2024年から2025年にかけて、日本のスマート農業シーンで最も注目を集めているフラッグシップ機「DJI Agras T50」。従来のモデルから大幅に性能が向上していますが、導入を検討する農家の方々にとって最大の懸念事項はやはり「価格」でしょう。カタログスペック上の価格と、実際に現場で運用するために必要な機材を揃えた「乗り出し価格」には大きな乖離があります。ここでは、単なる定価の羅列ではなく、現場で使える状態にするためのリアルな見積もりシミュレーションと、投資対効果を最大化するための情報を提供します。
DJI Agras T50の導入を検討する際、まず驚かれるのが本体価格とセット価格の差です。多くの販売店や代理店で提示される金額には幅がありますが、実勢価格の目安を把握しておくことは重要です。
本体のみの価格相場
まず、機体本体(プロペラや散布装置を含むベースユニット)の価格は、およそ 170万円前後(税抜)、税込で約187万円程度で販売されています。この価格には、操縦に必要な送信機(プロポ)が含まれているケースが多いですが、最も高額な消耗品である「バッテリー」や「充電器」は含まれていません。
現場運用セット(フルセット)の実売見積もり
農業用ドローンは、機体だけでは飛びません。特にT50のような大型機の場合、以下の周辺機器が必須となります。これらを含めた「乗り出し価格」は、250万円〜300万円(税込) のレンジになることが一般的です。
参考リンク:セキドオンラインストア - DJI AGRAS T50 (本体)の販売ページとスペック詳細
(※リンク先では本体価格の確認や、詳細なセット構成のオプションを確認できます。)
さらに、これらに加えて「教習費(スクール代)」や「代行申請費用」が加算される場合があります。見積もりを取る際は、「機体だけでいくらか」ではなく、「明日から散布作業ができる状態でいくらか」と聞くことが、後々の予算オーバーを防ぐコツです。
前モデルである「DJI Agras T30」と比較して、T50は価格差に見合うだけの進化を遂げているのでしょうか?結論から言えば、大規模農家や散布請負業者にとっては、その差額を回収できるだけの性能向上が見られます。
積載量と散布効率の向上
T30の液剤タンク容量が30Lだったのに対し、T50は 40L(重量40kgまで) に増量されています。たった10Lの差に見えるかもしれませんが、これは一度のフライトでカバーできる面積が約33%増加することを意味します。
また、粒剤散布装置に換装した場合、積載量は 50kg に達します。肥料や種子の散布において、補給のために離着陸する回数を劇的に減らすことができ、バッテリーの節約にも直結します。カタログ値では、1時間あたり最大21ヘクタールの作業が可能とされています。
バッテリーシステム(DB1560)の進化
T50のバッテリーは「DB1560」という新型が採用されています。このバッテリーの特筆すべき点は、1500サイクルの充放電保証 がついていることです。
従来のバッテリーは、過酷な使用環境下では寿命が短くなる傾向がありましたが、T50のシステムは放熱設計が強化されています。急速充電(約9分)に対応しており、バッテリー2本と発電機1台があれば、理論上は「無限ループ」で散布作業を継続できます。1本あたりの単価は高いですが、寿命と回転率を考えれば、長期的にはコストパフォーマンスが改善されています。
安全性能の圧倒的な差
価格差の理由として大きいのが、レーダーとビジョンセンサーの進化です。
これにより、電線や木の枝などの細い障害物の回避能力が格段に向上しました。「地形フォロー機能」も最大50度の傾斜に対応しており、中山間地域の果樹園など、T30では厳しかった現場でも安定した自動航行が可能です。事故による修理費(数十万円〜全損)のリスクを減らせる点は、保険料のようなものと考えることもできます。
参考リンク:DJI公式 - AGRAS T50 製品ページ(機能と安全性能の詳細)
(※リンク先では、進化したレーダーシステムや散布システムの動画解説を見ることができます。)
300万円近い投資は、農業経営において決して軽くはありません。しかし、日本ではスマート農業の推進に伴い、DJI Agras T50のような高性能ドローンの導入に利用できる補助金や助成金が充実しています。これらを活用することで、実質的な負担額を半額以下に抑えることも可能です。
ものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)
最もポピュラーかつ金額が大きいのが「ものづくり補助金」です。
T50の導入を「散布作業の効率化による生産性向上プロセス」として事業計画書を作成し、採択されれば、導入費用の半分以上が補助されます。ただし、申請から採択、交付決定までに数ヶ月を要するため、春の散布シーズンに間に合わせるには、前年の秋頃から準備を始める必要があります。
小規模事業者持続化補助金
比較的小規模な農家や個人事業主向けの補助金です。
フルセットの導入には上限額が足りない場合がありますが、機体本体の一部や、追加バッテリー、散布装置などの周辺機器購入に充てるには非常に使い勝手が良い制度です。
スマート農業関連の独自助成
農林水産省や各自治体が独自に行っている「スマート農業実証プロジェクト」や「産地生産基盤パワーアップ事業」などの枠組みで、ドローン導入が対象になるケースがあります。これらは地域や年度によって募集要項が異なるため、地元の農協(JA)や役場の農政課に問い合わせるのが確実です。「共同利用」を条件に、集落営農組織に対して高い補助率が適用されることもあります。
参考リンク:農林水産省 - 農業用ドローンカタログと導入支援情報
(※リンク先PDFでは、国の支援策やドローン導入に関する基本的な考え方がまとめられています。)
「新品は高すぎる」という場合、中古市場やレンタルサービスの利用を考える方も多いでしょう。しかし、T50に関しては注意が必要です。
中古市場の現状
DJI Agras T50は比較的新しいモデル(2024年頃から本格普及)であるため、中古市場にはまだ良質な個体が出回りにくい状況です。もし見つけたとしても、以下の点に注意が必要です。
レンタルのメリット・デメリット
「繁忙期の1ヶ月だけ使いたい」という場合、レンタルは有効な選択肢です。
T50のレンタル相場は、業者によりますが、1日あたり数万円〜、1シーズン(数ヶ月)で数十万円単位になることもあります。3年以上継続して使うのであれば、購入してしまった方がトータルコストは安くなる計算になることが多いです。まずはレンタルで操作性や圃場との相性を確認し、翌年に購入するという「お試し利用」としては最適です。
参考リンク:スカイループジャパン - ドローンレンタルサービス価格例
(※リンク先では、農業用ドローンのレンタル料金体系や条件の具体例を確認できます。)
導入費用の見積もりには目が向きますが、購入後に毎年かかる「見えないコスト」については、あまり語られることがありません。ここを知らずに購入すると、後で資金繰りに苦労することになります。
義務付けられた年次定期点検
DJIの農業用ドローンは、安全性を担保するために 年1回の定期点検 が強く推奨(事実上の義務化)されています。メーカー認定の整備工場に機体を送り、オーバーホールを受けなければなりません。
意外とかかる「燃料代」
「ドローンは電気だからエコ」と思いきや、現場ではガソリンを大量に消費します。
T50のバッテリー(30,000mAhクラス)を急速充電するためのインバーター発電機は、常に高負荷で運転し続けます。1日の散布作業で、発電機用に20リットル以上のガソリンを使うことも珍しくありません。昨今の燃料高騰を考えると、このランニングコストも無視できません。
ソフトウェア更新と通信費
T50はRTK(リアルタイムキネマティック)測位を使用することで、センチメートル単位の精度の自動航行を実現しています。このRTK補正データを受信するために、携帯電話ネットワーク(SIMカード)や、RTK基地局の利用契約が必要になる場合があります。
これらのランニングコストを合計すると、年間で最低でも20〜30万円程度(保険料含む)の維持費がかかると見積もっておくべきです。しかし、このコストを支払ってもなお、T50がもたらす「作業時間の短縮(人件費削減)」と「適期防除による収量アップ」のメリットの方が大きいというのが、多くのプロ農家の結論でもあります。
参考リンク:セキド - DJI ドローン定期点検サービスの詳細と費用感
(※リンク先では、BasicプランとPremiumプランの違いや、点検項目の詳細について解説されています。)