アニマルウェルフェア5つの自由の意味とは?家畜の基準と対策

アニマルウェルフェアの根幹である5つの自由の意味を正しく理解していますか?農林水産省やOIEの定義に基づき、家畜のストレス軽減と生産性向上を両立させるための具体的な基準と現場で使える対策を解説します。

アニマルウェルフェア5つの自由の意味

5つの自由の実践ポイント
🐄
栄養と環境の管理

給水システムや換気、THI指数を用いた暑熱対策

🩺
疾病予防と治療

予防獣医学の導入と早期発見、ストックマンシップの向上

📈
生産性の向上

ストレスフリーな環境による事故率低下と収益改善

アニマルウェルフェア5つの自由の定義とOIEの国際基準

 

農業や畜産の現場において、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という言葉を耳にする機会が増えてきました。しかし、その中心的な概念である「5つの自由」について、具体的な定義や歴史的背景まで深く理解している方はまだ少ないかもしれません。アニマルウェルフェアとは、単に動物を愛護するという精神論ではなく、家畜が生まれてから死を迎えるまでの間、その生活環境において精神的・身体的に健全な状態にあることを指す科学的な概念です。

 

この「5つの自由」は、1960年代のイギリスで発足したブランベル委員会(Brambell Committee)の報告書を起源としています。当時、集約的な畜産システムが普及する中で家畜の福祉懸念が高まり、政府が専門家による委員会を設置しました。この報告書は、家畜が最低限享受すべき権利として「立つ、寝る、向きを変える、身繕いをする、手足を伸ばす」という自由を提唱しました。その後、この概念は整理・拡張され、1990年代にイギリスのFAWC(家畜福祉協議会)によって現在の「5つの自由」として確立されました。

 

現在、この基準は国際獣疫事務局(OIE、現WOAH)の陸生動物衛生規約にも採用されており、世界的な畜産貿易のルールや品質基準のベースとなっています。日本の農林水産省もこのOIEの基準に準拠し、「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」を策定しています。つまり、「5つの自由」は欧州だけの特別なルールではなく、日本の畜産農家にとっても無視できない国際的な「品質管理のスタンダード」となっています。

 

農林水産省:アニマルウェルフェアについて(飼養管理指針など)
OIE陸生動物衛生規約 第7.11章 アニマルウェルフェアと乳用牛(参考訳)
具体的には以下の5つの要素から構成されています。

 

  • 飢え、渇き及び栄養不良からの自由:健康を維持するために十分な食事と水を与えること。
  • 恐怖及び苦悩からの自由:精神的な苦痛や恐怖を与えない管理を行うこと。
  • 物理的及び熱の不快からの自由:適切な温度、湿度、清潔な環境を用意すること。
  • 苦痛、傷害及び疾病からの自由:怪我や病気を予防し、迅速な診断と治療を行うこと。
  • 通常の行動様式を発現する自由:その動物らしい自然な行動をとれる環境を提供すること。

これらは「すべてを完璧に満たさなければならない」という実現不可能な理想論として捉えるのではなく、現状の飼養管理におけるリスクを洗い出し、改善するための「チェックリスト」として活用することが重要です。

 

アニマルウェルフェア5つの自由における環境と不快の対策

現場レベルで最も具体的かつ数値化しやすいのが、環境に関連する「飢え・渇き」「物理的・熱の不快」への対策です。ここでは、単にエサや水があるかどうかだけでなく、その「質」と「アクセス性」が問われます。

 

1. 水と栄養のアクセス性
「水を与えている」といっても、水槽が汚れていたり、水圧が弱くて十分な量が飲めなかったりする場合、家畜はストレスを感じます。特に乳牛などの高泌乳牛は大量の水を必要とします。

 

  • 水槽の清掃頻度:ヌメリや藻が発生していないか毎日確認する。
  • 飲み口の数と位置:群飼いの場合、弱い個体が強い個体に阻害されずに飲めるスペース(ウォータースペース)が確保されているか。
  • 水温と水質:夏場にお湯のような水になっていないか、冬場に凍結していないか。

2. 物理的環境とアンモニア濃度
「不快からの自由」において見落とされがちなのが、畜舎内の空気環境です。特にアンモニア濃度は、家畜の呼吸器系に直接的なダメージを与え、発育不良や疾病の原因となります。

 

OIEのコードや多くの指針では、鶏舎や豚舎内のアンモニア濃度は25ppmを超えないことが推奨されています。

 

  • 20ppm:ブロイラーなどで眼への刺激が始まり、涙目などの症状が出始めるレベル。
  • 25ppm以上:人間が作業していても強い不快感を感じるレベルであり、家畜にとっても呼吸器疾患のリスクが急増します。

    これを防ぐためには、適切な換気システムの導入や、敷料(リター)のこまめな交換・撹拌による乾燥状態の維持が不可欠です。

     

農林水産省:アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理等について
3. 暑熱対策とTHI(温湿度指数)
近年の猛暑において、「熱の不快」への対策は生産性に直結します。ここで指標となるのがTHI(Temperature-Humidity Index:温湿度指数)です。気温だけでなく湿度を加味したこの指数は、家畜が実際に感じるストレスレベルを測るのに役立ちます。

 

  • 従来の基準:THI 72を超えるとストレスがかかるとされていました。
  • 最新の知見:高泌乳化が進んだ現代の乳牛では、代謝熱が高いため、THI 68(あるいは65)程度からすでに軽度のヒートストレスを受けているという研究結果も出ています。

人間が「ちょっと暑いな」と感じる段階で、牛たちはすでに深刻なダメージを受けている可能性があります。送風ファンやスプリンクラー、細霧システムの稼働開始基準を、従来の感覚よりも早めに設定することが、不快を取り除き、乳量低下や受胎率低下を防ぐ鍵となります。

 

THI値 牛のストレス状態 対策例
68未満 ストレスなし 通常管理
68〜71 軽度ストレス 送風ファンの稼働開始、換気の強化
72〜79 中程度ストレス スプリンクラーや細霧の併用、飲水量の確認
80以上 重度ストレス 飼養密度の緩和、冷却設備のフル稼働

アニマルウェルフェア5つの自由で痛みと恐怖を防ぐ管理

家畜の生活において、身体的な痛みや精神的な恐怖は、コルチゾールなどのストレスホルモンを分泌させ、免疫機能を著しく低下させます。これは感染症への抵抗力を弱め、結果として農場の薬剤費や治療費の増大を招きます。「痛みと恐怖」のコントロールは、コスト削減の観点からも極めて合理的です。

 

1. 疾病予防と早期発見
「痛み、傷害及び疾病からの自由」は、病気にかからないようにする予防獣医学の徹底を意味します。

 

  • ワクチネーションプログラムの遵守:地域の流行状況に合わせた適切なワクチン接種。
  • 歩行スコア(ロコモーションスコア)の活用:牛の蹄病などは早期発見が重要です。歩き方のわずかな変化を数値化して記録することで、重症化する前に対処できます。
  • 除角や去勢の疼痛管理:従来は無麻酔で行われることが多かった除角や去勢ですが、アニマルウェルフェアの観点からは、局所麻酔や鎮痛剤の使用が強く推奨されています。痛みを伴う処置後の回復スピード(エサ食いの戻りなど)は、疼痛管理をした方が圧倒的に早いというデータもあります。

2. ストックマンシップと恐怖の排除
「恐怖及び苦悩からの自由」において最も重要なのが、管理者(人間)と家畜との関係性、すなわち「ストックマンシップ」です。家畜は人間の感情や動作に非常に敏感です。

 

  • 声のトーンと動作:大声を出したり、棒で叩いたり、急な動作で追い立てたりすることは、家畜に強い恐怖心植え付けます。恐怖を感じた家畜は、人間の姿を見ただけで逃げようとし、搾乳時や移動時の作業効率を悪化させます。
  • フライトゾーン(逃走距離)の理解:家畜には「これ以上近づくと逃げる」という見えない境界線(フライトゾーン)があります。この境界を理解し、無理に踏み込まずに誘導することで、家畜は落ち着いて移動します。

良いストックマンシップを持つ農場では、牛や豚が作業者に近寄ってきたり、触れられることを嫌がらなかったりします。このような農場では、事故による怪我が少なく、増体成績や乳量も高い傾向にあります。「家畜が人間を怖がっていないか?」を常に自問自答することが大切です。

 

埼玉県:動物の5つの自由(The Five Freedoms for Animal)

アニマルウェルフェア5つの自由と本来の行動の評価

5つの自由の中で、従来の集約的な飼育環境(バタリーケージや妊娠ストールなど)と最も対立しやすいのが「通常の行動様式を発現する自由」です。これは、動物が本来持っている習性や本能的な行動を制限しすぎないことを求めています。

 

しかし、これは必ずしも「すべての家畜を放牧にしなければならない」という意味ではありません。屋内飼育であっても、環境エンリッチメント(飼育環境の工夫)を取り入れることで、本来の行動欲求をある程度満たすことが可能です。

 

具体的な環境エンリッチメントの例:

  • 採卵鶏における止まり木と巣箱:鶏には高いところで休みたいという本能や、隠れた場所で卵を産みたいという欲求があります。平飼いや、改良型ケージ(ファーニッシュドケージ)においてこれらを設置することで、精神的な安定を図れます。
  • 豚の探査行動への対応:豚は本来、地面を鼻で掘り返す(ルーティング)習性が強い動物です。コンクリート床の豚舎であっても、わら、おがくず、鎖、木片などの遊具を与えることで、退屈による尾かじり(テイルバイティング)などの異常行動を防ぐことができます。
  • 牛のカウブラシ:牛は体を舐めたりこすりつけたりしてグルーミング(社会的行動・皮膚の手入れ)を行います。自動回転するカウブラシを設置することで、牛は好きな時に体を掻くことができ、リラックス効果と皮膚病予防の効果が得られます。

異常行動は環境からのSOS
「通常の行動」ができない場合、動物はストレスから「異常行動(常同行動)」を起こします。

 

  • 柵を舐め続ける(舌遊び)
  • 同じ場所を行ったり来たりする(常同歩行)
  • 仲間の尾や耳をかじる(カニバリズム)

    これらの行動が見られた場合、それは「5つの自由」の何かが欠けているという動物からのSOSサインです。単にその行動を物理的に止めさせるのではなく、原因となっている環境要因(過密、退屈、換気不足など)を取り除くアプローチが必要です。

     

アニマルウェルフェア5つの自由から5つの領域への進化

最後に、アニマルウェルフェアの概念に関する最新の潮流について触れておきます。「5つの自由」は非常に分かりやすい指針ですが、近年ではこれをさらに発展させた「5つの領域(Five Domains Model)」という考え方が主流になりつつあります。これは、ニュージーランドのマッセー大学のデビッド・メラー教授らによって提唱されたものです。

 

「5つの自由」が「~からの自由(Freedom from...)」という、ネガティブな要素(苦痛や不快)を取り除くことに主眼を置いていたのに対し、「5つの領域」は、動物がポジティブな経験(快い状態)を得ることを重視しています。

 

5つの領域の構造:

  1. 栄養(Nutrition):水や食物の摂取状況
  2. 環境(Environment):物理的な快適性
  3. 健康(Health):病気や怪我の状態
  4. 行動(Behavior):環境との相互作用

    これら4つの物理的な領域の状態が統合されて、最終的な5つ目の領域である

  5. 精神状態(Mental State / Affective State)

    に影響を与えるというモデルです。

     

つまり、「病気がない」「飢えていない」というゼロの状態(不快がない状態)を目指すだけでなく、「好奇心が満たされる」「仲間と遊ぶ」「快適で心地よい」といったプラスの精神状態を作り出すことが、真のアニマルウェルフェアであるという考え方です。

 

なぜこの視点が必要なのか?
従来の「マイナスをゼロにする」管理だけでは、生産性の向上には限界があります。しかし、家畜が「快適だ」「楽しい」と感じるプラスの状態を作ることで、免疫力がさらに活性化し、高品質な畜産物の生産につながることが科学的に裏付けられつつあります。

 

例えば、ブラッシングを受けて気持ちよさそうにしている牛からは、良質なオキシトシンが分泌され、搾乳がスムーズになります。

 

日本の農業現場においても、「苦痛を与えない」という守りの姿勢から、「快適さを提供して稼ぐ」という攻めの姿勢へ転換するために、この「5つの領域」の視点を持つことが、次世代の畜産経営において大きな差別化要因となるでしょう。アニマルウェルフェアへの取り組みは、コストではなく、未来への投資なのです。

 

 


動物福祉 アニマルウェルフェア—世界の歩みと日本の取組み