イノキュレーションの現場で「トリコデルマ=病害抑制」だけに寄せると、評価がもったいないことがあります。トリコデルマは拮抗・寄生などによる病原菌抑制が注目されてきましたが、近年は植物側の抵抗性(全身獲得抵抗性)誘導や、生育促進、非生物的ストレス(塩類・低温高温など)軽減に関わる報告も整理されています。特に種子処理で発芽・出芽が改善した例や、ストレス耐性に関わる生理的防御の誘導が示されており、収量や初期生育の底上げを狙う設計も現実的です。
一方で、圃場で「十分に増殖しないケース」があることも繰り返し言及されています。資材側で“エサ”を配合して増殖をサポートする発想は、この弱点(環境差による増殖ブレ)に対処する設計として理解すると、投入後の管理(有機物・水分・過度な殺菌圧)も組み立てやすくなります。
トリコデルマを使うときは「どの作物で・どの土壌病害に・どの根域で増えてほしいか」を言語化し、施用位置(播種溝、セル培土、定植穴など)を“根が必ず通る場所”に寄せると、同じ量でも効き方が変わります。
PGPR(植物生育促進根圏細菌)は、根圏で植物と相互作用して生育を押し上げる細菌群の考え方で、提唱の経緯として根圏細菌に生育促進能をもつものが多いことが示され、PGPRという枠組みが整理されました。
現場で重要なのは、効果が「肥料の代替」ではなく“根の構造や吸収の効率が変わることで結果的に伸びる”タイプが多い点です。例えば植物ホルモン様作用の説明として、根毛発達を含む根の発達が目に見える効果として触れられており、水やミネラルの吸収が高まる可能性が示されています。
ただし、PGPRも「接種したら勝手に根圏で増える」わけではありません。根圏で機能を出すためには根への定着生態を詳細に調べる必要がある、という文脈で、接種菌の根定着や土着微生物の影響が課題になることが示されています。 ここを無視して“量で殴る”とコストだけ上がり、成績が安定しません。
圃場のイノキュレーションで一番の壁は、「投入」ではなく「定着」と「競合」です。実際、接種した有用微生物が在来微生物の抵抗性で土壌に定着できないことが、実用化を阻む主因として研究課題化されています。
また、微生物農薬や微生物資材一般の文脈でも、自然土壌に菌体を定着させることはきわめて難しく、その主因として土着微生物相との競合が挙げられる、という総説的な指摘があります。 つまり、効かなかったときに「菌が悪い・資材が悪い」だけで片付けるのは早計で、圃場の微生物相(過去の施肥、薬剤履歴、水管理、作付体系)が“相手”になります。
定着を上げる実務のコツは、次のようにチェックリスト化すると現場で再現しやすいです。
- 施用場所を根の近傍に固定(播種溝、セル培土、定植穴など)
- 乾燥・高温・直射日光を避ける(特に混和後の放置をしない)
- 殺菌剤の近接散布・同時処理の可否をラベルや資料で確認
- 連用するなら「効いた年の条件」を記録して再現(気温、土壌水分、施肥設計)
イノキュレーションを「農薬」領域で扱う場合、微生物殺菌剤(微生物農薬)の位置づけや課題を知ると、期待値調整が上手くいきます。微生物殺菌剤は、耐性菌などで化学農薬の使用場面が限られるケースや、化学農薬の登録が少ない難防除病害などで重要になる、という整理がされています。
また、生物農薬(殺菌剤)の歴史として、日本でトリコデルマ製剤が最初期に登録されたこと、そしてガイドライン整備以前から登録の経緯があることが示されています。 この背景を踏まえると、「微生物=安全で万能」という雑な理解ではなく、登録上の適用病害・使用方法・使用時期(どこで機能を出す前提か)を守ることが、最短で成果に繋がると分かります。
現場でありがちな落とし穴は、化学防除の“即効”と同じタイムスケールで評価してしまう点です。微生物は根圏に関係を作ってから効くことが多いので、初期~中期の根の状態(白根量、根毛、根圏の匂い・ぬめり)も観察対象にすると、成功/失敗の原因が追いやすくなります。
検索上位の説明は「菌の種類」「効果」「施用方法」に寄りがちですが、現場で差が出るのは作付体系(輪作・連作・育苗方式)にイノキュレーションを“埋め込む”発想です。例えば、苗段階で根域が限定されるセルやポットでは、根が資材に遭遇する確率が高く、圃場全面散布よりも定着の再現性を取りやすいことがあります(現場的には“根域を狭くして勝ちやすくする”)。一方で圃場投入は土着微生物との競合が強く、ここが不安定要因になりやすい、という課題意識は研究・総説でも繰り返し示されています。
この視点で組むと、次のような「体系としての手順」が作れます。
- 育苗:セル培土にイノキュレーション→定植まで根域で増殖させる
- 定植:定植穴に追いイノキュレーション→根の“引っ越しストレス”を最小化
- 本圃:全面ではなく株元~畝肩に帯状処理→コストと遭遇率の両立
- 連作圃場:年ごとに資材を変えるのではなく、薬剤履歴と有機物投入を固定して“菌にとっての環境の再現性”を上げる
さらに意外に効くのが「記録の粒度」です。効いた/効かないを資材名だけで残さず、散布水温、希釈後の放置時間、日中施用か夕方施用か、土壌水分、直後の灌水量まで残すと、翌年の再現性が一段上がります(微生物は小さな手順差で結果が割れやすいため)。
土着微生物との競合や定着課題の背景(定着が難しい理由の理解に)
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-20K15643
微生物殺菌剤の位置づけ(耐性菌・難防除病害などでの役割の整理に)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/boujyo/pdf/h23_ipm_hyougo.pdf