青いキクの開発と遺伝子の仕組み!サントリーの不可能な誕生

青いキクはなぜ自然界に存在しないのか?遺伝子組み換え技術による開発秘話から、農業従事者が直面する栽培規制や販売の可能性まで徹底解説します。不可能を可能にした技術と、青色が安定する科学的メカニズムとは?

青いキク

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青いキクの概要
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開発の経緯

農研機構とサントリーが共同開発し、2017年に「真の青色」を実現。

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栽培と規制

カルタヘナ法による厳格な規制対象であり、一般農家による栽培は不可。

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発色の仕組み

カンパニュラとチョウマメの遺伝子導入による高度な構造修飾。

青いキクの開発と遺伝子組み換えの仕組み


農業の現場において、新品種の開発情報は将来の経営戦略に関わる重要な要素です。特に、長年「不可能」とされてきた「青いキク」の開発は、日本のバイオテクノロジーの結晶とも言える成果です。この青いキクは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構農研機構)とサントリーグローバルイノベーションセンター株式会社(サントリー)の共同研究によって誕生しました。


通常、品種改良交配(かけ合わせ)によって行われますが、キクにはもともと青色の色素を作る能力が欠如しているため、従来の交配育種ではどれだけ時間をかけても青い花を作ることはできませんでした。そこで採用されたのが、外部から特定の遺伝子を導入する「遺伝子組み換え技術」です。


青いキクの実現には、単純に一つの遺伝子を入れるだけでは不十分でした。当初の研究では「青い色」を出すための基本的な遺伝子を導入しましたが、それでは紫色にしかならず、鮮やかな青色には至らなかったのです。そこで研究チームは、以下の二段階の高度な遺伝子操作を行いました。


  • 第一の遺伝子(カンパニュラ由来):

    まず、青紫色の花を咲かせる「カンパニュラ」から、青色色素の骨格となる「デルフィニジン」を合成するための酵素遺伝子(F3'5'H遺伝子)を導入しました。これにより、キクの花弁の中でデルフィニジンが合成されるようになり、花色は赤紫から青紫へと変化しました。しかし、これだけでは「真の青」とは呼べない色合いでした。


  • 第二の遺伝子(チョウマメ由来):

    さらに、鮮やかな青い花で知られるマメ科の植物「チョウマメ(バタフライピー)」から、色素に糖(グルコース)を結合させる酵素の遺伝子を導入しました。この酵素の働きにより、デルフィニジンに特殊な糖修飾が行われ、色素の分子構造が変化して安定した「青色」を発色することに成功しました。


この二つの遺伝子が協調して働くことで、初めて人間の目に見えるレベルでの「青いキク」が完成しました。これは単なる色の変化ではなく、植物生理学における色素生合成経路の精密な制御が可能であることを証明した画期的な事例です。


農研機構プレスリリース:世界初「青いキク」が誕生(研究の詳細と写真)

青いキクが自然界で咲かない理由とデルフィニジン

なぜ、キクは自然界において青い花を咲かせないのでしょうか。これには植物が持つ酵素と色素の生合成経路が深く関係しています。農業従事者であれば、花の色がアントシアニンなどの色素によって決まることはご存知かと思いますが、その詳細なメカニズムを知ることは、今後の花き栽培における肥料管理や品種選定にも役立つ知識となります。


花の色を決定づける主要な色素はアントシアニン類であり、その中でも基本となる骨格(アントシアニジン)には主に以下の3種類があります。


  1. ペラルゴニジン(Pelargonidin): 鮮やかな橙色や赤色を発色(例:ゼラニウム、ダリア)
  2. シアニジン(Cyanidin): 赤色や赤紫色を発色(例:バラ、従来のキク)
  3. デルフィニジン(Delphinidin): 青色や紫色の元となる色素(例:リンドウ、デルフィニウム)

青い花を咲かせるためには、3番目の「デルフィニジン」が必須です。植物が体内でデルフィニジンを作るためには、「フラボノイド3',5'-水酸化酵素(F3'5'H)」という特定の酵素が必要となります。しかし、キク、バラ、カーネーションといった主要な花き品目は、進化の過程でこのF3'5'Hを作る遺伝子を失ってしまっています。そのため、どれだけ突然変異を待っても、あるいは既存の品種同士を交配させても、体内でデルフィニジンを合成することができず、絶対に青くならないのです。


自然界のキクが持つ色素は、主にシアニジン型(赤〜ピンク)またはカロテノイド(黄色)です。これらを組み合わせても、紫色は作れますが、純粋な青色(シアンブルーやロイヤルブルー)を作ることは物質的に不可能です。これが、長年「青いキク」が幻とされてきた科学的な理由です。


この「欠損している酵素」を、遺伝子組み換え技術によって外部から補うことでしか、青いキクは実現し得ませんでした。これは、土壌改良や肥料の工夫といった栽培技術の範疇を超えた、遺伝子レベルでの壁が存在していたことを意味します。


日本植物生理学会:なぜ青い花は少ない?(植物生理学的な解説)

青いキクの販売や一般栽培の可能性と規制

農業従事者にとって最も関心があるのは、「青いキクの種苗を入手して栽培できるのか?」「市場に出荷して高単価で販売できるのか?」という点でしょう。結論から申し上げますと、現時点(2025年)において、一般の農家が青いキクの苗を購入し、露地やハウスで営利栽培することは法律により禁止されています。また、種苗メーカーからの一般販売も行われていません。


これには、日本国内における「遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」、通称カルタヘナ法が大きく関わっています。


  • 第一種使用等の承認(一般栽培へのハードル):

    遺伝子組み換え作物を、拡散防止措置をとらない開放系(通常の畑など)で栽培するためには、国の「第一種使用等」の承認を受ける必要があります。この審査では、組み換え植物が花粉を飛散させて野生の近縁種と交雑し、生態系に悪影響を与えないかどうかが厳密に評価されます。キクは日本国内に多くの野生種(ノジギク、リュウノウギクなど)が自生しており、これらと交雑するリスク(遺伝子汚染)が懸念されるため、承認のハードルは極めて高いのが現状です。


  • 青いバラとの違い:

    すでにサントリーから販売されている「青いバラ(アプローズ)」は、一般販売されていますが、あれは切り花としての販売が主であり、苗木の一般流通は制限されています(バラは種子で増えにくく、野生種への交雑リスク管理がキクとは異なる背景もあります)。キクは風媒・虫媒によって容易に交雑し、種子飛散も起こりやすいため、環境影響評価には慎重な議論が必要です。


  • 現在のステータス:

    現在は研究機関や特定の管理された展示会など、拡散防止措置が取られた環境(第二種使用等、または限定的な第一種使用)でのみ扱われています。もし、許可なく栽培したり、海外から苗を持ち込んだりした場合、カルタヘナ法違反となり、重い罰則が科せられる可能性があります。


将来的に販売が可能になるとすれば、まずは「花粉が出ない(不稔性)」性質を付与した品種改良が進み、交雑リスクが完全に否定された段階になるでしょう。あるいは、切り花として輸入・流通するルートが先に整備される可能性がありますが、生産者としての「栽培」への道は、まだ数年〜十数年のスパンでの技術進展を待つ必要があります。


農林水産省:カルタヘナ法とは(生物多様性と遺伝子組み換え規制の解説)

青いキクの花言葉と不可能を可能にした誕生の背景

キクは古くから日本人に愛されてきた花であり、皇室の紋章にも使われる高貴な花です。一般的なキクの花言葉は「高貴」「高潔」「うれしい夢」などですが、色によって異なる意味を持っています。例えば、赤いキクは「あなたを愛しています」、白いキクは「真実」などです。


青いキクに関しては、まだ市場に一般流通していないため、公式な花言葉として定着したものは存在しません。しかし、同じくサントリーが開発した「青いバラ」の経緯を踏まえると、非常に象徴的な意味が付与されることが予想されます。


かつて青いバラは、自然界に存在しないことから「不可能(Impossible)」の代名詞とされていました。英語で "Blue Rose" といえば、「あり得ないこと」を指す慣用句だったのです。しかし、遺伝子組み換え技術によって青いバラが誕生した際、その花言葉は「夢かなう(Dreams come true)」へと変更されました。


青いキクも同様に、「不可能」を「可能」にした象徴的な存在です。開発期間は約16年にも及びました。2001年のプロジェクト開始から、多くの失敗と試行錯誤を経て2017年にようやく「真の青色」に到達した背景には、研究者たちの執念とも言える努力があります。


このストーリー性から、青いキクが将来市場に出回った際には、「奇跡」「無限の可能性」「大願成就」といった、強いポジティブなメッセージを持つ贈答用花きとして、非常に高い付加価値を持つことが期待されます。特に、ビジネスの成功祝いや、受験生の合格祈願など、従来の仏花のイメージを覆す新しい需要を喚起する可能性があります。


サントリー:青いバラ開発ストーリー(不可能な夢への挑戦の記録)

青いキクの青色発色における液胞pHの重要性と独自視点

一般的に「青い花」の話題では、色素の種類(デルフィニジン)ばかりが注目されがちですが、植物生理学の視点からさらに踏み込むと、液胞内のpH環境という極めて重要な要素が見えてきます。ここは一般のニュースではあまり語られない、プロの栽培家として知っておくべき「色の発色メカニズム」の深層です。


アントシアニン色素は、リトマス試験紙のようにpHによって色が変化する性質を持っています。


  • 酸性条件: 赤色〜赤紫色
  • 中性〜アルカリ性条件: 青色〜青緑色

多くの植物の花弁細胞にある「液胞(色素が溜まる場所)」の中は、通常pH5.5前後の弱酸性に保たれています。そのため、たとえ青色の元となるデルフィニジンを持っていても、そのままでは酸性の影響を受けて「紫色」や「赤紫色」になってしまいがちなのです。アジサイが土壌酸度によって色を変えるのは有名ですが、これは根から吸収したアルミニウムイオンが液胞内で色素と結合することで青色を安定させている特殊な例です。


青いキクの開発において壁となったのも、この「液胞の酸性環境」でした。キクの液胞も酸性であるため、単にデルフィニジンを作らせるだけでは、くすんだ紫色にしかなりません。


そこで導入されたチョウマメの遺伝子が画期的な役割を果たしました。この遺伝子が作り出す酵素は、デルフィニジンの分子構造に糖を付加(修飾)します。この修飾が行われると、「分子内コピグメンテーション(共色作用)」に近い効果が得られ、酸性の液胞内であっても色素分子が安定し、青色を保つことができるようになるのです。


つまり、青いキクの青さは、「環境(pH)を変えた」のではなく、「環境に負けない強固な色素構造を作り出した」ことによる成果と言えます。これは、将来的に他の花(カーネーションやユリなど)で青色品種を作る際にも応用可能な、非常に高度なバイオテクノロジー技術です。単に遺伝子を移すだけでなく、細胞内の微細な化学環境まで計算に入れて設計されている点こそが、この技術の真の凄みであり、日本の育種技術が世界をリードしている証左でもあります。


J-Stage:青い花の発色メカニズムに基づいた青いキクの作出(論文PDF)




青い影