに移し、その中から生き物をより分けます。イネの苗を倒したり踏んだりしないよう、畦畔から手を伸ばすか、丁寧に田んぼに入って採集します。泥を多く入れすぎると生き物が窒息するため、泥は少なめにするのがコツです。
水路でのタモ網採集では、一人が下流側でタモ網を水路底に構え、もう一人が上流側から生き物を追い込む「追い込み法」が効果的です。一人で行う場合は足で水底をかき回しながらタモ網に追い込みます。
セルビン(筒状の仕掛け網)は魚の採集に使います。ペットボトルで自作もでき、エサ(釣り用練り餌・魚肉ソーセージなど)を入れて口を下流側に向けて沈めます。30分〜1時間後に引き上げる方法です。
⚠️ ただし、河川でのセルビン・タモ網の使用は漁業法第143条に違反する可能性があります。 水田の水路でも、河川に隣接している場合や、漁業権が設定されている河川では注意が必要です。農業従事者が調査目的で行う場合でも、河川での採集については事前に地元の漁業協同組合や都道府県の水産担当部署に確認することを強くお勧めします。違反した場合には罰則が適用されます。これは見落とされがちな落とし穴です。
一般調査では、水路でのセルビン(定置網)使用は義務ではなく、「安全が確保できれば実施可」という位置づけです。まずはタモ網から始めるのが現実的な判断です。
参考リンク(水辺の生き物調査体験と漁業法の関係:どこまで許可なく採集できるかの法令解説)
水辺の生き物調査体験の手引き・法令編(NPOバーブレスフック)
外来種の確認は、マニュアルで明示された調査項目の一つです。農林水産省の「田んぼの生きもの調査」では、カワヒバリガイ・ボタンウキクサ・ホテイアオイの3種を主な確認対象としています。しかし現場では、アメリカザリガニやブラックバス・ブルーギルなどが見つかることも少なくありません。
問題はここからです。アメリカザリガニは2023年6月から「条件付特定外来生物」に指定されました。 見つけても野外に放すことが禁止されており、違反した場合は個人で懲役3年以下または300万円以下の罰金が科せられます。一方、調査中に捕まえてその場で放す行為(キャッチ・アンド・リリース)は禁止されていません。ただし、他の水域へ持ち出して放すことは違反です。
アメリカザリガニは水田や水路で在来の水生植物を大量に食害したり、タガメなどの希少な水生昆虫を捕食したりします。タガメはすでに絶滅危惧II類(環境省)に指定されており、その個体数減少の一因とされています。調査で外来種を見つけた場合、その記録は地域の生態系把握において非常に重要なデータになります。
外来種を発見したら以下の対応が基本です。
- 写真・日時・場所を記録票に記録する
- 調査票の「外来生物確認欄」に記入する
- 特定外来生物・条件付特定外来生物の場合は生きたまま持ち出さない
- 駆除を行う場合は都道府県の担当窓口に相談する
外来種の存在は、農業被害とも直結しています。アメリカザリガニは畦に穴を開けたり、稲の苗を切断したりする農業被害も引き起こします。つまり生き物調査は環境保全だけでなく、農業生産の安定にも役立つ情報収集になります。
参考リンク(環境省・アメリカザリガニの外来生物法上の位置づけと注意事項:農業従事者が知っておくべき法律の要点が確認できます)
アメリカザリガニの取り扱いに関する注意(環境省・外来生物法)
調査結果を記録票に残すことは、単なる書類作業ではありません。この記録データが、農業従事者にとって直接的な経済的メリットにつながる可能性を持っています。これは意外に知られていない重要なポイントです。
記録に必要なものはシンプルです。農林水産省マニュアルに付属している「調査票」「写真票」「地形図(1/25,000)」の3点が基本セットです。生き物の名前が分からなければ「○○の仲間」くらい(科・属レベル)でも記録として成立します。写真にはものさしを並べて撮影すると、後から大きさが確認でき、同定(種の特定)に役立ちます。
データの蓄積が価値を生む仕組みを示す最も具体的な事例が、新潟県佐渡市の「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度です。この認証を受けるためには、農薬・化学肥料を地域慣行比で5割以下に抑えることに加え、年2回の田んぼの生き物調査の実施が必須要件となっています。認証を得たお米は「朱鷺と暮らす郷」ブランドとして流通し、通常の佐渡産コシヒカリよりも高い付加価値を持ちます。生き物調査の記録が、農家の収入に直結しているわけです。
同様に、農林水産省の「環境保全型農業直接支払交付金」では、生物多様性指標(生き物調査)を農業環境指標として活用することが交付条件の評価に使われています。つまり調査記録を正確に残している農家ほど、支援制度の申請においても有利になります。
記録の保存方法として、以下を押さえておけばOKです。
| 記録の種類 | 保存方法 |
|---|---|
| 調査票・生き物記録カード | ファイルにはさんで地点別に整理 |
| 写真データ | 調査地点ごとにフォルダ分けしてPC保存 |
| 調査地形図 | 地点を清書した1/25,000地形図を保管 |
| 外来種記録 | 外来生物確認欄に日時・場所・種名を明記 |
データを複数年にわたって蓄積すると、季節・年ごとの生き物の増減が可視化されます。「昨年より魚が減った→用水路の改修が影響しているかも」のような分析が自分の田んぼで可能になります。これは生態系の変化の早期検知という意味で、農業環境の管理精度を高めてくれます。
参考リンク(農林水産省による「鳥類に優しい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル」:指標生物とスコアを使った評価手法が都道府県別に詳述されています)
鳥類に優しい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル(農研機構)
参考リンク(佐渡市公式:「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度の詳細と生き物調査の要件)
佐渡市認証米「朱鷺と暮らす郷」とは?(佐渡市公式)
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