フィッシャー投影式は、1891年にエミール・フィッシャーが糖類の立体配座を表現するために初めて使用した構造式です。この表記法では、主炭素鎖を縦に並べ、置換基を左右手前に配置します。
参考)https://www.ph.nagasaki-u.ac.jp/lab/natpro/lecture/biochemno2.pdf
書き方の基本ルールは以下の通りです。
炭素の番号付けは、最も酸化度の高い官能基(グルコースではアルデヒド基)を1位として、上から順に付けていきます。
D体とL体の区別は、フィッシャー投影式において非常に重要な概念です。アルデヒド構造をフィッシャーの投影式で書いたとき、アルデヒド(1位)から最も遠い不斉炭素(グルコースの場合5位の炭素)に結合する水酸基の向きで判定します。
参考)DL表記法 - Wikipedia
具体的な判定方法。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/68/5/68_220/_pdf
自然界に存在するほとんどの糖は、カルボニル基から最も遠くにある不斉炭素原子の立体配置がD-グリセルアルデヒドと同じD体です。フィッシャー投影式でカルボニル基が上部にくるように表したときOH基が右側に配置されている構造がD体となります。
アルドヘキソースとケトヘキソースは、どちらも炭素数6の単糖ですが、構造式の書き方に重要な違いがあります。
参考)希少糖生産の体系化:生産戦略図「イズモリング」の考案とその進…
アルドヘキソースの特徴。
ケトヘキソースの特徴。
参考)https://kagawa-u.repo.nii.ac.jp/record/7208/files/AN00038339_072_L025.pdf
炭素数6の単糖をフィッシャー投影式で表記すると、アルドヘキソースに対してはC2からC5のOH基を炭素骨格の左右どちら側に記すかで16種類、ケトヘキソースに対してはC3からC5で表します。
フィッシャー投影式を扱う際には、回転に関する重要なルールを理解する必要があります。立体配置を正しく保つため、以下の規則を守ることが必須です。
参考)フィッシャー投影式|RS絶対配置の決定
回転のルール。
これらのルールを理解せずにフィッシャー投影式を扱うと、異なる立体異性体を表してしまう可能性があります。特に糖の構造を環状構造に変換する際には、この回転ルールが重要になります。
参考)http://hishikilab.sakura.ne.jp/lectures/biochem_180424.pdf
香川大学の希少糖研究機構による「フィッシャー投影式の基礎」資料
フィッシャー投影式の詳細な解説と、なぜ炭素の鎖を直線に描くのかという根本的な理由が説明されています。
糖は水溶液中では鎖状構造と環状構造の平衡状態にあり、実際にはほとんどが環状構造として存在します。フィッシャー投影式からハース投影式への変換は、以下の手順で行います。
参考)ハース投影式とは - わかりやすく解説 Weblio辞書
変換の手順。
環化反応のメカニズム。
グルコースの場合、5位のOHの非共有電子対が1位のアルデヒド基のδ+に求核攻撃します。この際、C=Oの二重結合の片方とO-Hが切れて環化し、6員環または5員環のピラノース構造やフラノース構造を形成します。
参考)https://repo.lib.tut.ac.jp/record/1932/files/k727.pdf
環化によってアノマー炭素(元のカルボニル炭素)が新たな不斉中心となり、α体とβ体の2つのアノマー異性体が生じます。Fischer投影式で記述した際、アノマー炭素に結合するヘテロ原子(酸素原子)がアノマー参照原子に結合するヘテロ原子とcisの場合はα-配置、transの場合はβ-配置となります。
参考)https://www.pharm.tohoku.ac.jp/research_center/sosei/img/reserch_01.pdf
Weblioの「ハース投影式」解説ページ
フィッシャー投影式とハース投影式の相互変換について、図解付きで詳しく説明されています。
農業従事者にとって、フィッシャー投影式の理解は植物の代謝や糖の特性を把握する上で重要です。植物は光合成によって作り出した糖を、さまざまな形で利用しています。
農業における糖の重要性。
希少糖研究では、アルドヘキソースとケトヘキソース間の異性化反応を利用して、D-フルクトースからD-グルコースやD-マンノースへの変換が可能です。このような変換反応は、単糖をフィッシャー投影式でイメージして一連の構造変換を繋ぎあわせることで合理的に理解できます。
さらに、糖の立体配置を正確に理解することは、発酵食品の製造や植物病理学における病原体の代謝経路の解明にも役立ちます。微生物が利用できる糖の種類は、その立体配置によって決まるため、フィッシャー投影式による正確な表記が不可欠です。
グライコフォーラムの「希少糖生産の体系化」記事
イズモリングという糖の生産戦略図と、フィッシャー投影式を用いた糖の変換反応について詳しく解説されており、実用的な応用例が豊富に紹介されています。