農業法人や食品加工業を営む皆様にとって、取引の公正化は経営の生命線です。近年、政府は中小企業や小規模事業者を守るために、取引適正化に向けた法改正やガイドラインの見直しを急速に進めています。特に「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」の改正議論や運用の厳格化は、親事業者(発注側)となる場合も、下請事業者(受注側)となる場合も、農業ビジネスに直接的な影響を与えます。
本記事では、複雑な法改正の流れを整理し、特に農業・食品業界が押さえておくべき「下請法改正ポイント」を詳細に解説します。「知らなかった」では済まされない違反リスクを回避し、適切な価格転嫁を実現するための知識を深めていきましょう。
最初に取り上げる最も重要な下請法改正ポイントは、支払条件に関する「手形サイトの短縮」です。これは法律の条文そのものの変更に先駆けて、2024年11月から公正取引委員会と中小企業庁による運用基準が大きく変更された点です。
これまで、下請代金の支払いは「物品の受領日から60日以内」に定める必要がありましたが、手形払いの場合、その手形が現金化できるまでの期間(サイト)については、繊維業で90日以内、その他の業種で120日以内であれば認められるという運用が長年続いていました。しかし、この長いサイト期間が下請事業者の資金繰りを圧迫しているという実態を受け、大きなメスが入りました。
農業現場では、肥料や資材の購入は現金払いが求められる一方で、農協や加工業者からの入金は数ヶ月後の手形というケースが少なくありません。今回の改正ポイントは、資金繰りの改善に直結するポジティブな変化ですが、逆に自社が加工委託などを外注している場合(例:6次産業化でジャム加工を外部委託している場合など)は、支払いサイトを60日以内に短縮しなければ、自社が是正勧告を受けるリスクがあります。
特に注意すべきは、手形だけでなく「一括決済方式」や「電子記録債権(でんさい)」も対象となる点です。これらも実質的な支払猶予機能を持つため、サイト短縮のルールの適用を受けます。「うちは手形を振り出していないから関係ない」と思っている農業法人も、銀行振り込みの期日が納品から60日を超えていないか、契約書を今すぐ確認する必要があります。
次なる下請法改正ポイントは、「買いたたき」に関する解釈の明確化と、価格転嫁の義務化です。昨今の燃料費、肥料代、そして最低賃金の上昇に伴う労務費の高騰は、農業経営を直撃しています。しかし、立場の強い発注者(大手スーパーや食品メーカー)に対して、コスト上昇分の値上げを言い出せない農家や生産法人が多いのが実情です。
公正取引委員会は、「労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しないこと」を「買いたたき」として厳しく認定する指針(ガイドライン)を打ち出しました。改正の議論の中で、以下の行為が明確に違反リスクが高いとされています。
農業分野においては、特に「豊作貧乏」や「規格外品」を理由にした一方的な価格決定が常態化しやすい傾向にあります。しかし、今回の改正ポイントにおける「価格転嫁」の重要性は、単なる需給バランスを超えた「コスト構造の尊重」にあります。
対策として重要なのは、発注者側だけでなく、受注者側も「協議」の記録を残すことです。「いつ」「誰に」「どのような根拠(肥料代が〇%上がった等)で」値上げを要請したか、そして相手がどう反応したか(無視された、拒否された)をメールや書面で残すことが、公取委への申告(タレコミ)やGメンによる調査が入った際の強力な武器になります。政府は「価格交渉促進月間」を設けるなど、発注者側への圧力を強めていますので、この流れに乗じて適正価格への改定を交渉することが推奨されます。
参考)【2026年1月施行】改正下請法とは?背景や実務対応のポイン…
「下請法改正 ポイント」を調査する際、必ずセットで理解しておかなければならないのが、2024年11月に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法(通称:フリーランス新法)」です。農業界では、繁忙期に個人の手伝いを頼んだり、ECサイトのデザインやパッケージイラストを個人のデザイナーに依頼したりすることが多々ありますが、これらはすべてフリーランス新法の対象となり得ます。
下請法とフリーランス新法の最大の違いは、「資本金要件」の有無です。
改正議論が進む下請法は、依然として企業間の取引適正化を主眼に置いていますが、フリーランス新法は「個人の働き手」を守ることに特化しています。下請法の改正ポイントとして議論されている「書面の交付義務(発注書の発行)」や「支払期日の設定(60日以内)」は、フリーランス新法でも同様に義務付けられています。
農業経営者が注意すべきは、これらが「重複して適用される可能性がある」ということです。例えば、資本金5,000万円の食品加工会社が、個人の農家(フリーランス)に原料生産を委託する場合、下請法とフリーランス新法の両方が適用される可能性があります。この場合、より厳しい規制や、両方の義務(ハラスメント対策義務など、フリーランス新法独自の義務も含む)を遵守する必要があります。
「うちは小さいから下請法は関係ない」と考えていた小規模な農業法人も、フリーランス新法の施行により、発注書(3条書面)を出さずに口約束で仕事を依頼するなどの古い商習慣は、即座に違法行為となります。この法的枠組みの変化は、実務上の大きな改正ポイントと言えます。
2024年から2025年にかけての下請法改正議論の中で、新たに焦点となっているのが「物流」です。いわゆる「物流2024年問題」により、トラックドライバーの労働時間規制が強化され、輸送力の低下と運賃高騰が懸念されています。これに対応するため、下請法の対象範囲を拡大し、荷主(発注者)による運送事業者への不当な扱いを規制する動きが強まっています。
改正の方向性として、「運送委託」や「物流業務」が下請法の保護対象としてより明確に位置づけられるようになります。具体的には以下のような行為が規制強化の対象となります。
農業分野において、これは極めて深刻な問題です。市場や集出荷場での荷下ろし待ち時間は長常態化しており、農家自身が運送を手配する場合、これらの待機時間や附帯作業に対して適正な対価を支払う、あるいは待機時間をなくすための予約システムの導入などの改善が求められます。
また、農産物の輸送を運送会社に委託する場合、これまでは「運送契約」として下請法の意識が希薄だったかもしれませんが、今後は明確に「特定運送委託」として、書面の交付や60日以内の支払いが厳格に求められます。もし、運送会社から「運賃の値上げ」や「待機料の請求」があった場合に、合理的な理由なくこれを拒絶すれば、前述の「買いたたき」として公取委のターゲットになるリスクが高まります。物流コストは「削れる経経費」から「守るべき適正コスト」へと、意識の転換が必要です。
最後に、検索上位の一般的な解説記事ではあまり深く触れられない、農業・食品業界特有の「違反事例」と、そこから見えてくる独自の対策について解説します。下請法違反は製造業のイメージが強いですが、実は食品製造や農産加工の分野でも、公取委による勧告や指導が頻発しています。
【事例1:PB商品製造における不当な返品と協賛金】
ある大手生協(パルシステム等)や食品商社が、PB(プライベートブランド)商品の製造を委託していた食品メーカーに対し、商品に欠陥がないにもかかわらず、在庫調整のために商品を返品したり、「協賛金」や「センター利用料」という名目で不当に金銭を徴収したりした事例があります。
参考)https://www.jacom.or.jp/archive03/news/2012/09/news120926-17989.html
農業界でも、豊作で余った農産物を「規格外」として不当に返品したり、直売所での販売手数料とは別に不明瞭な「販促費」を差し引いたりするケースは、下請法違反(返品の禁止、減額の禁止)となる可能性が高いです。
【事例2:金型の無償保管(リョーノーファクトリー事件)】
農業機械メーカーが、部品製造を下請けする事業者に対し、将来の発注に備えて「金型」や「木型」を無償で長期間保管させていた事例です。これは2025年10月に公取委から勧告が出された比較的新しい事例で、「不当な経済上の利益の提供要請」にあたります。
参考)金型8900個を無償保管 松江の農機メーカー、下請法違反 -…
これは農機具に限った話ではありません。例えば、食品加工委託において、将来使うかもしれない「専用パッケージ」や「ラベル資材」、あるいは「専用の種苗」などを、発注の見込みが立っていないのに受託側(農家や加工場)の倉庫に無償で保管させ続ける行為も、同様の構造を持つ違反行為です。
独自の対策:下請法遵守のためのチェックポイント
農業・食品事業者がこれらのリスクを回避するためには、以下の「独自視点の対策」を講じる必要があります。
下請法改正のポイントは、単なるルールの厳格化ではなく、「サプライチェーン全体の持続可能性」を守ることにあります。立場の弱い農家や小規模事業者が泣き寝入りする構造を脱却し、適正な利益を確保できる環境を作るために、これらの知識を武器に「協議」のテーブルに着くことが、今求められている最大の対策です。
参考)https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/may/250516_gaiyou02.pdf