Jクレジット制度における「水稲栽培における中干し期間の延長」は、2023年3月に農業分野で5つ目の方法論として承認されました。この制度は、水田からのメタン排出量を削減し、その削減量をクレジットとして認証・販売できる仕組みです。日本全体のメタン排出量の約4割を水田が占めており、その削減は地球温暖化対策として重要な位置づけとなっています。
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中干しとは、水稲の栽培期間中に出穂前へ一度水田の水を抜いて田面を乾かすことで、過剰な分げつ(根元付近からの枝分かれ)を防止し、成長を制御する作業を指します。水が張っている状態では空気中の酸素が土壌に入ることができず、嫌気性のメタン生成菌が活発に働きメタンが多く発生します。しかし、中干しで水を抜くことにより、空気中の酸素が土壌に入り込み、メタン生成菌の活動が抑制されます。
参考)J−クレジットにおいて「水稲栽培による中干し期間の延長」が新…
全国8県9か所の農業試験研究機関と連携した実証試験では、慣行の中干し期間を1週間程度延長することで、栽培期間全体のメタン排出量が約30%削減されることが確認されています。この削減効果は、土壌に酸素を供給し続けることでメタン生成菌の働きを長期間抑制できるためです。制度の適用には、直近2か年以上の中干し実施日数の平均より7日間以上延長することが必要要件となっています。
参考)J-クレジット 水稲中干し期間の延長について |営農情報|農…
農林水産省によるJクレジット「水稲栽培における中干し期間の延長」方法論の詳細情報
Jクレジット制度を活用した中干し期間延長により、農業者は追加収入を得ることができます。具体的な収入金額は、水田の面積、地域、排水性、施用有機物量(稲わらや堆肥の量)によって異なります。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/nakaboshi-1.pdf
井関農機が提供する試算によれば、10haあたりの参考収入金額は44,000円から316,800円の範囲となっています。特に稲わらすき込み9割以上の条件では、より多くのクレジットが創出されます。秋田県の農事組合法人みずほの事例では、60haで取り組むことで195万円の副収入が見込まれており、経営者目線では決して見過ごすことのできないメリットとして評価されています。
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2024年に日本初・最大規模の水田クレジット認証が取得され、実際にクレジットとして認証されたことで、制度の実効性が証明されました。クレジットの販売方法としては、購入者との直接取引、Jクレジットプロバイダーの活用などの選択肢があります。福島県天栄村では、協定書に基づく取り組みとして中干し期間延長によるJクレジット創出を開始し、農作物以外の新たな収入源として農家の収入向上を図っています。
参考)Green Carbon株式会社、日本初・最大規模の水田クレ…
群馬県の取り組み事例では、排水性7.5mm/日未満、稲わら全量すき込みの条件で105,000円のクレジット収入が報告されており、収量は平年より増え、品質も良好だったという結果が示されています。
参考)https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/658692.pdf
Jクレジット制度への参加には、個人・法人を問わず可能ですが、温室効果ガスの削減や吸収の取り組みを「プロジェクト」として国に登録申請する必要があります。申請手続きは大きく3つのフローに分かれます。
参考)農業者向け「J−クレジット制度」で収益アップ! 仕組みや方法…
プロジェクト登録の段階では、まず方法論の確認を行い、プロジェクト計画書を作成します。次に第三者審査機関による妥当性確認を受け、Jクレジット制度認証委員会の承認を経てプロジェクトが登録されます。この審査から登録までの期間は概ね3~6か月程度かかります。
参考)https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n2212re1.pdf
モニタリング実施の段階では、生産管理記録等の主なモニタリング項目として、水田の所在地域、排水性、水管理、施用有機物、中干し期間の延長実施有無などを記録する必要があります。栽培期間中に代表圃場で取得すべきものとして、日減水深の測定記録、中干し期間の記録(日付と開始・終了時の写真)、作付栽培記録(田植え日や出穂日など)が求められます。水位センサーを使っていない場合でも、物差しと写真で証明することが可能です。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/nakaboshi-2.pdf
クレジット認証・発行の段階では、計画書に基づいてモニタリングを実施し、報告書を作成します。内容に誤りが無いか審査機関が検証を行い、Jクレジット制度認証委員会の承認を経て、クレジットが認証されます。プロジェクトは農業者が単独で行うことも可能ですが、申請やモニタリング、クレジットの売買といった実務があるため、実務面での負担を軽減できる「プログラム型プロジェクト」に参加することが現実的です。
重要な注意点として、直近水稲2作分の中干し実施期間(中干し開始日、中干し終了日、中干し日数)の確認がとれることが必要です。これまで中干しを実施しているものの記録がない場合は、まずは水稲2作分の中干し記録を取る必要があります。
参考)https://lp.agri-note.jp/j-credit/nakaboshi
中干しクレジットの詳細な解説と申請に必要な情報について
中干し期間の延長による収量や品質への影響は、多くの農業者が気になるポイントです。2024年度の稲作コンソーシアムに加盟している約1000人の水田農家を対象にしたアンケート調査によれば、約8割の水田農家が中干し延長そのものが収量に影響することがないと回答しています。品質への影響についても、品質に影響なしと回答した農家は7割を超え、1割の農家が品質の向上を実感していると回答しました。
参考)【水田農家必見】Green Carbon株式会社は、稲作コン…
全国8県で実施された栽培試験では、中干し期間の延長により平均3%程度の減収が報告されていますが、指標値以上の精玄米収量が確保されています。山形県での試験結果では、品種「はえぬき」において中干しを延長しても指標値580kg/10a以上の精玄米収量が確保されました。
参考)https://japr.or.jp/wp-content/uploads/shokucho-shi/57/shokucho_57-06_04.pdf
中干し延長による籾数への影響については、中干しの延長により一穂籾数が減少する傾向がありますが、過剰な籾数を適正域に制御できる効果もあります。特に中干しを前に延長する場合よりも、後ろに延長する方が籾数の低下程度が小さいことが確認されています。
ただし、長期の中干しはタイミングを誤ると収量や品質に影響を及ぼす可能性もあります。中干しを延長する際には、早すぎず・遅すぎないベストなタイミングで実施することが重要です。適切なタイミングで行えば収量や品質へ影響せずに実施できることが、実証データから明らかになっています。
参考)中干しの期間を延長する際のポイント |営農情報|農業機械専業…
📊 収量・品質への影響まとめ
中干し延長を成功させるためには、適切なタイミングと水管理技術が不可欠です。中干しの開始時期は、分げつ数が有効茎(目標穂数)に近づいた時期が適切とされています。例えば、栽植密度50株/坪の場合、品種「ヒノヒカリ」では約20本/株、「くまさんの輝き」では約22本/株が目安となります。
参考)シリーズ/気象災害に強いイネづくり③田植え後から中干しまでの…
通常中干しは10日から14日程度行うことが一般的ですが、地域の気候や土壌条件に応じて15日から20日程度まで延長することが推奨されます。中干し期間中は土壌水分を定期的にチェックし、必要に応じて水を補給することで、乾燥リスクを最小限に抑えます。また、天候予報を活用して、中干しの終了タイミングを適切に調整することが重要です。
参考)中干し期間延長のメリットと実施方法ーカーボンクレジット創出の…
中干し延長と組み合わせることで、さらに効果的にメタン発生量を削減できる技術として「間断灌漑(AWD)」があります。間断灌漑技術とは、水稲の栽培期間中に一定期間、水田の水を抜き、土壌を乾燥させた後、再び水を張ることを繰り返す管理手法です。土壌の質によっては、メタンの排出を約30%削減するとともに、米の収量を向上させるという研究結果も報告されています。
参考)水田の水管理によるメタン削減(中干し期間の延長)
海外の実証研究では、連続湛水(CF)と比較して間断灌漑(AWD)により、水の使用量を19%削減し、メタン排出量を53%削減できたことが報告されており、収量への悪影響はありませんでした。国際稲研究所(IRRI)でも、農地への給水を間断的に行う灌漑方法として推奨されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10070606/
⚠️ 実施時の注意点
参考)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/452642.pdf
中干し期間延長は、秋耕との組み合わせでもメタン削減効果を高めることができます。秋耕によって稲わら等の有機物が栽培前に分解されることで、メタンの発生を抑制する効果があります。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/green/attach/pdf/movies-23.pdf
農研機構による水田の水管理によるメタン削減技術の詳細解説