佐川友彦氏のキャリアは、農業界において非常にユニークであり、その背景を知ることは彼の手法を理解する上で欠かせません。彼は1984年生まれ、群馬県出身です。
参考)阿部梨園の知恵袋
幼少期から環境問題に関心を持っていた彼は、東京大学農学部および同大学院に進学し、バイオエネルギーについて研究しました。学歴だけを見ればエリートコースですが、彼の最初のキャリアは農業の現場ではなく、グローバル企業でした。大学院修了後、外資系化学メーカーであるデュポン(ICIジャパン)の研究開発職として約4年間勤務し、太陽光発電パネルの部材開発などに携わっていました。
参考)農家の右腕という新たな働き方|先輩移住者の声|栃木県移住・定…
しかし、研究室での日々に違和感を覚え始めます。「もっと手触りのある仕事がしたい」「自分の仕事が直接誰かの役に立っている実感を得たい」という思いが強くなり、退職を決意します。その後、ITベンチャー(メルカリ)勤務などを経て、転機が訪れたのは2014年でした。
参考)佐川友彦 - Wikipedia
当時、栃木県宇都宮市で代々続く「阿部梨園」の代表・阿部英生氏と出会ったことがきっかけです。阿部氏は、美味しい梨を作る技術は超一流でしたが、経営管理や事務作業、販売促進といった「生産以外」の業務に忙殺され、パンク寸前の状態でした。
佐川氏は、阿部氏の「もっといい梨を作りたいが、時間が足りない」という切実な悩みを聞き、「生産以外のすべてを引き受ける」という条件で、阿部梨園への参画を決めました。これが、後に「農家の右腕」と呼ばれるスタイルの始まりです。2014年9月、彼は農業未経験のまま、阿部梨園のマネージャーとして就農しました。
当初、周囲からは「東大まで出てなぜ農家へ?」という疑問の声も多かったといいます。しかし、佐川氏にとって、未整備で課題が山積みの農業現場は、自身のスキルを活かして劇的な変化を生み出せる「可能性の塊」に見えたのです。彼は、現場に入り込むために半年間のインターンシップ期間を設け、農作業を体験しながら、園内の課題を詳細に観察・記録することから始めました。
この「現場を知らないまま改革を押し付けない」という姿勢こそが、後の成功の土台となりました。彼は、農家の言葉を翻訳し、ITやビジネスのロジックを持ち込むことで、伝統的な家族経営の農家に化学反応を起こしたのです。
阿部梨園での取り組みについて、詳細なインタビューが掲載されています。
農家の右腕という新たな働き方|先輩移住者の声
※佐川氏が宇都宮に移住し、阿部梨園で働くことになった経緯や、当初の苦労話が語られています。
佐川友彦氏の名前を一躍有名にしたのは、阿部梨園で実践した「カイゼン(業務改善)」の圧倒的な量と質です。彼は就農してからの約3年間で、大小合わせて500件以上の業務改善を実行しました。
参考)家業から事業へ。現場を知らないマネージャーが挑んだ農家改革
これらは、巨額の投資を伴う大規模なシステム導入ではなく、文房具店や100円ショップで買える道具を使ったり、無料のクラウドツールを活用したりする「小さな改善」の積み重ねでした。しかし、その効果は絶大でした。ここでは、彼が実践した具体的なカイゼン事例をいくつか紹介します。
これまで口頭や紙のメモで行われていた連絡を、ビジネスチャットツール「Chatwork」や「Googleカレンダー」に移行しました。これにより、言った言わないのトラブルが激減し、スタッフ全員がスマートフォンでスケジュールや作業指示を確認できるようになりました。家族経営特有の「阿吽の呼吸」に頼る経営からの脱却です。
梨園にある数千本の木の位置や品種、状態をデータ化し、Googleマップ上にプロットした「圃場マップ」を作成しました。これにより、新人スタッフでも迷わずに作業場所へ辿り着けるようになり、作業効率が大幅に向上しました。
感覚で行われていた作業を言語化・写真化し、標準作業手順書(SOP)を作成しました。これにより、熟練者しかできなかった作業をパートスタッフに任せられるようになり、代表の阿部氏がより高度な栽培管理に集中できる時間を生み出しました。
市場出荷から直売(庭先販売・通販)への転換を進めました。ウェブサイトのリニューアル、オンラインショップの開設、顧客管理システム(CRM)の導入を行い、顧客との直接的な関係を構築。結果として、売り上げのほぼすべてを直売で賄う高収益体質を実現しました。
就業規則の作成、社会保険への加入、タイムカードによる勤怠管理の徹底など、一般企業では当たり前のことを農業現場に持ち込みました。これにより、若手スタッフが安心して働ける環境が整い、採用力が向上しました。
これらの改善活動は、単に効率化を目指しただけでなく、「人が辞めないチーム作り」を目的としていました。佐川氏は、「農業経営の課題の多くは、技術ではなくマネジメントにある」と喝破しました。
さらに、佐川氏が素晴らしいのは、これらのノウハウを自園の秘密にせず、「阿部梨園の知恵袋」というウェブサイトで無料公開したことです。
参考)経営改善ノウハウ300件を無料で、個人農家が「知恵袋」サイト…
2018年、彼はクラウドファンディングを実施し、約450万円の資金を調達して、阿部梨園の改善事例300件を記事化して公開しました。これは「農業界全体の底上げに貢献したい」という彼の強い意志の表れであり、多くの農家から称賛されました。このサイトは現在でも、農業経営を目指す人々のバイブルとなっています。
実際のカイゼン事例が300件以上公開されているサイトです。
阿部梨園の知恵袋|農家の小さい改善実例300
※事務、生産、販売、労務など、カテゴリ別に具体的な改善手法が写真付きで解説されています。
佐川友彦氏の活動の集大成とも言えるのが、2020年9月に出版された著書『東大卒、農家の右腕になる。 小さな経営改善ノウハウ100』(ダイヤモンド社)です。
参考)【インタビュー】新著『東大卒、農家の右腕になる。』著者・佐川…
この本は、単なるビジネス書や農業技術書ではありません。一人の若者が、伝統的な農家に飛び込み、摩擦を恐れずに改革を進め、信頼を勝ち取っていく「ドキュメンタリー」としての側面と、明日から使える実践的な「ノウハウ集」としての側面を併せ持っています。
【本書の主な内容と評判】
タイトルにもある「右腕」とは、経営者(農園主)を支え、生産以外の業務を一手に引き受けるパートナーのことです。佐川氏は、すべての農家が経営のプロになる必要はなく、得意な人に任せる分業体制こそが重要だと説いています。この考え方は、後継者不足や経営難に悩む多くの農家にとって、目から鱗の解決策として受け入れられました。
本書で紹介されている100のノウハウは、農業に限らず、地方の中小企業や飲食店、フリーランスなど、あらゆる小規模事業体に応用可能です。「机の配置を変える」「ファイリングを統一する」といった、誰でもすぐに始められる改善が中心であるため、「読んで満足するだけでなく、すぐに動ける本」として高く評価されています。
Amazonや読書メーターなどのレビューサイトでは、「農業関係者でなくても面白い」「仕事への向き合い方が変わった」「中小企業の経営者は全員読むべき」といった感想が並んでいます。特に、「東大卒」という肩書きに対する偏見(頭でっかちなのでは?という疑念)を持っていた読者が、読み進めるうちに彼の泥臭い実践と人間味に引き込まれていくケースが多いようです。
ビジネス書としても異例のヒットを記録し、農業新聞や日経新聞など多数のメディアで取り上げられました。
この本が画期的だったのは、農業を「特殊な産業」として特別視するのではなく、「マネジメントが未発達なポテンシャル産業」として捉え直し、ビジネスの標準語で語った点にあります。佐川氏は本書を通じて、「カイゼンは楽しい」「変化は怖くない」というポジティブなメッセージを業界全体に発信しました。
書籍に関する著者のインタビュー記事です。
【インタビュー】新著『東大卒、農家の右腕になる。』著者・佐川友彦氏
※執筆の背景や、本書に込めた「農業界へのラブレター」とも言える熱い想いが語られています。
阿部梨園での実績を確立した後、佐川友彦氏は2019年1月にファームサイド株式会社を設立し、代表取締役に就任しました。現在は阿部梨園のマネージャー職を離れ(引き続き関与はしていますが)、より広いフィールドで活動しています。
参考)ファームサイド株式会社設立のごあいさつ|佐川友彦/ファームサ…
ファームサイド株式会社のミッションは、彼の経験を全国の農家に広げ、日本の農業を強く、面白くすることです。主な事業内容は以下の通りです。
佐川氏は年間50〜150件もの講演やセミナーを行っています。JA(農業協同組合)、自治体、農業大学校、民間企業などが主催するイベントに登壇し、「経営改善」「チームビルディング」「業務効率化」などをテーマに話しています。彼の講演は、単なる理論の解説ではなく、実体験に基づいた生々しい失敗談や成功事例が満載であるため、非常に満足度が高いと評判です。
個別の農家や農業法人に対して、経営コンサルティングを行っています。時には現場に入り込み、伴走型(ハンズオン)で改善を支援することもあります。また、マイファームなどの大手農業企業と連携し、包括的な農業人材育成プログラムの開発にも携わっています。
農業参入を目指す企業や、農業関連サービス(アグリテックなど)を展開する企業に対して、アドバイザーとして現場の視点を提供しています。現場を知り尽くした彼のアドバイスは、サービスの使い勝手や普及戦略において貴重な指針となっています。
現在、佐川氏は「個別の農家の改善」から「地域や産業全体のシステムの改善」へと視座を広げています。例えば、トヨタ自動車と連携した「農家の課題解決ゼミ」では、トヨタ生産方式(TPS)を農業に応用するプロジェクトを主導するなど、産業の垣根を超えたコラボレーションも積極的に進めています。
参考)【先着40名】2/28(金)【TOYOTA×佐川友彦氏】「農…
彼は、自分のような「右腕人材」が業界にもっと増えることを願っています。そのため、ノウハウを囲い込むことなく、積極的にオープンにし、次世代のリーダー育成に力を注いでいます。
ファームサイド株式会社の公式情報です。
会社概要|ファームサイド株式会社
※現在の事業内容や、講演依頼、コンサルティングの申し込み窓口などが掲載されています。
検索上位の記事では、佐川氏の「ロジカルな改善手法」や「経歴」に焦点が当たりがちですが、彼の本質的な魅力は、実は「情熱」と「チーム論」にあります。彼は自身のnoteで、人気アニメ『鬼滅の刃』の煉獄杏寿郎の言葉を引用し、「心を燃やせ!」というメッセージを農業経営者に投げかけています。
参考)【心を燃やせ!】俺の話を聞いてくれ!佐川友彦のマニフェスト2…
佐川氏が考える農業経営の真の課題は、テクニックの不足以前に、「経営者の心が燃え尽きていること」や「チームの心理的安全性が低いこと」にあるという視点です。
日本の農家の多くは家族経営です。家族だからこそ、言いたいことが言えなかったり、甘えが生じたり、公私の区別がつかなくなったりします。佐川氏は、阿部梨園での経験を通じて、この「感情の縺れ」こそが改善を阻む最大の壁であると気づきました。
だからこそ、彼は「Chatwork」などのツール導入を、単なる効率化ではなく、「感情を排して事実を伝えるためのクッション」として機能させました。直接言うと角が立つことも、テキストなら冷静に伝えられるからです。このように、彼のDX(デジタルトランスフォーメーション)は、常に「人の心」をケアするために設計されています。
彼は最近、単発のセミナーで情報を切り売りすることに限界を感じ、「教育」に重点を置いています。知識を渡すだけでなく、農家自身のマインドセットを変え、自走できる状態になるまで伴走する。それができなければ、業界の未来はないという危機感を持っています。「時間あたりどれだけの情報を伝えたか」ではなく、「時間あたりどれだけ人と現実を変えられたか」を自身の成果指標(KPI)に置いている点は、一般的なコンサルタントとは一線を画す独自の哲学です。
彼は常に「主流派ゲリラ」でありたいと語ります。既存の権威におもねることなく、かといってアウトローとして孤立するわけでもなく、現場で汗をかく農家に寄り添い続ける。彼の発信するメッセージが多くの農業者の心を打つのは、彼自身が「農家の右腕」として、理不尽や困難に直面し、それでも心を燃やし続けてきた当事者だからに他なりません。
佐川友彦氏のプロフィールを紐解くと、彼が単なる「効率化オタク」ではなく、農業という営みを通じて「人が働くことの幸せ」や「チームで成果を出す喜び」を追求し続けているヒューマニストであることがわかります。彼が阿部梨園で灯した小さな改善の火は、今や日本中の農地に飛び火し、大きなムーブメントとなっています。
佐川氏の熱い想いが綴られたマニフェスト記事です。
【心を燃やせ!】俺の話を聞いてくれ!佐川友彦のマニフェスト2021
※彼が仕事をする上で大切にしている価値観や、業界に対する使命感が赤裸々に語られています。必読です。