農業や園芸において、種まきをしたのに一向に芽が出ないという経験は、プロアマ問わず多くの人が直面する課題です。その主要な原因の一つが「種子の休眠」です。種子は自らを守るために、環境が整うまで発芽をあえて止めるメカニズムを持っています。これを人為的に解除し、一斉に発芽させる技術が「休眠打破」です。
休眠には大きく分けて、種皮が硬くて水を通さない「硬実休眠(物理的休眠)」と、胚自体が未熟であったり発芽抑制物質を持っていたりする「生理的休眠」があります 。それぞれのタイプに応じた適切な処置を行わなければ、どれだけ水をやっても種は腐るだけで目覚めません。
参考)https://leaf-laboratory.com/blogs/media/glossary382
ここでは、家庭でも実践できる基本的なテクニックから、プロの生産現場で用いられる化学的な処理、さらにはあまり知られていない意外な裏技まで、具体的な手順を深掘りして解説します。失敗しないためのポイントを押さえ、発芽率を劇的に向上させましょう。
アサガオ、オクラ、スイカ、あるいはマメ科の植物の多くは「硬実種子(こうじつしゅし)」と呼ばれ、種皮が非常に硬く緻密な構造をしています。この硬い殻は、乾燥や物理的な衝撃から中の胚を守る役割を果たしていますが、同時に水分の吸収を物理的に阻害してしまいます 。このタイプの休眠を打破するためには、種皮に微細なダメージを与えて「水の通り道」を作ることが最優先事項となります。
参考)硬い種の播種の方法を徹底解説!処理方法や播種の手順 - シー…
1. 物理的傷付け(スカリフィケーション)の手順
最も確実でアナログな方法は、物理的に種皮を削ることです。しかし、胚(芽が出る部分)を傷つけてしまっては元も子もありません。以下の道具と手順で行います。
最も手軽で安全なのが爪切りです。種の「へそ(発芽点)」の反対側、お尻の部分をほんの少しだけパチンと切り落とします。中の白い胚が見えるか見えないか程度で十分です 。
大量の種を処理する場合、一つ一つ爪切りで切るのは非効率です。粗めのサンドペーパーを敷いた容器に種を入れ、上から別のサンドペーパーで挟んで軽く擦り合わせるように揉みます。これにより、種皮全体に微細な傷がつき、吸水性が高まります。
オクラなどの種子が大量にある場合、川砂などの粗い砂と一緒に袋やボウルに入れ、手でゴシゴシと強く揉み込む方法も有効です 。農家では古くから行われている知恵の一つです。
2. 熱湯処理(温湯浸漬法)のメカニズムと手順
硬実種子の種皮は、熱ショックを与えることで構造が緩み、透水性が高まる性質があります 。ただし、茹でてしまっては種が死んでしまうため、温度管理と時間が重要です。
参考)種子の発芽の神秘: 小さな星の会
参考リンク:硬い種の播種の方法を徹底解説!熱湯浸漬法や物理的処理の具体的な手順と注意点
多くの温帯産の植物(特に秋に実る樹木や高山植物、一部の野菜)は、「冬の寒さを経験しないと春が来たことを認識できない」という生理的メカニズムを持っています。これを「低温要求性」と呼びます 。自然界では冬の間に雪の下で湿った状態で寒さに耐え、春の気温上昇とともに発芽抑制物質(ABA:アブシジン酸)が減少し、発芽促進物質(GA:ジベレリン)が増えることで目覚めます 。
参考)https://kawaridane-kobo-tuat.jimdofree.com/%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8A%E7%A8%AE%E8%AC%9B%E7%BE%A9%E9%8C%B2/%E7%A8%AE%E5%AD%90%E3%81%AE%E7%99%BA%E8%8A%BD%E3%81%A8%E4%BC%91%E7%9C%A0%E3%81%AB%E3%81%8B%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%82%8B%E6%A4%8D%E7%89%A9%E7%94%9F%E7%90%86/
この自然のプロセスを冷蔵庫内で人工的に再現するのが「低温湿潤処理(Cold Stratification)」です 。単に乾燥したまま冷蔵庫に入れるだけでは効果が薄く、「湿潤(濡れていること)」が必須条件である点が重要です。
参考)オトンナ・クラビフォリアの種を低温湿潤管理で発芽させてみた
失敗しない低温湿潤処理のステップ
まず種子を流水でよく洗い、種皮表面の汚れや抑制物質を落とします。その後、一晩水につけて十分に吸水させます。
清潔なキッチンペーパー、脱脂綿、あるいはバーミキュライトや水苔を用意します。これらを水で湿らせ、軽く絞ります。水滴が滴らない程度の湿り気がベストです。
湿らせた培地に種子を包み、ジップロックなどの密閉できるビニール袋に入れます。少量の空気も一緒に入れておくと、種子の呼吸を助けます。
冷蔵庫(約5℃前後)の野菜室などで保管します。期間は植物によりますが、2週間〜3ヶ月が一般的です 。
週に一度は袋を開けて中身を確認します。カビが生えていないかチェックし、培地が乾いていれば霧吹きで水分を補給します。もし冷蔵庫の中で根が出てしまった場合は、すぐに取り出して土に植え付けます。
この方法は、バラ、カエデ、リンゴ、あるいは難発芽性のハーブ類などで非常に高い効果を発揮します。
参考リンク:低温湿潤処理の具体的なやり方と管理方法|冷蔵庫を使った実例
「ジベレリン(Gibberellin)」は植物ホルモンの一種で、種子の休眠打破や発芽促進、果実の肥大などに強力な効果を持ちます 。特に、長期間休眠している種子や、低温処理だけでは目覚めない頑固な種子に対して、劇的な効果を発揮することがあります。
参考)発芽促進物質について
プロの農家や育種家が使用する標準的な手法ですが、濃度を間違えると逆に徒長(ひょろひょろに伸びること)したり、薬害が出たりするため、正確な計量が求められます。
ジベレリン処理の具体的な手順
一般的に種子の休眠打破には50ppm〜100ppm、難発芽性のものは500ppm〜2000ppmといった高濃度が使われることがあります 。
参考)https://www.pref.nara.jp/secure/73722/1-58-62.pdf
種子をジベレリン溶液に浸します。処理時間は24時間程度が一般的ですが、種子の種類によっては数時間で済む場合もあります 。
参考)https://www.nogyo.tosa.pref.kochi.lg.jp/download/?t=LDamp;id=5667amp;fid=25936
処理後は、軽く水洗いしてから播種する場合と、そのまま播種する場合があります。高濃度で処理した場合は、薬害を防ぐために軽く水洗いするのが無難です。
注意点:
ジベレリン処理を行った苗は、初期生育が異常に早まることがあります。光を十分に当て、徒長しないように管理する必要があります。また、薬剤は使用期限を守り、冷暗所で保管してください。
参考リンク:ジベレリンの希釈計算方法と早見表|正確な濃度作成のために
これはあまり一般の園芸書には載っていませんが、一部の愛好家や研究機関で実績のある「裏技」的メソッドです。薬局で安価に手に入る「オキシドール(過酸化水素水)」を使用します。
過酸化水素(H₂O₂)は、分解すると水と酸素になります。種子の発芽には大量の酸素が必要ですが、硬い種皮や過湿状態は酸素不足(低酸素ストレス)を引き起こし、発芽を阻害します 。過酸化水素水に浸すことで、化学的に酸素を供給し、種子の代謝を一気に活性化させる効果が期待できます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2675718/
オキシドール処理のメリットと手順
参考)https://www.noden.or.jp/asset/00032/Plant_Biotechnology_Laboratory/bio2018_03.pdf
特に、発芽に時間がかかり、途中でカビて腐ってしまうような古い種子や、輸入種子のリバイバルに効果を発揮することがあります。
参考リンク:種子の発芽における活性酸素の役割|過酸化水素水による休眠打破の科学的根拠
いろいろな方法を試しても発芽しない場合、それは「休眠打破の失敗」ではなく、別の要因、あるいは「抑制物質の残留」が原因かもしれません。
1. 発芽抑制物質(インヒビター)の洗い流し
多くの種子(特に果肉の中に種があるものや、乾燥地帯の植物)は、種皮や果肉成分にABA(アブシジン酸)などの発芽抑制物質をまとっています 。これは、雨が十分に降らない時期に誤って発芽しないための生存戦略です。
参考)https://ameblo.jp/fdsa233/entry-12656825526.html
この物質は水溶性であることが多いため、以下の「流水処理」が効果的です。
種子を茶こしやガーゼに入れ、流水に数時間〜一晩さらします。あるいは、コップに入れた水を毎日取り替えながら、数日間水没させておきます。水が濁る場合は抑制物質やタンニンが溶け出している証拠です。水が透明になるまで繰り返すことで、スイッチが入ることがあります。
2. その他の失敗要因
参考)302 Found
失敗した種子を掘り返してみて、中身が溶けていなければまだチャンスはあります。一度洗い直して、別の処理(例えばオキシドール浴)を試みるのも一つの手です。種子の生命力を信じて、様々なアプローチを試してみてください。