近年、インボイス制度の導入や電子帳簿保存法の改正など、農業を取り巻く経理・法務環境は激変しています。その中で、特に中小規模の農業従事者や加工業者にとって見過ごせないのが、「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」の運用基準の厳格化です 。
参考)https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/download/shitauke_koushu.pdf
特に「振込手数料」の扱いについては、これまで「商習慣」として片付けられていた曖昧な部分にメスが入り、明確な違反事例として認定されるケースが増えています。農産物を食品メーカーやスーパーマーケット、あるいは大規模な加工業者へ卸している場合、あなたが負担しているその数百円の手数料が、実は法律違反に基づく不当な減額である可能性があるのです。
本記事では、農業経営を守るために知っておくべき改正のポイントと、現場での対策について深掘りします。
まず、大前提として下請法における「振込手数料」の考え方がどう変わったのかを理解しましょう。これまでの商慣習では、支払う側(親事業者)が手数料を差し引いて入金することが一般的でした。しかし、公正取引委員会および中小企業庁の運用基準改正により、このルールは大きく転換しました 。
参考)https://www.ohebashi.com/jp/newsletter/02_202507_Kanno.pdf
農業の現場では、JAや市場経由の取引だけでなく、直接取引(契約栽培など)が増えています。相手先の資本金が1,000万円を超え、あなたが個人または資本金1,000万円以下の法人であれば、この法律が適用される可能性が高いです。
参考:公正取引委員会 令和7年度 下請法勧告事例(振込手数料の不当な減額事例などが掲載されています)
では、具体的にどのようなケースが「違反」となるのでしょうか。農業取引で起こりうるパターンを見ていきます。
最も多い違反パターンです。実際の振込手数料が440円や660円であるにもかかわらず、「事務手数料」などの名目で一律1,000円を差し引く行為です。実費を超える差額分は、完全に「代金の不当な減額」とみなされます 。
参考)Facebook
「振込手数料」という言葉を使わず、「システム利用料」や「協力金」として、合意形成のプロセスを経ずに勝手に差し引くケースも規制の対象です 。
参考)https://www.jacom.or.jp/archive03/news/2012/09/news120926-17989.html
過去に遡って手数料負担を求めることは認められません。また、消費税分を考慮せず、税込金額から手数料を引いて消費税計算を狂わせるような処理も問題視されます。
例えば、あなたが毎月50万円分の野菜を納品しているとします。親事業者が説明なく振込手数料として毎月800円を引いて49万9200円を入金している場合、年間で9,600円の損失です。これが法的に「本来受け取るべき利益」の侵害にあたるのです。
法律が味方をしてくれるとはいえ、取引先との関係悪化を恐れて言い出しにくいのが実情でしょう。しかし、今は国全体が「価格転嫁」と「取引適正化」を推進しているタイミングです。適切な交渉を行うことは、あなたの経営を守るだけでなく、業界全体の健全化につながります 。
参考)SH5524 公取委、改正下請法の施行(2026年1月1日施…
交渉をスムーズに進めるためのステップは以下の通りです。
現在の契約書(または発注書)に、振込手数料の負担について明記されているか確認してください。記載がなければ、その時点で相手方のコンプライアンス違反を指摘できる材料になります。
中小企業庁は毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」と定めています。この時期は親事業者側も公取委の目を気にしているため、交渉のハードルが下がります。
「法律が変わったから払って」と喧嘩腰になるのではなく、「インボイス対応や法改正に伴う経理処理の見直しの一環として、振込手数料の負担について原則通り(親事業者負担)にお願いしたい」と事務的な手続きとして提案するのがスマートです。
参考:中小企業庁 下請取引適正化推進講習会テキスト(具体的な法の解釈や交渉の根拠となる資料です)
ここで、検索上位の記事ではあまり触れられていない視点を提供します。それは、農業分野でも普及しつつある「電子記録債権(でんさい)」と手数料の関係です。
通常、下請法では手形期間が60日(繊維業等は90日)を超える場合、割引料相当額を親事業者が負担すべきという指導があります(将来的には60日サイトへの短縮が義務化される方向です)。しかし、「でんさい」の場合、発生記録手数料や譲渡記録手数料など、銀行振込とは異なる手数料体系が存在します。
問題になるのは、親事業者が「手形からでんさいに切り替えることで印紙代が浮く」というメリットを享受しているにもかかわらず、「でんさいの利用手数料」を下請事業者に押し付けるケースです。これも振込手数料と同様、実質的な「下請代金の減額」とみなされるリスクが高い行為です。
もし、取引先から「支払いを電子化するから、システム登録料や手数料はそちらで負担してほしい」と言われた場合、それは振込手数料問題と同じ構図であることを認識してください。デジタル化の名の下に行われるコスト転嫁にも、改正下請法の監視の目は光っています。
最後に、どうしても交渉がまとまらない、あるいは報復措置(取引停止など)が怖い場合の対応策です。
公正取引委員会や中小企業庁は、「下請かけこみ寺」という相談窓口を設置しています。ここでは匿名での相談が可能で、弁護士による無料相談も受けられます。また、親事業者に知られずに情報提供を行う「違反行為情報提供フォーム」も存在します。
重要なのは、「泣き寝入りしないこと」です。振込手数料の問題は、一件あたりは少額でも、長期間・多数の取引先となれば莫大な金額になります。そして何より、「法を守らない取引先」と付き合い続けることは、将来的にさらなる無理難題(不当な返品、買いたたき)を押し付けられるリスクをはらんでいます。
法改正は、あなたを守るための武器です。正しい知識を持ち、適切な「合意」形成に向けて一歩を踏み出してください。