リンゴ栽培において、最も労働時間を要し、かつ短期決戦を迫られるのが「摘花・摘果作業」です。この過酷な作業を劇的に省力化するために開発されたのが、摘花剤「エコルーキー」です。主成分にギ酸カルシウムを使用しているこの薬剤は、従来の石灰硫黄合剤と比較して、作業者や環境への負担が少ないという大きな特徴があります。
農業現場における高齢化と人手不足が深刻化する中、限られた人員で広大な園地を管理するためには、化学的摘花剤の導入が不可欠となりつつあります。エコルーキーは、リンゴの雌しべの柱頭に作用し、受粉能力を物理的に阻害することで結実を抑制します。
エコルーキーの最大の特徴は、その作用が「穏やか」であることです。石灰硫黄合剤が強力なアルカリ性で花器全体を激しく損傷させるのに対し、エコルーキー(ギ酸カルシウム)は柱頭の組織を選択的に不活化させます。これにより、以下のメリットが生まれます。
近年、世界的に減少が懸念されているミツバチなどの訪花昆虫に対する安全性も、エコルーキーが選ばれる理由の一つです。受粉をハチに依存している園地では、殺虫成分を含む薬剤や、昆虫が忌避するような強い臭気を持つ薬剤の使用は制限されます。エコルーキーは訪花昆虫に対する毒性が極めて低く、散布翌日からハチが元気に飛び回る姿が確認されています。これにより、必要な中心果の受粉は確保しつつ、不要な側花の受精だけを阻害するという、理想的な管理が可能になります。
秋田県農林水産部によるエコルーキーの利用方法と試験結果(PDF)
参考:秋田県の研究では、エコルーキーの利用により摘果作業時間を約50%削減できることが実証されています。
エコルーキーの効果を最大限に発揮させ、導入に成功するためには、散布の時期(タイミング)の見極めが命です。摘花剤は「早すぎれば効果がなく、遅すぎれば手遅れ」という非常にシビアな資材です。品種や受粉方法(人工受粉か訪花昆虫か)によって、ベストなタイミングは異なります。
主力品種である「ふじ」などの単植園で、人工受粉(AP)を前提とする場合、エコルーキーの散布は人工受粉のスケジュールと密接に連動させる必要があります。
なぜこのタイミングなのか。それは、人工受粉によって柱頭に付着した花粉が花粉管を伸ばし、受精が完了するまでの「タイムラグ」を利用するためです。
受粉から2時間後に散布してしまうと、せっかく人工受粉した中心花まで摘花されてしまい(結実率35%程度まで低下)、収量が激減する恐れがあります。逆に2日後であれば、中心花の受精は完了しており(結実率90%以上)、遅れて咲いてくる側花や腋芽花(えきがが)の受精だけをブロックできます。
ハチを利用している場合、どの花がいつ受粉したかを正確に知ることは不可能です。そのため、花の開花状況を目安にします。
この「2回散布」がセットであることが重要です。1回だけでは、ダラダラと咲き続ける側花を抑えきれず、十分な摘花効果が得られないケースが多く報告されています。
| 受粉方法 | 1回目の散布時期 | 2回目の散布時期 | 狙い |
|---|---|---|---|
| 人工受粉 | 受粉作業の翌日 | 受粉作業の2〜3日後 | 中心果を確保しつつ、後から咲く側花を叩く |
| 訪花昆虫 | 頂芽の満開日 | 満開日の2〜3日後 | 一斉に咲く中心花以外の受精を広範囲に阻害 |
ギ酸カルシウムの効果は、湿度と温度に左右されます。
薬剤が柱頭に付着してから乾燥するまでの時間が短いと、十分に組織に浸透せず、効果が薄れる可能性があります。逆に、高湿度でいつまでも乾かない状態が続くと、必要以上に浸透して薬害のリスクが高まります。
特に注意すべきは「雨」です。散布直後に降雨があると薬剤が流亡してしまい、効果がゼロになります。散布後少なくとも24時間は雨が降らない予報を確認してから作業に入ることが、失敗しないための鉄則です。
化学薬剤を使用する以上、避けて通れないのが薬害のリスクです。エコルーキーは比較的安全な剤ですが、使い方を誤ると葉焼けや果実のサビ(サビ果)を引き起こし、商品価値を下げてしまう失敗につながります。
すべてのリンゴ品種に同じように使えるわけではありません。特に以下の品種では、薬害が発生しやすいことが知られています。
「効き目を強くしたい」という焦りから、指定された希釈倍数(通常100倍〜150倍)よりも濃くしたり、同じ場所に何度も吹き付けたりすることは、薬害の直接的な原因となります。
推奨される散布量は、10アールあたり300〜600リットルです。これを大幅に超える量を散布すると、葉の先端に液滴が溜まり、そこが高濃度となって組織が壊死する「縁枯れ」症状が出ます。
エコルーキーの効果を安定させるためには、「手散布」が最も推奨されます。
SS(スピードスプレイヤー)を使用する場合、ファンの風圧で葉が裏返ったり、薬液が通り過ぎてしまったりして、肝心の柱頭に付着しないことがあります。また、SSの強風で花が物理的に傷つくこともあります。
エコルーキーは単用が基本です。殺菌剤や殺虫剤、あるいは展着剤との混用は、予期せぬ化学反応を起こし、薬害を助長する可能性があります。特に、展着剤を加えると浸透性が高まりすぎて、必要な中心果まで落としてしまうリスクがあるため、メーカーの指示がない限り混用は避けるべきです。
JAごしょつがる:石灰硫黄合剤及びエコルーキーの使い方ガイド(PDF)
参考:JAによる指導資料。葉焼け症状の写真や、SSのファン設定に関する具体的な注意事項が記載されています。
ここまでは使用上の技術的な側面を見てきましたが、経営的な視点、つまり「儲かるのか?」という点について、独自視点で深掘りします。エコルーキー導入の成功事例を分析すると、単なる労働時間の短縮以上の経済的メリットが見えてきます。
過去の経済性分析データによると、エコルーキーの薬剤費と散布人件費を回収するための「損益分岐点」は、摘花効果(無処理区との比較)でおよそ25%とされています。
つまり、エコルーキーを撒くことで、手作業で落とさなければならない花の量が4分の1減れば、元が取れる計算です。
しかし、実際の成功事例では、適切に散布された場合、40%〜50%の摘花効果が確認されています。これは、コストを回収して余りある利益を生むことを意味します。
対して、手作業による摘花・摘果作業は、10アールあたり30時間以上かかることも珍しくありません。時給1,000円で換算しても30,000円のコストです。エコルーキーによって作業時間が半減(15時間短縮)すれば、15,000円の労働コスト削減になります。
「6,500円の投資で、15,000円分の労働を削減する」
これがエコルーキー導入の真の経済的価値です。
目に見える人件費削減以上に大きなメリットが、樹体生理への好影響です。
リンゴの木は、開花と種子形成に莫大なエネルギー(貯蔵養分)を消費します。手作業の摘果が遅れ、6月〜7月まで大量の果実がぶら下がっている状態は、木の体力を奪い、翌年の花芽形成を阻害します(隔年結果の原因)。
エコルーキーによって開花直後の早い段階で不要な花を落とすことは、無駄な養分浪費をストップさせることを意味します。
成功している農家は、エコルーキーを「今年の手間を減らす道具」としてだけでなく、「来年の収量を確保する投資」として位置づけています。
一方で、導入に失敗し「もう使わない」と判断するケースもあります。その多くは「過信」によるものです。
「薬を撒いたから、手作業はゼロでいい」と考えて放置すると、薬の効きが悪かった年に摘果が間に合わず、小玉果ばかりになるという大失敗を招きます。
エコルーキーはあくまで「粗(あら)摘果」を補助する資材です。
「最終的な仕上げ摘果は人間がやる必要がある」という前提を忘れず、省力化できた時間を、より丁寧な見直し摘果や、他の管理作業(草刈りや防除)に充てるという意識変革が、導入成功の鍵となります。
また、近年では気候変動により、開花期が早まったり、期間が短くなったりと、散布適期の判断が難しくなっています。地域の普及指導センターやJAの発行する防除暦(カレンダー)を常にチェックし、その年の気象に合わせた柔軟な対応が求められます。

りんごの摘花剤 エコルーキー 5kg 植物成長促進剤 ギ酸カルシウム水溶剤 摘果作業省力化 人手不足対策 有機酸カルシウム肥料 スイカルと同成分