農産加工の現場で硬化油が選ばれる最大の理由は、「常温での固さ(可塑性)」と「酸化しにくさ」を、比較的再現性よく設計できる点です。
液体油を半固体・固体へ寄せる代表的な方法が水素添加(硬化処理)で、植物油などの不飽和脂肪酸の二重結合へ水素を付加して性状を変えます。
農産加工品での典型用途は、焼菓子・パン・クリーム・フィリング・フライ用の揚げ油の一部など、「油の流れ・口溶け・層(サクさ)・保形性」が商品価値に直結する領域です。
参考)食品に含まれるトランス脂肪酸の由来:農林水産省
硬化油の採用は、単に原価の都合ではなく「温度が上下する流通で形が崩れない」「抱き込み(空気や水分)の状態が安定する」など、品質事故リスクを下げる意味も持ちます。
一方で、硬化処理や精製工程(例:脱臭)において、トランス型の二重結合が生じる場合があることは、説明責任の観点から知っておくべきポイントです。
ただし、農林水産省は、通常の揚げ調理条件(160~200℃)で油を繰り返し加熱しても、トランス脂肪酸の生成はごく微量で影響は無視できることを確認した、と整理しています。
実務上は「硬化油=危険」と短絡せず、どの油脂をどの工程(練り込み、包餡、油ちょう、被覆)で使い、何を品質KPI(食感、保形、風味保持、歩留まり)にしているのかを言語化すると、置き換え判断の精度が上がります。
原材料表示の考え方は「消費者が原材料の実態を把握できる一般名称で記載する」ことが前提で、食用油脂でも「大豆油」「硬化油」等、最も一般的な名称での表示が示されています。
つまり、農産加工品の配合設計で硬化油を採用すると、「硬化油」という語が原材料欄に現れる可能性があり、直売所・地域ブランド・学校給食など“説明を求められやすい販路”ほど影響が大きくなります。
また、食用精製加工油脂の規格(JAS)では、表示の名称の扱いとして、主たる工程が水素添加のものは括弧書きで「硬化油」と記載する形が示されています。
参考)https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/kokujikaisei-95.pdf
ここが重要で、加工現場の感覚で「ショートニングのつもり」「加工油脂のつもり」で仕入れても、規格・表示の文脈では「硬化油」という言葉に集約される場面があり、誤解や炎上(“知らないカタカナが不安”)を防ぐには事前設計が有効です。
実務での対策としては、次の3点をセットで用意すると、問い合わせ対応が格段に楽になります。
「表示は法務」「配合は製造」と分断すると、後から“表示できない配合”が発覚し、ラベル刷り直しや回収リスクにつながります。
参考)https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/kokujikaisei-378.pdf
農産加工の規模が小さいほど修正コストが重くなるため、配合検討の初期に「原材料名の出方」まで同時に確認するのが安全です。
表示ルールの考え方(原材料の一般名称、どんな例で「硬化油」等が挙がるか)を一次情報で押さえる。
食品表示基準の背景を踏まえた「食用植物油脂の表示例(大豆油、硬化油 等)」が確認できる資料
https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/kokujikaisei-378.pdf
硬化油を語るとき、消費者の関心は「トランス脂肪酸」に結びつきやすく、説明の筋道を準備しておくことが、農産加工の信頼維持に直結します。
食品安全委員会の資料では、トランス脂肪酸は硬化油を使用したマーガリンやショートニングなどの加工油脂、またそれらを原料として製造される食品に含まれると説明されています。
健康影響として、摂取量が増えるとLDL(悪玉)上昇やHDL(善玉)低下、心臓疾患リスク増加が報告されている旨が示されています。
参考)https://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/12gou/12gou_4.pdf
一方で、日本における推計摂取量として、硬化油等から計算したトランス脂肪酸摂取が1日平均1.56g、総エネルギー摂取量の0.7%に相当するという報告が紹介され、「日本人の食生活において健康影響は小さいと考えられる」と整理されています(ただし個人差は考慮されていないとも記載)。
この“両面”が現場での説明に効きます。
農産加工のコミュニケーションでは、成分の善悪を断定するより、「当社は○○(品質・日持ち・食感)を目的に油脂を設計し、消費者の懸念に配慮して原材料と工程を見直している」という姿勢が、最終的にクレーム低減につながります。
また、農林水産省は、食品事業者が油脂の加工工程でできるトランス脂肪酸をできるだけ減らす対策を進めている、とも整理しており、“改善の余地がある領域”として捉えると現場改善の動機づけになります。
参考)すぐにわかるトランス脂肪酸:農林水産省
トランス脂肪酸の由来(硬化処理・脱臭・揚げ調理での生成の扱い)を一次情報で確認できる。
油脂の加工由来として「水素添加(硬化処理)」や「脱臭」でトランス型に変化しうること、通常の揚げ条件での生成はごく微量という調査結果がまとまっている
食品に含まれるトランス脂肪酸の由来:農林水産省
硬化油を減らす・外す設計は可能ですが、農産加工では「食感・保形・酸化・作業性」のどれを優先するかで答えが変わります。
特に焼菓子・パイ・サブレのように“層”や“ほろけ”が価値の中心にある場合、油脂の融点帯(どの温度で柔らかくなるか)がズレるだけで、成形性や食感が大きく崩れます。
置き換え時に現場がハマりやすい落とし穴は、原料そのものより「工程条件」の未調整です。
置き換えを「油脂だけ」の比較で終わらせず、以下の“現場指標”で小規模テストを設計すると、失敗の回収が早くなります。
そして、表示面では「硬化油」という語を避けたいのか、それとも“使っているが説明できる”状態を作るのかで方針が分かれます。
販路の期待値(例:健康志向の直販、業務用の安定供給)に合わせて、油脂の選択と説明の型を揃えるのが、農産加工として最も事故が少ない進め方です。
検索上位の一般論では見落とされがちですが、農産加工の現場では「直売所向けの少量生産」と「OEM/卸向けの規格生産」で、硬化油に対する最適解が逆転することがあります。
直売所は“顔が見える”強みがある一方、原材料欄の一語(例:硬化油)が購買判断に直結しやすく、説明文(POPやQ&A)を用意できないと不利になりやすいです。
一方、OEMや卸では、風味のブレや油にじみのクレームが金額換算で大きく、油脂の安定性を買って硬化油を採用する判断が合理的になりやすいです。
つまり、同じ農産加工品でも「誰に売るか」「どの温度帯で流通するか」で、硬化油の是非が変わるため、“善悪”の議論より“仕様”の議論に落とし込むのが実務的です。
このとき有効なのが、「表示の逆転」を先に想定した2系統レシピ戦略です。
同じ工場で二系統を運用する場合は、原材料の取り違えが最大リスクになります。
ラベルの原材料名の出方(硬化油等)と、仕入れ伝票・ロット管理を連動させ、表示と現物がズレない仕組みを先に作ると、現場の心理負担が減り、結果として品質も安定します。