農業に従事する私たちにとって、道具のメンテナンスは収穫と同じくらい重要な仕事です。鍬(くわ)や鎌の柄、小屋の補修など、木材を扱う場面は意外と多いもの。ホームセンターの安価な替刃式カンナですませていませんか?実は、兵庫県三木市の伝統的な鍛冶屋が作る本物の鉋(かんな)、「廣治(ひろはる)」こそが、我々のような「木工のプロではないが、良い道具を長く使いたい」層に最適な選択肢なのです。なぜ廣治が選ばれるのか、その背景には製造元の確かな技術と、流通の仕組みに隠された秘密があります。
「廣治」という名前は、実は鍛冶屋さんの名前そのものではありません。この鉋を作っているのは、金物の町・兵庫県三木市にある山本鉋製作所です。作り手は伝統工芸士である山本芳博(やまもと よしひろ)氏。鉋の刃の裏側や軸の部分をよく見てみると、「廣治」という銘のほかに、「芳楽(ほうらく)」という刻印が打たれていることに気づくでしょう。これこそが、山本氏の手による本物の証です。
参考)https://noborihamono.shop/shopdetail/000000000194/
農業の現場では、道具に対して「頑丈さ」と「実用性」が求められます。山本鉋製作所は、三木市で四代続く名門の鍛冶屋であり、その歴史は百年以上に及びます。彼らの作る鉋の特徴は、見た目の派手さよりも、実際に木を削ったときの手応えを重視している点にあります。
参考)鍛冶四代
特に山本氏の技術が光るのは、「鍛接(たんせつ)」と呼ばれる地金と鋼を接合する工程と、その後の「焼き入れ」です。温度管理が非常にシビアなこの工程において、山本氏は長年の勘とデータに基づいた仕事で、ムラのない均一な硬度を実現しています。これにより、我々が農具の柄(樫などの非常に硬い木材が多い)を削る際にも、刃が欠けることなく、吸い付くような切れ味を発揮してくれるのです。
山本鉋製作所 公式サイト:使用鋼種や製造工程の詳細はこちら
多くの農家さんが「職人用の道具は難しそうだ」と敬遠しがちですが、山本鉋製作所の鉋は、プロの大工だけでなく、道具にこだわりたい一般ユーザーにも広く愛用されています。それは、作り手が「使う人がどのように研ぎ、どのように削るか」を熟知しているからに他なりません。
「廣治」の最大の魅力の一つは、使われている鋼(はがね)の種類にあります。一般的に、高級な刃物には「安来鋼(やすきはがね)」が使われますが、廣治にはその中でも特に硬度が高く、切れ味が長持ちする青紙1号(あおがみいちごう)が採用されています。
参考)https://yamamotokanna.sakura.ne.jp/sp/siyoukousyu.html
通常、青紙1号は非常に硬いため、「研ぐのが難しい(研ぎにくい)」と言われることが多い鋼材です。しかし、廣治の鉋は不思議なことに、非常に研ぎやすいという評判が定着しています。これは、山本鉋製作所の熱処理技術(焼きなまし・焼き入れ・焼き戻し)が非常に優れているためです。
参考)https://noborihamono.shop/shopdetail/000000000051/
鋼の粒子を微細に整えることで、砥石に当てたときの「滑り」が良く、思った通りの刃を付けやすくなっています。
以下の表に、一般的な鋼材と廣治に使われる青紙1号の特徴を比較しました。
| 鋼材の種類 | 特徴 | 廣治(青紙1号)の印象 |
|---|---|---|
| 白紙2号 | 不純物が少なく研ぎやすいが、切れ味の持続(永切れ)は標準的。 | 入門用によく使われるが、硬い木を削るとすぐに切れ止むことがある。 |
| 青紙2号 | タングステン等を添加し、永切れする。白紙より少し研ぎにくい。 | 多くのプロ用鉋の標準だが、廣治はこれより上位の1号を使用。 |
| 青紙1号 | 炭素量が多く最も硬い。最高の永切れ性能を持つが、通常は研磨が困難。 | 山本氏の技術により、硬いのに「刃が砥石に吸い付く」ような研ぎ感を実現。 |
農作業の合間に時間を取って研ぎ直しをする際、なかなか刃がつかないとストレスになりますよね。廣治なら、中砥石(#1000程度)で数分研ぎ、仕上げ砥石(#6000程度)で軽く整えるだけで、驚くほど鋭い刃が復活します。特に、鍬や鋤の柄に使われる樫(カシ)や楢(ナラ)といった硬木を削る際、青紙1号の耐久性は圧倒的です。白紙の鉋では数回削って切れ味が落ちるところを、廣治なら作業が終わるまで鋭さを保ってくれます。
なぜこれほど高品質な鉋が、比較的手に取りやすい価格で流通しているのでしょうか?そこには「問屋銘(とんやめい)」という業界特有の事情があります。
「廣治」は、大阪や三木の有力な金物問屋が山本鉋製作所に発注して作らせているブランドです。中身は正真正銘、山本芳博氏が鍛えた「芳楽」そのものですが、流通経路が確立されている問屋銘として販売されることで、広告宣伝費や作家ブランドとしての上乗せ価格が抑えられています。
参考)https://noborihamono.shop/shopdetail/000000000843/ct32/page1/order/
つまり、中身は数万円〜十万円クラスの高級鉋と同じ品質でありながら、実売価格はその数割安く設定されていることが多いのです。これが、知る人ぞ知る「廣治のコスパ」の秘密です。
我々農家は、道具にお金をかけるべきところと節約すべきところをシビアに見極めます。トラクターや高額な機械には投資しますが、手道具にはそこまで...という方も多いでしょう。しかし、廣治のような「隠れた名品」を選ぶことは、長い目で見れば安物を何度も買い替えるより遥かに経済的です。ネットオークションや古道具屋でも「廣治」を見かけることがありますが、問屋銘であるがゆえに、中身の価値を知らない人が安値で出品しているケースも稀にあります(もちろん、状態の目利きは必要ですが)。新品で購入しても、その耐久性と性能を考えれば、間違いなく「元が取れる」投資と言えるでしょう。
「鉋といえば、広い板を平らにするもの」というイメージがあるかもしれませんが、農業の現場で真価を発揮するのは、実は豆鉋(まめがんな)や小鉋(こがんな)と呼ばれる小型の廣治です。
参考)https://noborihamono.shop/shopdetail/000000000062/
刃幅が30mm〜42mm程度のこれらの小さな鉋は、片手で握り込めるサイズ感が特徴。これが農具のメンテナンスに絶大な威力を発揮します。
例えば、以下のようなシーンで役立ちます。
特に廣治のラインナップには、通常の平鉋だけでなく、刃がアーチ状になった「内丸鉋(うちまるがんな)」や「外丸鉋(そとまるがんな)」も存在します。これらは曲面を削るのに特化しており、まさに農具の柄のような丸い棒状の木材を仕上げるには最強のツールです。
参考)https://yonomasa.net/product1094530259?kg=1092739494
サンドペーパーでゴシゴシと時間をかけて削るよりも、廣治の豆鉋で「シュッ」と一息に削った表面は、水や汗を弾き、腐食にも強くなります。木材の細胞を潰さずに切断するため、表面が美しく、汚れがつきにくくなるのです。これも青紙1号の鋭い切れ味があってこその効果です。
どんなに良い鉋でも、買ったまま放置していては性能を発揮できません。特に湿度の変化が激しい農具小屋などで保管する場合、木の台(台座)が湿気を吸ったり乾燥したりして、微妙に歪んでしまいます。これを直すのが下端調整(したばちょうせい)、通称「台直し」です。
参考)https://www.miki-japan.com/howto-carpenter.html
廣治の鉋台には、良質な白樫(シラカシ)が使われていますが、それでも日本の気候では動きが出ます。以下の手順で、定期的にメンテナンスを行いましょう。
参考:ハンズマン - カンナの使用方法と研ぎ方(台直しの図解あり)
廣治の鉋は、台の仕込み(刃と台のフィット感)も出荷段階である程度丁寧に調整されていますが、やはり最後は使い手の環境に合わせた「馴染ませ」が必要です。この一手間をかけることで、道具への愛着が湧き、作業の安全性が高まります。
参考)https://pintartanoto.id/shop/G68/7862421/
「切れない鉋は怪我のもと」という言葉があります。無理な力を入れないと削れない道具は、勢い余って手を滑らせる原因になります。廣治のような「良い鉋」を適切に調整して使えば、驚くほど軽い力で作業ができ、結果として疲れも怪我のリスクも減るのです。
農業も道具も、手をかければかけるほど応えてくれるもの。
次の雨の日には、納屋でじっくりと「廣治」と向き合ってみてはいかがでしょうか?